第33話 月曜の夜に真矢ちゃんとデート。

『和樹さん、今日、残業どんなもん?』


 っと、お昼頃に真矢ちゃんからのラインに、自分のスケジュールを観て、


『二時間くらいかなぁ……』


 と返す。

 なお、真弓さんにも今日の晩御飯は、要りませんのでと送ってある。

 その後、真矢ちゃんからレスポンスが無かったのでその事が頭から抜けていた夜。


「なんで、あの木原・真矢ちゃんが会社の前にいるんだ?」

「お客って訳でもなさそうだし」

「だれか、ナンパして来いよ」

「ムリムリ、流石に高嶺の花だわな」


 残業を決め込んだ営業の連中から一時間半ぐらいするとそんな言葉が出てくるので、僕は残業を一段落させると同時に会社を飛び出した。

 そんな僕を観ながら、


「やっほー☆」


 仕事帰りなのか、しっかりおめかしをした真矢ちゃんが笑っていた。


「真矢ちゃんなんでここに」

「おじさんと帰りたくて来ちゃった」


 あえてのおじさん呼びに助かる。

 他の社員が僕らを見掛けて、


「あれ、もしかしてこの前テレビで言っていた母親の好きな人って……」

「あぁ、そういう話も出てたな」


 っと、ヒソヒソ話で済んでくれるからである。真矢ちゃんはここまで計算にいれて、テレビであの発言をしたのだろう。

 恐ろしい話だ。


「はい、こんにちは。

 お母さんの良い人、和樹おじさんがお世話になってます☆」


 そんな彼女彼らに営業スマイルを見せる真矢ちゃん。

 さすがトップアイドルだ。ファンサービスも弁えている。


「ぇ、え?!

 先輩、どんな人を引き当てたんですか⁈」

「ノーコメントだ。

 プライバシーだぞ、流石に」

「まぁまぁ、和樹おじさん、良いじゃないですか。

 この人が私の大好きなパパ予定です」


 っと、突っ込んできた社員の手を握り、可憐に微笑む。

 その破壊力は底知らない。輝いて見える。

 まるでテレビで見ていた真矢ちゃんであり、いつも僕に甘えてくる真矢ちゃんとは別人のようだ。


「あ、俺も握手おねがいします」

「お、俺も俺も!」

「サイン下さい!」

「私、だ、大ファンなんです!」


 っと、話が大きくなり会社から全員出てきてしまう。

 なお、社長は今日も定時なので、この事態を収拾するには、真矢ちゃんに任せるしかない。

 流石に手慣れている真矢ちゃんが五分で一通り、終わらせる。

 そしてようやく二人になって、ランドマークタワーの外に出る、

 そして真矢ちゃんが、


「あの人たちが和樹さんの心労の素?」


 っと、笑顔で言ってくるのが怖いので、


「いや、あの子たちは良い子たちだよ」


 と正直に話す。


「僕の心労の素は、だいたい社長と業務の量と幅だから」

「ふーん」


 真矢ちゃんが興味津々と僕ににじり寄ってくる。


「まぁ、いいや。

 今日はデートしながら帰ろ☆」

「大丈夫かい?

 結構、距離あるけど」


 みなとみらい線で、みなとみらい駅から元町中華街駅までは三駅だ。

 デートとしてあるくには若干遠い気もする。


「全然、大丈夫だよ。

 アイドルや役者は身体鍛えてるから。

 レポートしながらみなとみらいから中華街まで歩くことなんかもよくあるんだよ?

 和樹さんこそ平気?」

「余裕だ余裕。

 県税と市役所と中税務署がバラバラなせいでたまに歩いている」


 なぜ、中町と馬車道駅と横浜スタジアム前にバラバラに設置されているのだろうか。まったく不便でならない。待ち時間を含めると電車やバスに乗るよりも歩いた方が速いというのも凄く不満である。

 さておき、


「なら、いこっか」


 っと、真矢ちゃんが右手を差し出してくるので、その手を取る。

 それを拒否する理由も無いので、左手で受ける。


「和樹さんの手、やっぱりあったかいよね」

「心が温かい人間は手が冷たいっというけど?」

「そんなこと無いですよ、和樹さんは優柔不断だけど優しさ満点です」


 えへへと、ひまわりが咲く様な笑顔を僕に向けてくる真矢ちゃんは可憐だ。


「痛い事を言われたなぁ」

「そりゃそうですよ、母か娘が据え膳食べぬ状態ですし。

 私だって出来れば早くお母さんに勝ちたいけど、粘り勝ちの方が狙えそうなのでこうポイントを稼いでるわけでしてね?」

「抜け目のない娘で怖い」

「娘というより嫁といってくださいよ~♡」


 そんな彼女と二人して、他愛の無い会話に花を咲かせながら赤レンガ倉庫を抜けて山下公園へ。

 反対側に煌めく夜景に、ベイブリッジ。カップルたちもいっぱいいる。


「私達、見られたらどう見えるんでしょうね?」


 前、同じ質問をされた気がする。


「親子だと……言いたい所だが、最近、歳の差カップルも多いしなぁ……」

「つまり?」


 繋いだ手を強く握りしめて、にじり寄ってくる真矢ちゃんが応えを待ってくれる。


「カップルに見えるんじゃないか?」

「ひゃー、私達、カップル♡」

「こらこら騒ぐな、少なくとも君はそういうことをあからさまにしていい人物じゃないだろ?」

「む~♡」


 頬を赤く染めながら膨らませる真矢ちゃんが月光に照らされる。

 可憐だな、と素直に思う。


「夕飯は中華街でもよるかい?」

「いんや、マックですまそ?

 そんなに時間かけてたら、寝る時間減っちゃうでしょ?

 つらいよー、寝る時間無いと……!」

「どっちが社会人だかわからないな」

「私も社会人なんですよ、立派な大人です!」


 途中のマクドナルドでハンバーガーを買って二人で夕食代わりに食べながら歩く。

 さて、ここまでくれば家まで大した距離も無い。


「結構、夜、ランニングしている人が多いんですよねぇ。

 私もたまに鍛えるために走ってますし」

「そうなんだ」


 っと人が走っていくのを観ながら、会話を続ける。


「さてさて今日の散歩は、十真矢ちゃんポイントあげちゃう。

 和樹さん、私の事、喜ばすの上手になってる♡」

「ちゃんと真矢ちゃんの可能性も見るって決めたからね」


 っと、言うと、真矢ちゃんの手が、氷川丸の前で離れる。


「どうしたんだい?」

「それって……ちゃんと、結婚を考えてくれてるって事ですか⁈」

「そうだよ。

 視野は広い方が世界は開けるからね」


 と返して貰った言葉で応える。

 すると、真矢ちゃんが前から抱き着いてくる。


「百真矢ちゃんポイントだよ、それは……。

 なんでそんなに私の事、どきどきさせてくれるの?

 嬉しいよ、ホントに」

「満点じゃないか、それじゃ」

「ううん、真矢ポイントは百が合計じゃないもん♡」


 っと、回答をかわされてしまう。


「ズルいなぁ、そんな真矢ちゃんもいいと思うけど」

「バカバカ、嬉しい反応しないでよ。

 私が抑えられなくなっちゃう……♡」


 じゃあと、人目を確認しながら、僕の方に上を向かせて、軽く啄ばむキスをする。俗にいうバードキスという奴だ。


「和樹さん、ずるい、ずるいよぉ♡」

「大人はズルいもんなんだよ。

 だから、こんな大人に恋したらダメなんだぞ?」

「もう、好きだもん、恋しちゃってるもん……。

 好きだよ、和樹さん……♡」


 そう、僕に抱き着きながら顔を僕の辺りに押し付けてくる真矢ちゃん。

 その頭をナデナデしながら、僕は真矢ちゃんへの好意にどうしたら良いものかと悩んでいた。

 応えるべきか、応えないべきか。

 どっちをとっても今の心が残ってしまう、つまり残念な結果になってしまう。

 男としてハッキリできない、ハッキリしなくても良いと言われていても、それはそれで情けない思いになってしまう。

 だから、僕は上を空を見上げて、どうしたものかと星に問うしかなかった。

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