語りの神様と鈴蘭の国

【語りの神サマと鈴蘭の国】



「さあー、話を聞きたい子は寄っといでー」


 今日もまた、神様のお話が始まりました。

 今日はいったい、どんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。


「今日のお話は、不治の病に苦しむ人たちを優しく受け入れる鈴蘭の国のお話だよー」


 そうして、お話が始まりました。


『今ではないいつか、ここではないどこか、君ではない誰かのお話です。


 とある国の大きな町には、いくつもの大きな病院が建っています。


 病院の中にはたくさんのお医者さんがいて、毎日毎日運ばれてくるたくさんの病人や怪我人たちを、危ない人から順番に診てくれています。


 軽い怪我や病気の人には、お薬やバンソウコウを渡してくれます。


 少し重い怪我や病気の人には、よく効くお薬や包帯を使ってくれます。


 重い怪我や病気の人には、しばらくの間入院してもらって、手術なんかの治療をしてくれます。


 この国のお医者さんや病院はとても優秀ですので、治せない怪我や病気はほとんどありません。


 この国に住む人たちはみんな、お医者さんや病院のことをとても信頼していました。

 どんなに難しい怪我や病気でも、きっと治してくれるのだろうと。


 そんななか、一組の女の子とそのお母さんが、病院のお医者さんの前で悲しそうな顔をしていました。


 “どうしても、治せないんでしょうか……”


 お医者さんは、残念そうに首を横に振りました。


 “私も無念でなりません。しかし、どうしても娘さんの病気の原因が分からないのです。原因が分からないと、治す方法も分からない”


 お母さんは余計に悲しそうになりました。

 今まで、いくつもの大きな病院を回ったのですが、どこの病院のどのお医者さんに診てもらっても、同じことを言われてしまっていたのです。


 “娘は、ほんの二か月前までは、元気に外を走り回っていたんです。でも、今では少し歩いただけで息が苦しいと言います。先生、こんなことってあるのでしょうか”


 “分かりません。風邪をひいた後で急に苦しむようになったというのであれば、悪い流行り病にかかったのではないかとも考えたのですが……”


 お医者さんは首を振るばかりです。


 “他の人にうつる様子もないですし、調べても調べても病気の元が見つからない。お手上げです”


 お母さんと女の子は、がっくりとうなだれました。

 もう他に、治してもらえそうな病院はありませんでした。


 今はまだ、走ったりしなければ少し息苦しいだけですが、女の子の息苦しさは、だんだんとひどくなってきているのです。


 このまま、どんどんひどくなっていって、普通にしていても息苦しくなってしまったら。

 最後には息ができなくなって、死んでしまうんじゃないだろうか。


 女の子は、そんな未来を想像して、今にも泣きそうになってしまっていました。


 お医者さんは、そんな女の子の姿を見て、あまりにも可哀想に思いました。

 だから、こんなことを教えてあげることにしました。


 “ひとつだけ、そこで治せるかどうかは分かりませんが、病院を教えます。遠いところですが、行ってみてはどうでしょうか?”


 お母さんは、それはどこにある病院でしょうと尋ねます。


 “それは、この国の病院ではありません。この国から西に、山を三つと川を二つ越えたところにある国の病院です”


 そんなところに国があるなんて、お母さんも女の子も知りませんでした。

 女の子は、その国の名前はなんですかと尋ねました。


 “国の名前は、鈴蘭の国。とても遠いところですが、まだ病気が軽い今なら、なんとか行くことのできる距離です”


 お母さんと女の子は、悩んだすえに鈴蘭の国に行くことにしました。

 お医者さんは、お母さんと女の子のために鈴蘭の国に行くための馬車を用意し、長旅の支度を整えてくれました。


 二人は、ごとごとと揺れる馬車に乗って長い距離を移動し、お医者さんに言われたとおり三つの山と二つの川を越えたところで、鈴蘭の国にたどり着きました。


 鈴蘭の国は、名前のとおり鈴蘭のたくさん咲いている国でした。

 鈴蘭の国に入ったとたん、そこらじゅう、見渡す限り鈴蘭の花が咲いているのです。


 馬車はやがてお城の下にある大きな町に入り、その中にある大きな大きな病院に連れていってくれました。


 病院の中にいた人に、お母さんが、前の国でお医者さんに書いてもらった手紙を見せると、女の子はすぐにこの国のお医者さんに診てもらうことができました。


 “先生、娘はどうなるでしょうか……”


 お母さんは、祈るような気持ちでお医者さんに尋ねます。

 旅の間にも、女の子の息苦しさはどんどんつらくなってきていて、早く治してあげたくてたまらないのです。


 お医者さんの先生は、たっぷりたくわえたあごひげを撫でたあと、うーん、と唸って腕を組みました。


 “ふむふむ、これは難しい。ワシも今まで見たことのない病気じゃな”


 それを聞いたお母さんは、やっぱり無理なのかと泣きそうになりますが、先生は「しかし、」と続けました。


 “実は、ちょうど今、浄神の揺りかごのベッドがひとつ空いておるのじゃ。お嬢ちゃんの病気なら、そこで治せるかもしれんぞ”


 お母さんと女の子は、顔を見合わせました。

 病気が治るかもしれないと言われて、驚いたのです。


 “その、じょうしんのゆりかご、とはいったい何なのでしょうか?”


 女の子が、息苦しいのも構わずに尋ねます。


 先生は、女の子に、この国に伝わる昔話を教えてあげることにしました……』

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