語りの神様と料理の神様
【語りの神サマと料理の神様】
『よし、それじゃあみんな、こういうのはどうだろうか?
そう言ったのは、お城に呼ばれていた料理人の中で、一番歳を取ったお爺さんの料理人でした。
わいわいと言い合っていたみんなは、ひとまずお爺さんの言葉に耳を傾けます。
今の今まで言い合いに参加せず黙っていたお爺さんの言葉が、みんな気になったようです。
“みんなの言いたいことはよく分かった。それぞれの料理の良いところもね。この中からメニューを選ぶとなれば、それはなかなか難しいだろう”
お爺さんの言葉に、みんなはうんうんと頷きます。
“しかし、このままメニューが決まらずにお姫様を迎えることになれば、我々に任せてくれた王様にも、我々の料理を楽しみにしてくれているお姫様にも、悲しい思いをさせてしまう。それだけは、やってはいけないことだよ”
今度はみんな、決まりが悪そうに頷きます。
王様にこの仕事を任せてもらったことが名誉なことだとすれば、その仕事をきちんとできないことは、これ以上ないくらいに不名誉なことだからです。
料理人は、美味しい料理を作るものです。
美味しい料理を作って食べてもらうことこそが、料理人の仕事です。
料理を作りもせずにみんなで言い争うことは、料理人の仕事ではありません。
“でもよ爺さん、それならどうやってメニューを決める? くじ引きでもするのかい?”
“そんなことはしないさ。せっかくみんなが集まったんだから、みんなで料理を作ればいい”
お爺さんは、ぐるりとみんなを見回します。
“いいかい、我々にはそれぞれ自分が得意とする料理や調理法がある。より美味しい料理を作る者、より美しい料理を作る者、より体によい料理を作る者、より良い香りや食感を生み出す者……”
そしてひとりずつ、料理人たちを指差していきます。
“そんな、みんなが得意な部分を全部集めた料理を、新しく作ればいいんだ。そうすれば、みんなが納得のいく料理になると思わないか?”
料理人たちはみんな、お爺さんの言葉に驚きました。
確かにそうすれば、ここが良いとかここが悪いとか言う者はいなくなるかもしれません。
ですが。
“爺さんよ。簡単に言うが、そんなこと、本当にできると思うのかい?”
ひとりの料理人が首を傾げます。
得意な部分を合わせるといっても、使う食材や料理法は料理人によってばらばらです。
それを全部合わせるとなれば、それはそれは大変なことでしょう。
それに、料理人の中には、料理の作り方を自分だけの秘密にしている者もいます。
教えるとすれば、自分の弟子にだけ。そんな料理人も少なくないのです。
そんなすごい料理が、果たして本当に作れるのでしょうか。
“確かに君の言うことはもっともだ。しかし、それでも我々は、その料理を作らなくてはならない”
お爺さんははっきりと告げます。
“我々は王様から、姫様に食べてもらうための
そんなことできない、というのであれば。
“自分の店に帰って、自分の作りたい料理だけ作っていればいいじゃないか。さっきまでみんなが言い合っていたみたいに”
そう言われると、みんなは言葉に詰まりました。
“我々は、料理を食べてくれる人のために料理を作るんだ。断じて、自分のプライドのためではない。……こんなこと、とびきりの腕自慢であるみんなには、言うまでもないことだとは思うけどもね”
最後には柔らかく微笑んだお爺さんの言葉に、言い返す者は、今度こそ誰もいませんでした。
“さあ、いつまでもこんなところで話し合っていても始まらない。我々料理人は、厨房に立ってこそ仕事ができる。みんな、エプロンを掛けたまえ”
料理人たちは、お爺さんの言葉に頷きます。
そしてみんなで、お城の厨房に向かったのでした……。
それから一週間がたちました。
今日は、隣の国のお姫様が遊びに来る日です。
果たして最高の料理は完成したのでしょうか。
大きな大きなお城の食堂に案内されたお姫様は、いったいどんな料理が出てくるのだろうと、わくわくした様子です。
この国の料理がとても美味しいことは自分のお父さんやお母さんから聞いてよく知っていますので、お姫様はとっても楽しみにしていたのです。
そうして、食事会が始まります。
順番に並べられていく料理を目にしたお姫様は、可愛らしい瞳を真ん丸にして驚きました。
そこに並ぶ料理の数々は、どれもお姫様が見たことのないものでした。
お父さんやお母さんが言っていた料理とも、違うように見えます。
“きれい……、それに、とってもいいにおい”
どの料理も、食べるのがもったいないぐらい綺麗に作られています。見る者を楽しませるように考えられた盛り付けは、一枚の名画のようですらありました。
“……い、いただきます……”
なのに、とっても良い匂いがするものですから、お姫様は食べるのを我慢できません。
おそるおそる一皿、料理を口に運びます。
“…………!”
食べたとたん、お姫様はほっぺたが落ちるかと思いました。
言葉にできない美味しさに、お行儀悪く足をパタパタさせてしまいます。
この料理はどうだろう。そっちの料理も美味しいのかな。
お姫様はそんなことを思いながら、次々に料理を食べていきます。
さくさくとしたものや、ぷにぷにもちもちした料理もありました。
普段は苦手なお野菜も、全然苦くありません。
ちょっとピリッと辛いスープも、飲めば飲むほど飲みたくなります。
最後に出てきたデザートなんて、びっくりするぐらい甘くて冷たくて、なのにとってもふわふわで、お姫様は甘い雪を食べているみたいでした。
そうして、出てきた料理をお腹一杯に食べたお姫様は、とびきりの笑顔で言いました。
“とってもおいしかったわ! ごちそうさま!”
お姫様の声は、厨房まで届くくらい大きなもので、料理人たちの耳にもきちんと届きました。
料理人たちはその声を聞いて、みんなで肩を組み喜びました。
数日後、みごと最高の料理を作ってくれた料理人たちに、王様は感謝の言葉を述べましたが、料理人たちにとっては、お姫様の喜ぶ声こそが、なによりの報酬となりましたとさ……』
「おしまい。……さて、みんな」
お話を終えた語りの神様は、読んでいた本を本棚にしまうと、最後まで話を聞いてくれた天使たちに尋ねます。
「仲の悪かった料理人たちが力を合わせて作った最高の料理、……食べてみたいと思わない?」
それから、にんまりと笑いました。
「今日は神サマのお友達、――『料理の神様』を呼んでるんだ」
「え、それってもしかして……!」
「そう。みんなのために、作ってきてもらいましたー!」
「じゃじゃーん!」と言いながら、神様は本棚を沈めました。
すると、本棚に隠れていたところには、真っ赤な髪の毛の神様が立っていました。
真っ白なエプロンとコック帽を被った料理の神様は、天使たちに向かって優しく笑いかけます。
「さぁさぁ、向こうに料理を構えてあるから、みんな一緒に付いてきな。どの料理も、ワタシが腕によりをかけて作ったよ」
「やったー!!」
天使たちはみんな、飛び上がって喜びます。
料理の神様は、時々お菓子なんかを作っては、妖精たちに持たせて天使たちのところに届けてくれる神様なのです。
その料理の上手さは、まさしく神様という名前に相応しいものでした。
天使たちを連れて歩く途中で、語りの神様は料理の神様にお礼を言います。
「いつもありがとね、料理の神様。神サマのワガママを聞いてもらって」
料理の神様は、ふんと鼻を鳴らします。
「お礼など水臭い。オマエとワタシの仲ではないか」
それからぐりぐりと乱暴に、語りの神様の頭を撫でます。
腰まである虹色の髪が、ぐしゃぐしゃになっていきました。
「それに、たまには食材をたくさん使いたいと思っていたところだったんだ。腕が鈍っても困るからな」
そっぽを向いて言うところを見るに、どうやら料理の神様は照れているみたいです。
それが分かった語りの神様は、もう一度だけ「ありがとね」と言いました。
小さい声で「ああ」と返ってきました。
それから天使たちは、雲でできたテーブルの上に並んだ料理を前にして、同じく雲でできたイスに座りました。
ひとりの天使が手を合わせます。
みんなもそれにならいました。
「せーの、いただきまーす!」
「いただきまーす!!」
天使たちは、それはそれは美味しそうに、たくさんの料理を食べていきました。
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