侵食してくる脅威

 サイレンの音が聞こえる。

 避難を促す警察と魔法騎士、遠巻きにあたりの様子を記録する報道陣。

 そしてその騒ぎの中心にある黒く禍々しい虹彩を放つ深淵。

 あたしはビルの屋上を駆け抜け、その渦中に着地する。

 あたしの白いドレスが風を受けてふわりと膨らんだ。

 いきなり現れた魔法少女に対して周りの人々が驚いたようにあたしに視線を向ける。

 でもそんな視線、どうでもいい。

 早く助けに行かなくちゃ!


「待ってて、カメリアちゃん!!」


 目の前にそびえる深淵、そこに向かってあたしは駆け出した。

 今、あたしが行くよ!!


「ちょーっと、何してんのよあんたは」


「ぐぇえっっ」


 駆け出したあたしの首根っこが突如として掴まれる。

 いきなり首が絞まり、変な声が出てしまう。

 何事!? 慌てて振り返るとそこには呆れたような表情をした友人がいた。


「一人で深淵に突っ込むなんて、もうちょっと冷静になったらどう」


 魔法少女ミスティハイドランシア、あたしのチームメイトである青い魔法少女はそう言うとジトッとあたしを睨みつけた。

 うぅ…………そんな目で見ないでよ。


「カメリアちゃん……深淵……助けに行かなきゃ」


 目を逸らして、言い訳のようにもごもごと言葉を紡ぐ。

 そうだ、あたしのもう一人のチームメイトである魔法少女ブラッディカメリアが今深淵の中にいるのだ。

 深獣の領域である深淵、そんな危険な場所で一人で…………きっと危ない目にあっているに違いない。

 行かなきゃ!!

 鼻息を荒くするあたしを見て、ハイドランシアはため息を吐いた。


「この一件に対して私たちに出動要請は出ていない、その意味分かってる?」


 分かってる、そんなの。

 どうせあたしたちじゃ実力不足だとでも言いたいんでしょ。

 そんなの関係ない、ホワイトリリィは相手がどんなに強大だって逃げたりなんて絶対、しない!

 だいたい、そんなこと言ってシアちゃんだってここに来ているじゃない。

 それってあなたもカメリアちゃんを助けたいってことじゃないの?

 あたしはハイドランシアの目をじっと覗き込んだ。


「救援を星付きの魔法少女に要請しているゼ、応援が来てからでも遅くはないゼ」


 青い魔法少女の契約精霊であるガルパがあたしの頬をペチペチと叩く。

 星付き…………

 星付きの魔法少女、それは数いる魔法少女の中でも特別な者にだけ与えられる称号。

 深淵が定着し深域となってしまった封印都市、そんな絶望的な都市でその主人たる深獣を打ち破った魔法少女にだけ星が贈られる。

 単独での深獣討伐を可能とする最強の魔法少女。

 全ての魔法少女の憧れ。

 今目の前に広がる深淵は成長し、深域へと至ろうとしている。

 確かに星付きの魔法少女の出動が必要な事態かもしれない。


「星付き?それは誰だユ?」


 あたしの契約精霊であるパプラが慌てたように尋ねる。

 あれ?

 なんだか焦っているみたいだ。

 彼にとっては星付きの出動は歓迎する事態だと思うのだけど……?


「それはな……」


 ガルパが自慢げに答えを言おうとした時、二つの人影が彼の背後に着地した。

 紫と白金の魔法少女、見たことのある二人組だった。

 正義の象徴、テレビの向こうで見た存在があたしの前にいた。


「あなたたちが、救援を出してくれた魔法少女かしら?」


 金の装飾があしらわれた白いドレスに身を包んだ少女が優雅に首を傾ける。

 魔法少女ピュアアコナイト、星付きの魔法少女の中でも一際知名度の高い少女だ。

 隣にいるのは彼女のチームメイトの魔法少女バイオレットクレスだろう。

 考えもしなかった大物の登場にあたしは目を瞬かせた。


「あ、ぅ、あ、そ、そうです」


 うん、どうしたのシアちゃん???

 なんかカメリアちゃんみたいな受け答えしてるけど!?

 ハイドランシアは赤面し、まるでロボットのようにぎこちなく返事をしている。

 シアちゃん、もしかして緊張してるの?こんな様子の彼女は初めて見た。

 その反応を見てピュアアコナイトはクスリと笑った。


「久しぶりね、いつの間にか立派な魔法少女になって……時間って経つのが早いわね」


「わ、私のこと覚えてくれていたんですか!!?」


 シアちゃんが黄色い声を上げる。

 今にも飛び上がらんばかりの様子だ。

 アコナイトのチームメイトであるクレスはその様子をジトっとした目で見ていた。


「あんたって魔法少女にもファン多いわよねぇ」


「人徳の差じゃない?」


 はぁ……なんか次元が違うなぁ、格というか、纏ってるオーラが違う。

 これがシアちゃんが憧れている魔法少女か。

 あたしにも憧れてくれている魔法少女っているのかしら?

 いや、いないかー……

 自分の実力と知名度の差を感じてちょっと凹む。

 でも星付きの魔法少女の助けは頼もしい。

 これで、今回の救出はうまくいきそうだ!

 まぁ、あたしたちチームリリィが必要なさそうっていうのは考えないようにしよう……



……………………………



…………………



……



「どうしたの?そんな怖い顔して……もしかして彼のことまだ怒っているの?日向」


 うん?あれ?

 深淵の中心部、見つけた階段を下った先で、あたしたちは無事カメリアちゃんと再会した。

 深淵の主である深獣はアコナイトさんによって倒された。

 これで深淵はじきに崩壊し、魂を囚われた人たちも解放されるだろう。

 そんな中、アコナイトさんはカメリアちゃんに親しげに話しかけている。

 というか日向って…………カメリアちゃんの本名を知っている?

 二人って知り合いだったの!?

 あたしは目の前にいるカメリアちゃんとアコナイトさんを見比べた。

 カメリアちゃんってあたしより年下だよね、こんな年上のお姉さんと交流があるなんて意外だな〜。


「………………ぃ……」


 カメリアちゃんは俯きながらブツブツと何か呟いている。

 カメリアちゃんの悪いところが出ちゃってる、ちゃんと前を向いてハキハキ喋らないと伝えたいこと伝えられないよ。

 あたしは安心させようと、彼女の背中をさすってあげる。

 そうして、気が付く。

 あ…………れ?

 カメリアちゃんすごく震えてる。

 

「あなたをテレビで見かけてから、ずっと会いたかったのよ」


 ヒールでカツンと床を鳴らしながら、アコナイトさんがこちらに歩み寄ってくる。

 その顔は微笑みをたたえていて、まるで親しい友人に話しかけるかのような気軽な声音だった。

 それなのに、あたしの抱いた少女はその身をひどく冷たくし、震えていた。


「どこかの誰かさんに邪魔されなければ、もっと早くに再会出来てたんでしょうけど……」


 穏やかな目が、あたしの横に浮かぶ契約精霊に向けられる。

 パプラはなぜかアコナイトさんを睨み、唸り声を上げている。


「シィッ!」


 そんなパプラも彼女の首元からいきなり現れた蛇に威嚇されて慌ててあたしの後ろに引っ込んだ。

 ツノの生えた白蛇、アコナイトさんの契約精霊だろうか。

 というか…………え?えっとぉ……

 状況が、よく分からないのだけど。

 みんなが憧れる正義のヒロイン、星付きの魔法少女が親しげに話しかけているというのに、パプラはなんだか険悪な雰囲気だし、当のカメリアちゃんは震えて黙ったままだ。


「ねぇ」


 アコナイトさんがまた一歩こちらに近いた。

 よく分からない……分からない……けど……


「止まってください!」


 あたしは彼女を遮るように前に進み出た。

 カメリアちゃんを私の後ろへと隠す。


「あなたはなんだか嫌な感じがします。あたしのチームメイトが嫌がってるので止めてください」


 胸を張って彼女を睨みつける。

 星付きだとかそんなこと知ったことか!あたしの友達が怯えている、なら友人として、チームのリーダーとしてあたしが守る。

 喧嘩腰のあたしとパプラ、震えて俯くカメリアちゃん、終始穏やかなアコナイトさん、混沌とした様子にシアちゃんは訳が分からないといった様子で目を白黒させている。

 この中で一番落ち着いているのはクレスさんだろう、彼女は我関せずといった様子で自分の魔法少女デバイスを弄っている。


「あなた、何か勘違いしているわ。私は彼女と仲直りしたいだけ、彼女に謝りたいのよ」


 むぅ……そうなの?

 あたしは彼女とカメリアちゃんの関係を知らない。

 過去に、何があったかも。

 だから、そう言われるとこちらとしても止めてくださいとは言いづらくなってしまう。

 後ろを振り返って、カメリアちゃんの様子を伺う。

 俯いているけど、震えは収まりつつある。

 彼女と対面させても大丈夫なのだろうか。


「…………さぃ」


 カメリアちゃんの口が開きなにか言葉を発する。

 彼女の顔がゆっくりと持ち上がり、あたしではなくその後ろのアコナイトさんに顔が向けられる。


「なぁに?日向」


 アコナイトさんがズイズイと歩み寄り、あたしは仕方がなく身を引いた。

 カメリアちゃんが何か言いたいなら、まぁいいかな。

 アコナイトさんとカメリアちゃんは頭ひとつ身長に差がある。

 彼女の身長に合わせるようにアコナイトさんが屈み込んだ。

 カメリアちゃんの小さな唇が開き、言葉を発した。


「うるさい、お前なんて嫌いだ」


 あたりが、静まりかえった。

 アコナイトさんの表情が、笑顔のまま固まった。

 あの我関せずといった様子だったクレスさんですら意外そうに顔を上げこちらを凝視している。


「仲直りだとか、謝るだとか綺麗な言葉だけ並べたって私は騙されない。お前はいつもそうだ!お、お前ばいつも……ゔっ……ぅゔ」


 カメリアちゃんが言葉を続ける、だけど様子が少し変だ。

 なんだか言葉がたどたどしいし、なんだか苦しそう。


「は?」


 アコナイトさんが何かを察し、戸惑ったような声を上げる。

 そして次の瞬間…………


「うぇ!おげぇぇええぇぇえ゛え゛え゛え゛!!!!」


 カメリアちゃんは……盛大に嘔吐した。

 あたしたちと一緒に仲良く食べた、パンケーキ…………だったものが地面にぶちまけられる。

 吐瀉物が跳ね、その何滴かがアコナイトさんの綺麗なドレスに付着する。

 穏やかに笑っていた彼女の笑みが、引き攣った。


「だぁああ!すみません!!この娘まだ深獣にやられたダメージが残ってて錯乱してるみたいでぇ!」


 シアちゃんが慌てたように大声を上げて、カメリアちゃんをアコナイトさんから引き離す。

 あたしもハッとしてカメリアちゃんの様子を伺う。

 嘔吐するなんて、まともな状態じゃないよ。


「すぐに病院まで連れて行かなくちゃ!本当にすみません、あたしたちは先に離脱させて貰いますね」


 これ幸いに、あたしはカメリアちゃんを彼女から引き離すことにする。

 これ以上二人に話させたって状況が好転するとは思えなかった。

 実際に体調は悪そうだし、おかしなところはないはずだ。


「そう……」


 アコナイトさんはなんとか持ち直したのか、また穏やかな笑みを浮かべ直した。

 笑うんだ……ものすごい無礼なことしたんだし、怒って当然なのに。


「じゃぁ、またね」


 そう言って彼女は手を振った…………





―――――――――――――――――――――





「あう〜〜〜〜〜」


 私は気怠げに、寝返りをうった。

 お布団は優しく私を包み込んでくれる。

 ここは自室、愛しの布団の中だ。

 結局、あの後私は心配する二人のチームメイトによって病院に担ぎ込まれた。

 でも私の嘔吐は極度の緊張によるものだし、深獣の攻撃による傷も大したことはなかった。

 そのため、家に帰ってゆっくり休むのが一番だろうと診断され私は早々に解放された。

 両親には心配されたが、全然大丈夫だ。

 心が軋む辛さは……別に今に始まったことじゃない。

 前からずっと一緒、だから私は大丈夫。

 最近は外に出ることも多いし、ちょっと疲れただけ、そう思うことにした。


「昨日、坂宮市の市街地にて深災が発生。魔法少女や魔法騎士を含め多数の怪我人が出る事態となりました」


 あ、昨日の深災のことがニュースで放映されてる。

 私は、布団から顔を出すとテレビに視線を向けた。

 黒く虹色の光沢を放つ深淵が街に広がっている様子がテレビに映し出されている。


「深淵はあと一歩で深域まで成長しそうでしたが、幸いなことに鎮圧され、今はその姿を消しました」


「大規模な通行止めもありましたし、それで今回の件を知っている方も多いのではないでしょうか」


「それだけ影響のあった深災ということですね、深域になっていたらえらいことですよ」


 今回は怪我人もいたためか、いつもより真面目に番組が進行している。

 いつもだったらここで魔法少女のオタクトークが繰り出されていたところだ。


「発生時に魔法騎士が対応に当たりましたが苦戦。偶然その場に居合わせた魔法少女ブラッディカメリアが救援に駆けつけこれを撃退、さらに彼女は深淵内に捕われた人命を救助するため単身で深淵に突入したようです」


 私の写真がモニターに映し出される。

 ただ、いつもと違って解像度がかなり低い。

 遠くから撮った写真を拡大したのだろう。

 今回は危険な現場だったし、報道陣や野次馬も近寄れなかったのだろう。


「え〜、彼女一人で!?大丈夫だったの」


 年配のコメンテイターが心配そうに声を上げる。

 私のファンだって公言してくれていた人だ。

 私はなんだか気恥ずかしくなって布団の中で身動ぎした。


「はい、彼女は軽傷で無事生還しました。なんと言ってもあの二人が駆けつけてくれましたからね!」


 うえ……

 画面にデカデカと二人の魔法少女の姿が映し出され、私は目を逸らした。

 いやなもん見せるなよ。


「ピュアアコナイトにバイオレットクレス!最近地方に出動してばかりでしたよね。坂宮市で姿を見れるなんてレアですね〜」


 若い女性のコメンテーターが嬉しそうな声を出す。

 他の番組スタッフたちも黄色い声を上げ、真面目なモードからいつもの魔法少女番組の空気になる。

 まぁ、確かにあれは有名人だからな、ファンも多いし…………


「一部では彼女たちはブラッディカメリアに会いに来たとも言われてるんですよ」


 は?

 アナウンサーの言葉に私は固まる。

 モニターの画面が切り替わる。

 これは、深淵が消滅した後の様子かな。

 レポーターがピュアアコナイトに向かってマイクを向けている。


『深淵の鎮圧お疲れ様です。さすが深域の鎮圧の経験者、このくらいはわけないですね!どうでした?今回の深淵は』


 マイクを向けられた彼女はほんの一瞬、表情を固めた。

 私は知っている、彼女が煩わしいと思った時の表情の変化だ。

 笑顔のままだから、どうせまわりの人間は気づいてないだろうけど。


『そうですね、まぁいつも通りです。強いていうなら……カメリアに会えたのは幸運でしたね』


 は????い?????

 なーに言ってんですかねこの女は。

 彼女が私に会いたい状況というのが理解できない。

 私の前でもそんなことを言っていたけど、いつもの方便なのかと思っていた。

 本当に私に会いたかったのか?どういう心境の変化だろう?

 私が学校に来なくなっても何も言わなかったくせに。

 何が変わったんだ。

 もしかして私が……魔法少女になったから?

 …………会いたかったのは、日向ではなく……カメリアか?

 頭を悩ます私を置いて番組は進行していく。


「あのアコナイトにまで一目置かれるなんて、今後の彼女の活躍に目が離せませんね」


 年配のコメンテイターがここぞとばかりに私を褒める。

 私が彼女に一目置かれている?たちの悪い冗談だろうか。


「そうなんですよ、インタビュー映像のアコナイトを見てください何か不自然だと思いませんか?」


「え?どこですか」


「彼女、ずっとスカートの一部分を押さえてるんですよ、何かを隠すように」


 あ、そこは…………


「深獣の攻撃を受けて、スカートが破れてしまったのを隠しているように見えるんですよ。あの無傷で敵を屠ってきたアコナイトがですよ!そんな深獣相手に一人で戦って生還するってカメリアも結構すごいですよね!!」


 違います。

 あれは私のゲロがかかったのを隠しているだけです。

 とんだ勘違いですぅ…………


「僕はね、アコナイトは彼女を弟子にしたいんじゃないかと思うのよ。かつてレッドアイリスがホワイトリリィやミスティハイドランシア、コットンキャンディに師事したみたいにね」


 私があの女の弟子…………

 おい、なんだそのふざけた考えは。

 そんなの絶対に…………


「許さないユ」


 私は言葉を発していない。

 でも私の考えと全く同じ発言が、私の横からした。

 声をした方を向くと、私の契約精霊がそこにいた。


「ごめん、ちょっとお邪魔してるユ」


 彼は、ペコリと頭を下げた。

 いや……礼儀正しいのはいいけど、勝手に入ってくるなよ。



……………………………



…………………



……



「ぁ、どうぞ」


 私は目の前に浮かぶパプラにお茶を差し出した。

 まぁ、部屋に常備してた麦茶だけどね。

 いきなり現れた訪問者に対してわざわざ入れたてのお茶を出してやる義理はないのだ。


「あ、いただきますユ」


 小さなユニコーンはコップに口をつけチロチロとお茶を舐めた。

 出しておいてなんだけど多すぎたな……コップのサイズがパプラの胴体くらいある。

 今度から猫に与えるミルクのように小皿に注ごう。

 まぁ、今度があるかは知らんけど。

 そんなことを考えていると、顔を上げたパプラと目があった。


「ぇと……」


 そもそも、私になんの用?

 彼の顔をまじまじと見つめる。

 ユニコーンの表情なんて私には分からないけど……なんか悲しそう?


「ごめんなさいユ」


 出し抜けに、彼は頭を下げた。

 えーと……どうしたん?

 彼が私に謝罪するようなことはなかったと思う。

 魔法少女になってから、いつもこの小さなユニコーンのサポートには助けられているし、こちらから礼をいうようなことはあっても、謝られることはないと思うのだけど。


「君とピュアアコナイトとの接触は僕の望むことではなかったユ」


「ぁえ?」


 パプラの言葉に私は目をパチクリさせる。

 なにそれ。

 いや、まて……たしかアコナイトは邪魔がなければもっと早くに再会出来ていたと言っていたな。

 それって、パプラが私と接触しようとしていたアコナイトを妨害していたってこと?

 でも……そうなると……


「私と彼女の関係、知ってたの?」


 ………………

 

 私の問いに、沈黙が広がる。

 その沈黙でなんとなく察する。

 そう、知ってたんだ。

 私が彼女に虐められていたこと。

 まぁ確かに、契約した少女が学校にも行かず引きこもっていたら調べるよな。


「僕たち契約精霊は、契約した魔法少女の願いを……意思をある程度読み取ることができるユ。君の願いには魔法少女に対する憧れがなかった。あるのは嫌悪と拒絶の感情だけ…………おかしいと思ったんだユ」


 ああ、確かに。

 私は魔法少女に対してなんの希望も抱いていない。

 それって魔法少女になる少女としては普通ありえないことだよね。

 だから彼は私のことを調べ、普通ならば気付きようのない真実にたどり着いたのだろう。

 人々を守るべき正義のヒロインが私を嬲っていたという真実に。


「花園は……白き一角獣はなんと言ってるの?」


 魔法少女を管理する存在。

 契約精霊たちの長である白き一角獣はこの事実をどう判断したのだろう。


「一角獣は……アコナイトのことは不問にするって…………」


 ふーん…………………

 そう……

 やっぱり、魔法少女ってろくなもんじゃないね。


「君一人の犠牲に対して、彼女の功績が大きすぎるんだユ!でもこれは僕らの総意じゃないユ。僕は納得いってないユ!!」


 パプラが言い訳をするように言葉を重ねる。

 分かってるよ。

 パプラがその判決に不満を抱いていることなんて。

 だからこそ、彼は私とアコナイトが接触しないように立ち回ってくれていたのだろう。

 私を守るために。

 私は…………守られてばかりだ。

 リリィも状況がよく分かっていないのに私を守ろうとしてくれた。


『いいわね、お姫様は泣いてれば助けてもらえるんだから』


「っっ!!」


 いつか、誰かに言われた言葉が私の脳内をよぎる。

 息が、詰まる。

 助けなんて、来なかったのに。

 助けてもらえていたのなら、こんなことになってないのに。

 耐えがたい痛みを振り切るように、私は勢いよく立ち上がる。


「ユ!?」


 私のいきなりの行動にパプラが驚いたような声を上げる。

 そんな彼をおいて私は外行きのバックを肩にかける。


「ちょっと病院行ってくる」


「ユユ!?体調悪いのかユ?大丈夫かユ?」


 パプラが心配そうに私の周りを飛ぶ。

 大丈夫だよ。

 別に、体調が悪いわけじゃない。

 ただ、少し…………弱音を吐きたくなっただけなんだ…………



……………………………



…………………



……



 病院への道すがら、花屋で花を購入する。

 両親からもらっているお小遣いの数少ない使い道だ。

 

「お花?誰かのお見舞いかユ?」


 花を持って歩く私にパプラがついて飛ぶ。


「そういえば、初めて君とあった時も病院に来ていたユ」


 私はパプラの疑問に答えることなく、黙々と歩く。

 別に邪魔なわけじゃないけど……今はいちいち彼の疑問に答えてあげる気分じゃなかった。

 私の様子に諦めたのか、パプラはため息をつくと黙って私の後に続いた。

 私の精神は見るからに不安定だし、彼も放って置けないのだろう。

 病院に着くと、私はいつものように受付で用件を告げる。

 受付のスタッフは私の横で浮かぶパプラを見て少し驚いた表情を見せたが、何も言わず面会の許可を出してくれた。

 私は通い慣れた道を進み、病室までたどり着いた。

 扉を開けると、その病室の主人はいつものようにベットに横たわっていた。

 買ってきた花を、窓辺の花瓶へとさし、私は椅子へと腰掛ける。

 その間もベットに横たわる人物は身動ぎひとつしなかった。


「第13封印都市って、知ってる……?」


「……知ってる、忘れもしないユ」


 第13封印都市、日本の首都に現れたその深淵は数多の人を飲み込み、深域となった。

 当時、首都を奪還すべく多くの魔法少女と魔法騎士が投入された。

 その中には星付きの魔法少女や魔法騎士のエースも含まれていた。

 そう、星付き魔法少女ピュアアコナイトや魔法騎士のエース銀狼が。

 そして…………


「僕たちは取り戻せなかったユ……あの都市を。だからあそこは封印されたんだユ」


 そう、その結果は敗北。

 魔法少女と魔法騎士の犠牲を増やし、いたずらに深域を大きくするだけだった。

 多くの犠牲の中でも一番の損害と言われているのが、魔法騎士のエース銀狼の喪失だろう。

 エースの喪失により魔法騎士は戦力を欠き、魔法少女に大きく遅れをとる結果となった。

 魔法騎士は必死に銀狼を奪還しようとしたが取り戻せたのは肉体だけ。

 彼の魂は今もあの深域の中に取り残されたままだ。

 取り戻したその肉体は、今私の目の前で静かに横たわっている。

 魔法騎士のエース、正義のヒーロー、銀狼と呼ばれた少年…………東 吟朗。

 私のクラスメイト…………

 私、の……友達………………だった人。


「ねぇ……私を助けてくれるんじゃなかったの?正義のヒーロー…………」


 答えは返ってこなかった…………





―――――――――――――――――――――





封印都市

人の魂を喰らい成長する深淵、その深淵が一定以上の魂を喰らうと深域となる。

封印都市とはその深域がもはや対処できないほど強く大きくなった時の処置の一つ。

これ以上喰われる魂を増やさぬよう、その都市一帯を侵入禁止地帯とすることである。

しかし、深域は取り込んだ魂を使って成長し続けるため、封印都市の領域は年々増え続けている。

本書に東雲市や坂宮市などの実在しない地名が出てくるのは深域によって日本の地形が変わっているため。

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