青い魔法少女

「改めて自己紹介しましょうか。私はハイドランシア、魔法少女ミスティハイドランシア」


 少女は私の前で胸を張るとそう自己紹介した。

 眼鏡の奥で輝く勝気な瞳、青を基調とした衣装に身を包んだ魔法少女。

 彼女は自分の美しさの所以をしっかり理解しているようで、その所作には自信に満ち溢れ、姿勢は指の先まで綺麗に洗練されている。

 まるで貴族の令嬢ようだ。

 燦然と輝くそんな女性を私が直視できるはずもなく……


「ぁ、ぁえ、うぇよ、よろしく……お願いしまぅ」


 俯き、どもりながらそう返事をするのが精一杯だった。

 自分で言っておいてなんだが、これはひどい。

 せめてもうちょっと日本語としての体裁を保ちたいところだ。

 だがこれが隠キャの私のできる精一杯の返答なのだ。

 そんな私の一杯一杯の言葉を聞いてハイドランシアはにっこりと微笑んでくれた。


「はい?何て言いました?」


 びぇえええぇぇん!!

 ぜんぜん通じていませんでした。

 やっぱり陰キャにほぼ初対面の人間とのコミュニケーションは難易度高いって。

 お布団、お布団に戻りたいよぉ。

 リリィさんどこ?どこなの?

 私はリリィに呼び出されたのでここに来たのだ。

 魔法少女をやっていくにあたって、私はそもそも知識不足すぎる。

 そのため彼女がレクチャーしてくれると聞いて今日は渋々布団から抜け出してこの魔法少女の施設『花園』まで足を運んだのだ。

 でも、ここにたどり着いた私を待ち受けていたのはホワイトリリィではなくこの青い魔法少女だった。

 魔法少女ミスティハイドランシア、私の所属するチームリリィの一員であり一度だけ顔を合わせたことのある人物だ。

 といっても彼女とのコミュニケーションはリリィ越しだった…………なので彼女と面と向かって話すのはこれが初めてとなる。


「は、はひ……」


「なぁ、彼女ちょっと緊張してんじゃねーのゼ」


 私がうまく返事できずに俯いていると、彼女のそばに浮いた小さな獣がフォローを入れる。

 小さな……犬?

 でも額にツノ生えてる、ということはあれも一応ユニコーンなのだろうか?

 とゆうか彼女は私とリリィとはパートナーが違うんだな……

 私の視線に気づいたのか、犬はニッと笑った。


「よぉ、嬢ちゃん。俺はガルパ、ハイドランシアの契約精霊だゼ」


 やっぱり精霊だ。

 なんか、パプラよりチャラい……陽キャだ、陽キャ、怖い。

 でも、女性や男性より動物の方がトラウマを刺激しないからまだマシだな。


「ぁ、あ、あの……リリィさんは……」


 とりあえず彼女たちとの会話の緩衝材となる人物、ホワイトリリィの所在を消え入りそうな声で尋ねる。

 彼女さえ来てくれれば今よりはよくなるはずだ。

 私にはサポートしてくれる友人が必要なのだ。


「ああ、さっきパプラの野郎から連絡があったゼ。なんか学校の補習とかゆーのを忘れてたみたいで今日は来れないゼ」


 なんということでしょう。

 ガッデム!私の希望は潰えた。

 というかリリィさんあなた学校の補習ぅて…………

 もしかして成績悪い?いや、まぁよさそうには見えないけれど。


「あの娘はまた……あなたは成績大丈夫でしょうね?」


「あ、はい……」


 ハイドランシアがジトッと私を見つめる。

 いや、私これでも優等生なんです……

 といっても今は登校拒否しているので成績の評価は地に落ちているだろうけど。

 それは絶対言わない。


「まぁ、いいわ。あの娘は来ないからあなたと私だけで始めるわよ」


 ミスティハイドランシアは腰に手を当てると胸を張って私に宣言した。

 ほぼ初対面の女の子と二人きり(獣一匹はカウントしないものとする)かぁ。

 私は無事切り抜けられるだろうか?

 お、お手柔らかにお願いします…………



……………………………



…………………



……



 場所は変わって、訓練場のような広い部屋私たちはいた。

 部屋には深獣のつもりだろうか、大型の黒い獣のハリボテのようなものが均等に配置されている。

 少し離れた場所で他の魔法少女たちがハリボテに向かって攻撃を放ち訓練している様子が見える。

 この魔法少女のための施設、通称『花園』にはこういった訓練場がいくつかあるらしい。

 アイドルのような華やかな部分が目に付く魔法少女だけど、裏ではこうやって訓練しているんだね。


「はい、まずはこれ」


 キョロキョロしている私にハイドランシアは何かを差し出してきた。

 花の装飾がされた丸いデバイス。

 あ、これ見たことある。

 リリィが首から下げていた魔法少女の補助アイテムじゃん。

 デバイスと共に紐とベルトも渡される。


「好きなところに着けなさい」


 へえ、ベルトで留めることもできるんだ。

 確かに目の前の青い魔法少女を見ると彼女はこのデバイスを太股に装着していた。

 白い太股に巻かれた黒いベルト、そして輝くデバイス。

 うーんエッチ。

 流石に私にそんな大胆な装着場所を選ぶ勇気はない。

 そもそも私の魔法少女コスチュームは丈が長くて太股は露出していないのでそういう付け方は無理なんだけどね。

 私はリリィと同じようにデバイスを紐に通して首から下げることにした。

 首に下げると、デバイスは光を放った。


「ぅわ!」


 見るとデバイスはその色を変えていた。

 黒いボディに花の装飾は赤色になっている。

 なにこれ、私専用になった……?


「オマエの情報が登録されたんだゼ。それ魔法少女としての身分証になるから無くすなよゼ」


 ガルパが説明してくれる。

 魔法少女としての身分を示すもの。

 つまりこれがあれば通常は入れない区域にも深災対策として足を運ぶことができるようになるらしい。

 それは、深災が発生した避難推奨地区だったり深淵が定着してしまった深域さえ、このデバイスを持った魔法少女であれば自由に出入りが可能になるということだ。

 これを受け取った今、私は正式に魔法少女になったのだ。

 もう後戻りはできない。

 …………いやぁ、後戻りしたいな……だめ?


「では、魔法少女ブラッディカメリアまずはあなたの平時の力を見せてもらいましょうか。レクチャーはそれからよ」


 いきなりフルネームの魔法少女名を呼ばれて、私は背筋を伸ばす。

 青の魔法少女と小さな獣の視線が私に刺さる。

 じ、実力を示せってことだな。

 目の前のハリボテを睨む。

 あれを攻撃すればいいんだよな?

 へぼくて失望されたらどうしよう……いや、パプラが私はかなり強いって言ってたし、大丈夫なはず。

 私は天才……天才……と自分に言い聞かせ、手のひらに力を溜める。


「ぃ、いけぇッ!」


 そのまま力を開花させる。

 私の手のひらで咲いた一輪の花はこぼれ落ちると小さな金魚へと姿を変えた。

 小さな小さな金魚、消しゴムぐらいの大きさだった。


「…………ぁぇ……?」


 それはふらふらと力なく宙を漂うと、的であるハリボテにたどり着くこともできず霧散した。

 …………あり?

 なんで??

 前やったときはもっと大きくて、数だって何十という数を出せたのに……

 想定外の事態に私は冷や汗をかきながら、ハイドランシアの顔を窺う。


「どうして、いつもみたいな威力が出なかったと思う?」


 彼女は優しく微笑むと私に問いかけた。

 どうやら怒ってはないみたいだ。

 それどころか、こうなるのが分かっていたみたいな表情だ。

 ということは、こうやって普通にやっても魔法はうまく発動しないってこと?

 でも、最初に力を使った時と今の違いがよく分からない。

 あの時と同じように、力を放出したと思うのに。

 首を傾げる私にハイドランシアがヒントを出す。


「最初に力を使った時、あなたは何を思った?それを思い出してみて」


 最初に力を使った時……?

 あの時はリリィが深獣にやられそうで……

 彼女が助けを呼んでいるのを感じた。

 昔の私みたいに。

 誰も助けてくれる人なんていなかった。

 私以外、私だけが彼女の味方になることができた。

 だから私は…………


「ストップ!」


 静止の声に私は我に帰った。

 気づくと私の手のひらの上には数えきれない数の紅い花が咲き誇っていた。

 手から溢れ落ちた花が金魚へと姿を変え私の周りを漂っている。


「それは的に放つ必要ないゼ。的が壊れちまうゼ」


 ガルパが的の前に浮かび私を止める。

 私は慌てて、手を振ると花を散らす。

 しかし、花は金魚の大群となって私にまとわりついた。


「わぷぷ」


 私に懐いているのか身体を寄せてくる。

 そのせいか私は紅い塊に飲み込まれて前も見えなくしまった。


「全く、聞いてはいたけどすごい魔力量ね」


「羨ましいかゼ、お前は魔力量すくねーからな」


「うるさいわね!」


 紅い塊の向こうから二人の声が聞こえてくる。

 とりあえず視界が悪いので、どいてくれるように念じると金魚たちは素直に退いてくれた。


「わかったかしら、魔法を使うには感情が大事なの。ただし感情ならなんでもいいってわけじゃない。最初に魔法少女になったときの感情、力を手にすると決めた動機、その願いが力となるのよ」


 最初の願い。

 ちょっと言語化するのは難しいけど、リリィを助けようとした時のあの感情、それが力になるってことか。

 過去の自分への嫌悪、あの日のトラウマ、傷ついた少女への心配、それらがごちゃ混ぜになった感情。

 それを思い出すと自分の中で力が湧き出すのを感じた。


「最強の魔法少女の資格は才能なんかじゃない。どれだけ最初の願いを思い続けていられるか、純粋な願いを抱いた少女こそが最強の魔法少女なのよ。半端な願いはすぐに別の願いにとって変わられてしまう。願いを失った魔法少女はもう魔法を使えないのよ」


 じゅ、純粋な願いか……

 私はこの最初の願いを思い続けていられるのだろうか?

 正直自信はないな。

 そもそも魔法少女になるつもりなんてなかったし、一回切りだったつもりの願いとか他の魔法少女のと比べて弱そう。

 そういう大事なことは初めに言ってよ!

 私は今ここにいないパプラに負の感情を飛ばした。


「願いを大切に、まず一つ目のポイントね。次は深獣について教えるわね。深獣は通常魔法少女一人では対抗できない、なんでだと思う?」


 あ、それ疑問に思ってたことだ。

 ホワイトリリィが一人で戦っていた時、パプラはやっぱり一人じゃ無茶だった、と言っていた。

 そして私が一人でその深獣を撃退した時、やたらと驚いていた。

 思えばニュースでも私一人で撃退したことについてやたらと持ち上げていた。

 一人で深獣を撃退することはどうやらすごいことみたいなんだよな。


「ぁ、とぉ……とっても強ぃ……から?」


 ってわけじゃないと思うけど、答えがわからないのでとりあえずそう答える。

 正直、私はホワイトリリィはそんなに弱くないと思っている。

 魔法少女として私より先輩だし、私の力がやたら評価されていうことを踏まえたって、ド素人の私より弱いとはとても思えない。

 でも、彼女には単独の深獣撃退は無理で、私にはできる。

 この違いがどこから来るのか疑問に思っていたのだ。


「それは深獣が魔障壁を持っているからよ」


 魔障壁?

 なんだろうそれは、聞いたことのない言葉だ。

 疑問に思う私に対して彼女は見ていろと、私に目配せする。

 ハイドランシアが宙に手をかざす。

 すると手から水が溢れ出し、空中を渦巻く。

 彼女が手を横に振ると、水は紐状に広がり透明な鞭になった。

 水でできた魔法の鞭、それがしなり、深獣のハリボテを打つ。

 とても水とは思えない力強い音が鳴り響き、ハリボテが揺れる。

 かなりの力が加えられたのは一目瞭然だ。


「今みたいに、深獣に攻撃したとする。でもそれは深獣の持つ魔障壁に阻まれてしまうの」


 続いてハイドランシアは腕を二度振り、鞭をしならせる。

 鞭はまるで意思を持っているかのように宙を駆け、ハリボテに連続してヒットした。


「魔障壁をどう破る?普通に考えるなら攻撃を連続し、障壁の防御を突破する。……でもそれは愚策。なぜなら、魔障壁は厄介な特性をもっているから。その特性は受けた攻撃に対し、その守りを強めるというもの、つまり…………」


 ハイドランシアが息を吸う、次の瞬間彼女の腕がブレた。

 鳴り響く衝撃音の嵐。

 鞭がハリボテをめった打ちにする。


「こんな風に攻撃で圧倒しても、障壁を上回る攻撃を繰り出せなければ魔障壁は成長し続け、その攻撃は深獣に届くことは決してない」


 あんな風な怒涛の攻撃でも、破れなければ魔障壁は成長して強くなってしまう、そういうことか。

 ちょっと待って、それって強すぎない?

 一撃必殺でも放たないと一生成長するバリアで攻撃が通らないってことじゃん。

 深獣が想像していたよりもずっと厄介で私は慄く。


「魔法少女一人ならね」


 ハイドランシアそう言って私を安心させるように微笑む。


「魔障壁は際限なく成長するけど、それは受けた攻撃に対してだけ、逆に受けた攻撃と別タイプの耐性は相対的に下がっていくの。例えば私の攻撃を受け続けた深獣は水に対して強い耐性を持ちその魔障壁は私では絶対破れない、でもそこをリリィの物理の槍で突けば…………」


 魔障壁はたやすく破れる、そういうことか。

 なんとなく、魔法少女がチームを組む理由がわかってきた。

 つまり単独では魔障壁が破れないから、複数の攻撃で魔障壁の弱点を突き、深獣を撃退しているんだな。

 でも……そうすると私が単独で深獣を撃退できた理由がますます謎だ。

 私の金魚たちに成長する魔障壁を破り続けるだけの攻撃力があるのだろうか。

 私は自分の周りに浮く金魚たちを見る。

 私の愛するペットのププちゃんのような愛くるしい見た目。

 とてもそんなに殺傷能力があるようには見えないけど……

 疑問に顔をしかめる私にハイドランシアは頷く。


「そうね、あなたは例外、あなたのその召喚魔法は吸魔の属性を持っているの」


 吸魔?

 また新しい単語だ、新しい情報だらけで私はそろそろ混乱しそうだよ。


「魔法少女は基本的に物理属性か、水や炎といった元素属性に分類される。でも時々あなたのようなどちらにも属さない属性の魔法少女が現れることもあるの。吸魔とは魔力を吸い込む力、あなたは魔障壁を攻撃することなく障壁を構成する魔力を直接吸い出すことができる」


 そ、そうなのか。

 それで私は単独での深獣撃退が可能だったんだな。

 つまり私は魔障壁に対してめっぽう強い魔法少女だったんだ。

 こんなとぼけた金魚たちにそんな力があったなんて……


「ねぇ、天狗になってるでしょカメリア」


「ぶぇッッ!?」


 金魚たちを見つめていたらいつの間にジト目をしたハイドランシアの顔が目の前にあって私は変な声を出してしまった。

 整った顔面でいきなり接近するのはやめて欲しい、心臓に悪いよ……


「あなたは確かに才能に溢れてる、でも吸魔は物理的な威力はほとんど無かったり不得意なこともあるんだから、一人でなんでも出来るなんて勘違いしないことね!」


 は、はい…………肝に命じておきます。

 私はガクガクと首を縦に振る。

 ハイドランシアはそれでも若干納得いっていないのか不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ねぇ、少し僻み入ってない?気のせい?


「属性の他にも魔法少女には3つのタイプがあって…………」


 その時、電子音が鳴り響いた。

 聞き覚えのある音だ。

 その音は私の首から下げたデバイスからも発せられていた。

 深災の通知だ。


「今説明中なんだけど……まぁいいわ、続きは実戦でね」


 ハイドランシアは水の鞭を消すと、訓練場の出口へと歩き出した。

 え…………今から実践ですか?

 あの、私まだ魔法少女のいろはも分からぬ弱輩者でして……今回は辞退したいのですが。

 あ、ダメ?はいはい行きますよ……

 私はガルパに頭を小突かれ、よたよたと青い魔法少女の後に続いた。





―――――――――――――――――――――





 魔力で足を強化して高く、力強く跳ぶ。

 建物から建物へとその身を躍らせる。

 場所は先ほどと変わり、地方の観光地だ。

『花園』と『花園』は門でつながっている。

 各都市に建てられた『花園』のおかげで私たち魔法少女は迅速に現場に向かうことができるのだ。

 現在日本の魔法少女の分布は首都である東京に偏っている。

 人口も契約精霊の数も多いので当然だ。

 そのため、東京の魔法少女は数の少ない地方の魔法少女の人員を補うためこうやって地方に駆り出されるのだ。

 建物の上を跳んで移動していると、下から歓声が聞こえてくる。

 見ると、観光客がこちらに携帯を向け、写真を撮っているのが見えた、魔法少女が珍しいのだろう。

 スカートの中見えてないよね……?

 極めて戦闘とは関係ない、だがしかし一学生の少女としては沽券に関わる悩みがお頭をかすめる。

 これだから、観光地は人が多くて嫌なんだ。

 いや、今回注目されているのはそのせいだけじゃないか……

 私はチラリと後ろに目を向けた。

 紅い雲のようなものが私を追って空を飛んでいた。

 ものすごく目立つし、禍々しくてとても無害な存在には見えない。

 一見すると敵にしか見えないが、あれは味方だ。

 魔法少女ブラッディカメリア、私の味方でありチームメイトの少女だ。

 深災に対しては迅速な対応が大事、よって現場に急行するのであなたの出せる最速でついてきなさい。

 そう告げたところ彼女の出した結論が、これ。

 大量の金魚を放ちそれに運んでもらい空を飛ぶ。

 正直魔力の無駄遣いだ、現場にたどり着いてからが本番なのにこんなところで大量の魔力を消費してどうするのよ。

 これだから魔力の多い子は……自分が湯水のように消費している魔力がどんなに大切なものか分かっていない。

 …………若干の僻みが入ってしまった。

 彼女は私のスピードについて来れている、今はそれでよしとしよう。

 視界の先に虹色の光沢を纏った黒いドームが見えてくる。

 深淵だ。

 幸いなことに規模はまだまだ小さい。

 これならば深淵の主たる深獣も深淵を大きくするための狩りをしている段階、深淵の外に出ているはずだ。

 視界を走らせ、主たる深獣を探す。

 いた!

 大きな黒色の蜂が小さな蜂の群れを従えて空を飛んでいた。

 その敵に攻撃を仕掛ける前に、私は高い建物へ着地する。

 カメリアと敵を撃退する算段を話し合うためだ。

 と言っても短く私が動きを指示するだけなのだけど。


「私が防御、敵の攻撃を全て捌く。あなたはサポート、後方で魔障壁を剥がしなさい」


 それだけ告げると私は宙の蜂に飛びかかった。

 後ろから、「ぁ、う、攻撃はぁぁ?」という情けない問いが聞こえてきた。

 全くそんな当たり前のこと聞かないで欲しい。

 可哀想だけどその質問に答えている余裕はない、敵が動き始めている。

 水で作り出した鞭、それを巻き付け蜂を拘束すると地面に叩きつけた。

 地面に大きなヒビが入るが、深獣にはダメージはない。

 当然だ、私の攻撃では魔障壁を突破できない、そんなことは自分が一番よく分かっている。

 これは敵のヘイトを私へ向けるための攻撃だ。

 私の仕事は攻撃じゃない、防御なのだから。

 自分の位置を敵とカメリアの間に来るように調節する。

 これで敵の攻撃は私という壁を越えなければカメリアに届くことはない。

 黒蜂は低い重低音を響かせると。

 お供の蜂たちを私へと差し向ける。

 私の鞭はいまだに黒蜂を拘束し続けている、このままでは武器が振るえないとでも思ったのだろう。

 でも残念、私の武器は水だ。

 蜂への拘束はそのままに、鞭を分離させる。


「はぁっ!」


 腕を大きく振るい、鞭を蜂たちへ叩きつける。

 宙を唸り、十分過ぎるほどの遠心力を伴った水の塊が敵をすり潰す。

 やっぱり、この小さい蜂たちは障壁を持っていない。

 これなら私でも倒せる。

 そのまま勢いを殺さぬよう、鞭をさらに回転させる。

 殺到する蜂の群れ、その一匹たりとも逃しはしない。


「いけ」


 後ろから、カメリアの声がすると同時に私の後ろで蜂たちに負けない数の金魚が展開される。

 あの娘のしっかりした声を初めて聞いたかもしれない。

 いつも、「ぁ」とか「ぅ」みたいな情けない声を挟んで喋るし、おどおどと小動物のように怯えているカメリア、だけどこういう場面では彼女は逃げることはしない。

 短い付き合いだけど、そのことは知っている。

 だからこそ、チームメイトとして彼女を認めた。

 蜂の群れと金魚の群れ、両者が空を埋め尽くす。

 私の防御を成立させるためには金魚には攻撃を当てず、蜂を全て叩き落とさなければいけない。

 求められるのは鞭の繊細な制御、広がる敵と味方の群れの正確な位置を把握するための空間認識能力。

 それを無理だと思わない経験が、努力の軌跡が私にはあった。


「小さいやつはいい。あなたはデカブツだけ狙いなさい!」


 叫び、鞭を振るう。

 針穴に糸を通すように正確に、金魚を避け、宙に散開する蜂たちを一匹ずつ叩き落としていく。

 そうして、丸裸になった黒蜂へと金魚の群れが一匹も欠けることなく殺到した。

 おぞましい唸り声を上げながら深獣がのたうち回る。

 その魔障壁は金魚たちに食い荒らされ、ボロボロだ。


「今!」


「待ってましたぁっ!!」


 私が声を上げると、蜂の後方の建物から白い人影が飛び上がった。

 攻撃は誰がするだって?

 そんなの決まっているじゃない。

 私たちはチームだ、三人で一つの。

 私とカメリアだけで深災に立ち向かうわけないでしょ。

 チーム最後の一人にしてこのチームのリーダー、魔法少女ホワイトリリィが黒蜂のその無防備な背中に純白の槍を深々と突き刺した。

 深獣は大きな断末魔を上げると大きく仰反るのを最後に、その身体を霧散させた。


「り、り、リリィ!?来てたんだ」


 驚きの声を上げるカメリアに対してリリィは元気にサムズアップした。

 まぁ、チームに対しての討伐依頼なのだから彼女にも通知が行くのは当然なのだが、そこら辺の事情はカメリアはまだ知らないから驚くのも無理はないか。


「どうせ、補習サボれてラッキーとでも思っているんでしょう?あなた」


「ギクッゥ!」


 図星だったのかリリィは大きな声を上げる。

 はぁ……相変わらずこの娘は。

 この後学校まで引きずってでも連れていく必要がありそうだ。

 チームのリーダーが学校を留年なんて笑えない。

 まぁ、でもその前に最後の仕上げだ。

 私とリリィは深淵へと攻撃を放つ、主人を失った深淵はそれだけで粉々に砕け散り主人と同じように霧散した。

 これで深淵がこの地を蝕むことはない。


「イエーイ!チームリリィの勝利!!」


 リリィは嬉しそうに跳ねると、カメリアに手のひらを突き出した。

 ハイタッチがしたいのだろう、おずおずと差し出されたカメリアの手にリリィの手が思いっきりぶつけられる。

 カメリアは痛かったのか涙目だ。


「イエーイ!シアちゃんも、イエーイ!」


 そして今度は私に向かって手のひらを突き出してくる。

 私はため息をひとつつくと、全力で、彼女の手を引っ叩いた。

 今度は、リリィが涙目になる番だった。



……………………………



…………………



……



「観光地に魔法少女出動!今日もチームリリィがやってくれました」


 夕方のニュース番組、レポーターが観光地をバックに私たちの活躍を伝えている。

 私はニマニマしながらそれを見ていた。

 カメラはノリノリでポーズをとるリリィとそれに合わせてポーズを決める私とカメリアを映している。

 カメリアはまたもやダブルピースをしている。

 実は最初は彼女も無難なポーズ取っていたのだ。

 しかし、それを見たカメラマンが「あれ?ダブルピースしないんですか」と無情な発言をかました。

 なんでも彼女の赤面ダブルピースが結構評判だったらしく、テレビ局に頼まれて彼女は泣く泣くピースを決めていた。

 哀れなチームメイトに少しだけ、同情する。

 その他にも、観光客が撮ったらしき写真も紹介されていた。

 あの空を跳んでいた時の写真だ。

 スカートの中は…………うんギリギリ見えてない、よしとしよう。

 私は批評家のように訳知り顔で頷く。

 もちろんこの番組は録画している。

 これまでも魔法少女ミスティハイドランシアが出た番組は全て録画している。

 新聞も、全て切り抜いている。

 私自身が、ハイドランシアの大ファンでもあるのだ。

 魔法少女は、私の憧れだったから。

 憧れ、それが私の最初の願い、戦う理由。

 それを忘れたことはない。



 あの日、私を守ってくれた少女、私はそれを今でも覚えている。

 自分と同じくらいの背丈の小さな女の子。

 小学生の頃、深災に巻き込まれた私を助けてくれた魔法少女。

 あなたのように人々を守れる存在になりたい。

 そう言ったら彼女はきっとなれると私を応援してくれた。

 その日から魔法少女が、私の夢になった。

 私は来るかもわからないスカウトを待つほど辛抱強い子供じゃなかった。

 だから契約精霊にスカウトされるのを待つのではなく、直接押しかけた。

 自分を魔法少女にして欲しいと。

 蛇の姿をした契約精霊は私の申し出を断った。

 才能がないと。

 魔力が少な過ぎる、強い魔法少女にはなれないと言われてしまった。

 それでも、私は諦めなかった。

 虎型の精霊にはやんわり断られ、魔法騎士への道を勧められた。

 魔法騎士じゃダメだった、私は魔法少女になりたいのだ。

 彼女と同じ、存在に。

 私は契約精霊を探し回り、自分を魔法少女にしてくれと頼み込んだ。

 そして、断られ続けた。


「なぁ、お前何人の契約精霊に話しかけたのゼ?」


 犬型の契約精霊は私の話を聞いた後そう尋ねた。


「そんなの覚えてない、私を魔法少女にしてくれない奴なんて知らない」


 奴らは見る目がないのだ、私は憧れの彼女と肩を並べる存在になる女なのだ。

 私の憧れはとどまることを知らなかった。

 私のその答えを聞いて契約精霊は笑った。


「最強の魔法少女、俺は最も純粋な願いを抱いた少女こそがその座にふさわしいと思っているゼ」


 契約精霊が私の瞳を覗き込む。

 その精霊の目は、熱く燃えていた。


「お前の折れないその憧れこそ最強だゼ。お前、いい魔法少女になるゼ!」


 その日私は魔法少女になった。

 憧れは今も変わっていない。

 私の番組と一緒に、彼女の活躍も必ず録画するようにしている。

 魔法少女になってから、数度しか会えてない憧れの人。

 いつか彼女の隣で、そう考えていつも戦っている。


 魔法少女ピュアアコナイト、私の憧れ…………





―――――――――――――――――――――





紫陽花 Hydrangea

紫陽花の花言葉は移り気、浮気、無常。

ネガティブな花言葉が多いですがこれは紫陽花の花の色が時期によって変化することから付けられたと言われている。

またそんな花言葉とは裏腹に、青色の紫陽花には辛抱強い愛という花言葉もある。

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