陰キャ外に出ます

 柔らかくて繊細な手つきで頬を撫でられる。


「ごめんなさいね」


 ことが済むといつも彼女はそう言って私の涙を拭う。

 彼女の清潔なハンカチが私の涙で湿っていくのを私は黙って見つめるのが常だった。


「今日は少しやりすぎてしまったみたいね」


 傷ついた私の身体を彼女の腕が優しく撫で回す。

 その感触に鳥肌が立つ。


「私も……本当はこんなことしたいわけじゃないのよ」


 赤い紅で彩られた彼女の口が開き、言葉を発する。

 嘘つき。

 なぜそんなことを言うんだろう。

 どうせ微塵もそんなこと思っていないくせに。


「恵梨香さんは優しいのね」


 周りの取り巻きが彼女を褒めそやす。

 彼女たちは皆一様に優しそうな笑みを浮かべている。

 彼女たちの目には慈愛の色が浮かんでいる。

 慈愛、そして少しの嘲と優越感のブレンド。

 まるで出来の悪い子供を叱るような感覚で、彼女たちは私をいたぶる。

 それが正義だと思っているかのように。

 彼女たちにとって、私が悪で汚いもので、彼女たちが正義で尊いものなのだ。

 正義には、悪を罰する権利がある。

 だから私を傷つけるこの行為は暴力ではなく制裁なのだ。

 気持ちが悪い…………反吐が出る。

 まだ、悪人面してくれた方がよかった。

 自分の中で正義という言葉が腐敗していくのを感じる。

 本当に、本当に……吐き気がする…………





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ぉ……おおぅ」


 私は布団の中でスマートフォンを弄りながら思わず唸ってしまった。

 画面には黒い和服を纏った魔法少女の姿が写っている。

 ……言わずもがな私である。

 この間のニュースで取り上げられてしまったので嫌な予感がしてちょっと調べてみたのだが……

 私の予感は当たっていた。

 いくつかのサイトで私についてまとめられた記事が見つかった。

 まぁ、ニュースで触れられたような、当たり障りのない内容ならまだいい。

 中には私のファンサイトのようなものまで存在し、私の活躍ぶりを称えたりしていた。

 褒められるのは嬉しくはあるが、私の容姿や胸囲についての下衆なコメントなどは見ていてげんなりする。

 魔法少女というある意味アイドル化した存在の弊害の一端を垣間見た気分だった。

 個人情報が特定されていないのが幸いか。

 魔法少女のコスチュームには認識阻害の機能が備わっていて、変身前の人物を特定することはできないようになっている。

 例え私の両親であっても、この写真から私を連想することはできないはずだ。

 それができるのは、同格の存在である魔法少女だけだ。

 だから、私が一度だけ魔法少女になったことを知っているのは、私とホワイトリリィくらいだろう。

 もっとも世の中の魔法少女は自分の素性を明かしている場合も多い。

 深災が起これば出動しなければいけないため、隠していたっていずれバレてしまうからだ。

 学校は公欠扱いしてくれるらしいが、そう何度も深災が起こったタイミングで公欠すれば想像がつくというもの。

 彼女も、別に自分の正体を明かしたわけじゃなかった。

 でもクラスメイトの誰もが、彼女はあのピュアアコナイトなのだと勘付いていた。


…………嫌なことを思い出してしまったな。

忘れよう、忘れよう。

私は頭を振って思考を切り替えようとする。

ふと、窓に視線を写すと日に照らされたカーテンに人影が写っていた。


「………………」


 無言でカーテンを開けるとやはりそこには純白の魔法少女が浮かんでいた。

 彼女は目が合うとニッコリと微笑んだ。



……………………………



…………………



……



「おいしいねぇ!」


 私の目の前で魔法少女ホワイトリリィは美味しそうにケーキを頬張っていた。


「あ……ぅ、うん」


 私も、目の前に置かれたケーキをつつく。

 彼女の白いイメージカラーにぴったりなホワイトチョコでコーティングされた可愛らしいケーキだった。

 ここでショートケーキを持ってこないあたりこだわりを感じる。

 甘いものは好きだ。

 女性の身体になってから特に甘味を好むようになった気がする。

 なので、この手土産は素直に嬉しいんだけど、どういう風の吹き回しだろう。

 ケーキを頬張りながらリリィの話に耳を傾ける。

 てっきり、今日も魔法少女への勧誘が始まると思ったのだが、家に上がり込んでから彼女とそのパートナーは一度も魔法少女の話題を出していない。

 先程からどうでもいい世間話をしているだけだ。

 まぁ、世間話といっても、私は緊張してまともに喋れずに全自動相槌マシーンと化しているので、魔法少女とその相棒の会話を聞いているだけなのだが。

 なんで今日は勧誘してこないのだろう?

 なにしに来たんだこの子?


「あのね、この前のことシアちゃんに話したら怒られちゃって」


「あ、うん」


 シアちゃん?誰のことだろう?

 私の困惑顔を気にせず彼女は話を続ける。


「家に上がるならせめて手土産くらい持っていきなさーいって」


「確かにリリィはそういう配慮が欠けているユ」


 それで今日はケーキを持参してきていたのか……

 別にそこは気を使わなくて大丈夫なんだけどね。

 問題なのは手土産なんかではなくその図々しさだと思うんだけど。


「それで今日はあたし一人だけどね、今度はシアちゃんも連れて来ようかと思って!」


 ううん……ここに連れてくるってことは魔法少女の関係者なのかな。

 と言うかまた今度もここに来るつもりなのか。


「ぁ……の、私かけらを返したい……のだけど」


 彼女には悪いけど私は魔法少女なんてするつもりはない。

 私の中にあるかけらを返したいんだ。

 そうしてただの少女に戻りたい。


「っあ……うん、そっかぁ。でも私はカメリアちゃんに魔法少女になって欲しいな!」


 う、う〜ん。

 取り付く島もないよこの子。

 私は引き攣った笑みを彼女に返した。

 なんかこの少女の私を見る目はキラキラしていてどうにも落ち着かない。


「でもパプラがカメリアちゃんをいきなり魔法少女にするのは難しいって」


 彼女は膝の上に座らせたユニコーンをつんつん突いた。

 小さなユニコーンは煩わしそうに身動ぎする。


「だから、まず簡単なことから初めようよ」


「ぁ、簡単……なこと?」


 少女は自分の胸に手を当てる。

 白い光が魔法少女を包み込み、花弁となり霧散する。

 純白の魔法少女が座っていた場所にはボーイッシュな服に身を包んだ少女が座っていた。


「ぅぇ!?」


 変身を解いた?なんで??


「布団に籠もってないで、まずは外に出ないと。あたしとお出かけしましょう!」


 少女が私へ手を差し伸べる。

 えぇ……外出るの?嫌なんだけど。

 私が後退りすると、少女は無理やり手を掴み、私を立ち上がらせた。


「さぁ!行きましょう!」


 い、いやじゃああああああぁぁ……

 私は引きずられるようにして外に連れ出された。



……………………………



…………………



……



「ぁ、ぁつい……」


 私はリリィに引かれて外を歩く。

 陰キャに外は辛い、陰キャは影の生き物なので太陽の光が弱点なんだよ。

 日傘を持ってくればよかった。

 そんなことを思いながら、隣を歩くリリィを見やる。

 彼女は暑さなど感じていないかのように元気一杯だ。


「そういえば、この姿での自己紹介ってまだだったよね。あたし神崎美佳!元気いっぱい小学五年生!!」


「ぁ、うえ?うん。よろしく……神崎さん」


 年下かよぉ!!??

 いや、発育が、発育がすごくないですか最近の小学生!

 私より背が高いし、あの…………お胸も大きな気が……

 自分の貧相な身体を見下ろす。

 ……なんか私がチンチクリンなだけな気がしてきた。

 だいたい魔法少女って、そもそも“少女”だし、中学2年生で初変身した私って結構遅れているのでは?

 そのうちすぐに少女とは言えない年齢になってしまうぞ。

 うん、魔法少女になりたくない理由がひとつ増えたね。


「……ぁ、出雲日向です……ぅ」


 自分の名前を告げる。

 私が中学2年生だという残念な事実は絶対言わない。

 すでに情けない姿を多く晒しているのに、さらに年上だったという失望をされたくはなかった。

 なんか年下だと思われてそうだし。

 年下の女の子に手を引かれ、死んだ目をしながら引きずられる私……人生どこで選択肢を間違えたのだろう。

 そうやってドナドナしながら私は公園まで連れて行かれた。


「はい、ちょっと待っててね!飲み物買ってくるよ」


 神崎さんは私を椅子に座らせるとすぐにどこかへ行ってしまった。

 飲み物って……私手ぶら、お金ないよ?

 あ、奢ってくれるのかな?

 小学生におごられる、年上人生二周目の女……うごご……

 パプラから哀れむような視線を感じる。

 おい、止めろ、お前に哀れまれる筋合いはない。


「こんにちは」


「っんぶ!ぴぇう??」


 いきなり声をかけられて私はすっとんきょうな声を出してしまった。

 顔を上げるとご年配の女性が杖をつきながら散歩をしていた。


「ぁ、こ、こんにちは?」


 散歩中に声をかけただけだったのか、女性はニコニコ笑うとそのまま歩いて行ってしまった。


「……?」


 なんだったんだ?

 陽キャか?コミュ強か?

 私が目を白黒させてると神崎さんが戻ってきた。


「つめたーい飲み物だよ!どっちがいい?」


 彼女が缶ジュースを差し出す。

 オレンジジュースといちごオレ。

 うーん、甘い。

 こういうチョイスは小学生っぽいなぁ。

 さっきケーキも食べたんだし、私としては無難にお茶がいいよ。


「あ、ありがとう」


 とはいえ買ってもらった身なので文句は言わず飲み物を手に取る。

 選んだのはいちごオレ。

 私がいちごオレを好きという訳ではなく神崎さんが性格的にオレンジジュース好きそう、と思ってのチョイス。

 それが合っていたかは分からないけど、彼女は私の隣に座ると美味しそうにジュースを飲み始めた。

 私も、いちごオレに口をつける。

 甘ったるいけど、冷たくて火照った身体には心地よい。


「ねぇ、気がついた」


「ん?」


 何が?

 私は彼女の言葉に首を傾げる。

 彼女は穏やかな目で公園の景色を眺めている。

 私も釣られて公園を見る。

 子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 ……それと先程私に挨拶してきた女性みたいな年配の方がちらほらいるな。

 この公園は緑も多いし、散歩にはちょうどいいのかもしれない。


「ここ病院と近いから、よく散歩に利用されてるの」


「え……」


 確かに、よく見ると車椅子に乗った人の姿もあった。

 先程挨拶してくれた年配の女性も、杖をついていたし、もしかしたら……


「日向ちゃんが助けた人たちだよ」


 彼女の一言に私は固まる。

 この公園の近くにある病院、それはあの日私がいた病院だった。

 もし、あの日深災が病院を飲み込んでいればこんな風に公園を散歩する患者の姿を見ることは出来なかっただろう。

 でも……


「ゎ、私が助けなくても……別の魔法少女が助けてたよ」


 私が動かなくても、事態は収束していたはずだ。

 結果的に私が助けた形になっただけだ。

 むしろ私みたいな部外者がしゃしゃり出て、現場に駆けつけていた魔法少女や魔法騎士はさぞ迷惑したことだろう。

 その場で流されて魔法少女になった私に救った命を誇る資格はない。


「違うよ。あなたが戦ってくれなかったらあたしは負けてたかもしれない。病院の人々もあたしも、日向ちゃんに助けられた。あなたの優しさに!」


 それこそ違う。

 私は優しくなんてない。

 あの時助けたのは助けを求める神崎さんに、かつての私を重ねてしまったからに過ぎない。

 昔を思い出して気分が悪かったから。

 あの時私が助けようとしたのはあなたじゃない、助けたかったのは過去の私だ。

 私は首を振る。

 違う、私は違うのだ。


「なんでそんなに自分を否定するの?日向ちゃんが優しいことくらい、見てれば分かるのに……」


 気遣わしげな神崎さんの視線を感じる。

 でも、私は俯いて頑なに目を合わせようとはしなかった。


「私は正義の味方に、相応しくない……」


 正義が嫌いだ、正義の皮を被った悪意を私はたくさん見てきた。

 私はただ、それを受け止めた。

 黙って俯いて……自分に向けられた悪意、暴力に反抗することもせずにただ震えていた。

 不条理を正そうともしなかった。

 自分も救えない女が、誰かを救えるのか?

 無理だ。

 布団に篭っているのが私にはお似合いだ。


「違う!!」


 神崎さんが声を荒げる。

 私はその声量にビクリと震えた。

 こんなに力強い否定が来るとは思ってもいなかった。


「あの日あなたは逃げようと思えば逃げられたはず。でもあなたは深獣に追われていた。深獣を病院から引き離すために囮になっていたんでしょ?あなたがいなければ深獣は病院に侵入していたかもしれない!日向ちゃんは誰よりも人のために動いていた」


 その言葉に息が詰まる。

 反論したかった。

 でも出来なかった。

 あの日、私が深獣の前に身を晒したのは、確かに守りたい人がいたからだった。


「ねぇ、どうして?日向ちゃんは人を思う優しさがある。救える人がいるのに何もしなかったら、あなたはきっと後悔する。自分を許せなくなってしまう。それが分かっているのに、どうして日向ちゃんは否定するの?何があなたを止めるの?あなたを苦しめているのは何?」


 息が苦しい。

 頬を何かが伝う。

 それが汗なのか、涙なのか私にはわからなかった。


「ぁ、ゎ…………私、は……」


 真実が、私の喉元まで出掛かっていた。

 正義への失望、無力感、ドロドロとした感情が渦巻き、酷く気分が悪かった。

 このどうしようもない感情を吐き出してしまいたかった。



 だが、唐突に電子音が鳴り響き私は口を閉ざした。



 音は神崎さんの首から下げられたデバイスから発せられていた。


「深災だユ……リリィ」


 私たちの成り行きを見守っていた小さなユニコーンが気まずそうに神崎さんに告げる。

 深災だ、きっと目の前の少女は深災から人々を守るため、行くのだろう。

 真っ当な正義のヒロインとして……


「行かないよ、あたしは」


 神崎さんは静かにそう告げた。


「リリィ!?」


 パプラが驚いたように声を上げる。

 私も、思わず顔を上げてしまった。


「何よ、1人じゃ深獣に勝てないっていつも言ってくるくせに」


 神崎さんは恨めしそうにパプラの頭を掴んで振り回す。

 あの、痛そうなのでやめてあげて……


「あたしは1人じゃ行かない!ホワイトリリィはブラッディカメリアと一緒に行くの!!」


 神崎さんの瞳が真っ直ぐ私へと向けられる。

 咄嗟に目を逸らそうとした私の顔を、神崎さんがむんずと掴む。


「ひ、ひぇっ」


 逃げようとする私を彼女は掴んで離さない。


「日向ちゃんを苦しめている物が何か、あたしは知らない。でもそんなふうに俯いて逃げていたって何も変わらないよ。向き合わないと。怖いなら、あたしが隣にいる。変わろうよ」


 分かっている、このまま布団に篭っているだけじゃ、永遠に負け犬だって。

 誰も救えないって。

 でも、布団から出てどうすればいい?何に変わるの?

 分からない。

 昔のように、将来に希望を抱くことは出来なかった。

 夢はとっくの昔に潰えていた。

 羽はとっくの昔にむしり取られた。

 私は蝶にはなれない。


「変わって……どうするの?向き合ったって、前には何も無い……夢も希望もない……私は何になればいい?」


 答えてほしい、魔法少女ホワイトリリィ。

 人々の希望であるあなたに。

 私をどん底まで落とした魔法少女という存在であるあなたは、私に何を望むの?

 私の問いに、彼女は私を掴んでいた手を離す。

 彼女の黒い瞳を覗き込む。

 初めて、彼女と目を合わせた気がした。


「あたしと友達になってよ」


 彼女はあっけらかんとそう告げた。

 そうして、私へと手を差し出す。

 私は呆然とその手を見つめた。

 もし、彼女が私に魔法少女になることを、一緒に戦うことを望んだら、私は拒絶していただろう。

 でも彼女はそれを求めなかった。

 だから、私はその手を取った。

 まるで花が開いたみたいに、彼女が微笑む。


「行こう、カメリア」


 彼女が私の手を引く。

 私はそれを拒絶しなかった。

 彼女が魔法少女であることよりも、私と友達であることを望んでくれたから。

 例えこの先私が怖くなって逃げ出してしまっても、彼女はこの手を離さないでいてくれると信じれたから。

 結局、私はこれ以上誰かに失望されるのが怖かっただけなんだ……





―――――――――――――――――――――





 机に置いたデバイスが電子音を奏でる。


「……?」


 それは、魔法少女をサポートする補助アイテム、深災を感知し私たちへと知らせてくれるものだった。

 だが、探知機能は今オフにしているはずだった。

 ということは、通話機能だろうか?

 デバイスに手をかざすと、見知った顔が浮かび上がった。

 チームメイトのホワイトリリィだ。

 思わず、ため息を吐きたくなる。

 今私たちのチームは彼女、ホワイトリリィと私しかいない。

 少し前に、私の妹でチームメイトだった魔法少女コットンキャンディーが他のチームへ移籍してしまったからだ。

 それ自体は別にいい、妹の出世は喜ぶべきだし、血のつながった姉妹がチームメイトだと何かと気苦労が多かったから。

 問題は私とリリィだけではチームとして成立しないことだ。

 私もリリィも近接戦闘を主体とした魔法少女だ。

 私たちのチームの戦闘は私とリリィが前線で敵を引きつけ、遠距離から妹が狙撃するというスタイルだった。

 だが、妹が抜けたことでその戦法は取れなくなった。

 私とリリィ二人では決め手に欠ける。

 チームとしては不完全だ。

 だから新しいチームメイトが見つかるまで一旦魔法少女の活動はお休みしようという話になったのだ。

 私も中学二年生、目前に迫りつつある高校受験に向けて勉強も頑張らなければいけない。

 だからこのタイミングでのお休みは大歓迎だった。

 なのにリリィときたら、一旦お休みと言ってるのにも関わらず一人で勝手に戦ってる。

 襲われてる人を見捨てられない!とあの子は言う。

 逃げない魔法少女があの子の願いなのだから、理解できないこともないのだけど……

 そのたびに救援に駆けつける私の苦労も少しは考えて欲しい。

 とはいえ無視すれば、正義感一杯のあの娘は死にかねない訳だから無視もできない。

 もう一度ため息をついて、デバイスを手に取る。


「シアちゃん、深災が来たよ!チィームリリィ!出動!!」


 その途端大音量が響き渡り、私はデバイスを耳から遠ざける。

 やっぱりこの娘は今日も一人で戦おうとしている。

 いや、事前に連絡をくれるだけ成長しているか。

 いつもはパプラからSOSの連絡がくるくらいだし。


「何その顔、今日は一人じゃないよ」


 む?

 心外だとばかりに彼女から反論が来た。

 ついにあの猪娘も他の魔法少女と連携を取るということを覚えたのか。

 でも、私たちに協力してくれる魔法少女なんていたっけ?


「あら、誰が協力してくれるの」


「カメリアちゃんだよ!!」


 う……ん?

 カメリア?カメリアってたしか前に話してくれた新人の子だっけ。

 パプラから説得は難しそうって、聞いていたのだけど。

 もう説得できたのだろうか。


「ねぇ、それ本当にちゃんと納得してくれたの?」


 この娘のことだから無理やり引きずっている可能性も十分あり得る。

 優しい子ではあるのだけど、結構強引なところもあるのだ。


「カメリアちゃんは私と友達!だから問題ないよね」


「う、うん……うーん?」


 果たして本当に問題はないのだろうか。

 でも電話の向こうから微かに聞こえてくる恥ずかしそうな笑い声を踏まえると、深く考えなくてもいいのかもしれない。

 きっと、カメリアという娘もこの太陽のような人柄に絆されてしまったのだろう。

 開いていた参考書を閉じる。


「それじゃぁ、お休みはもう終わりってことね」


 微かに胸が高鳴るのを感じる。

 高校受験に向けて勉強しなければいけない、そんなことは自分のために用意した言い訳に過ぎない。

 私はずっと魔法少女に戻りたかった。

 だってそれは私の憧れだったから。


「うん!チームリリィ再始動だよ!!」





―――――――――――――――――――――





「先日、東雲市にて深災が発生しました。深淵は魔法少女の迅速な対応によって鎮圧。怪我人は出ませんでした」


 朝のニュース番組でアナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。

 テレビの横に置かれた金魚鉢の中で金魚が泳ぎ、光が揺らめく。


「深災に対応したのはチームリリィですね」


 モニターが切り替わり三人の魔法少女が映し出される。


「あ、この間の新人ちゃんホワイトリリィのチームに入ったんですね」


 女性コメンテーターが三人のうち一人に反応して声を上げる。


「ああ、魔法少女ブラッディカメリアですね」


 モニターの魔法少女三人のうち黒い魔法少女が拡大され、その少女の魔法少女名が表示される。

 その和装少女は戦いに慣れていないのかその表情に余裕はない。

 その大きな瞳には涙すら浮かんでいた。


「僕ね、もう彼女のファンになっちゃった。見た感じかなり強いよね」


 年配のコメンテーターも嬉しそうに話題に加わる。


「初々しい感じがいいですよね、ほら見てください」


 モニターでは深災を鎮圧した魔法少女たちにカメラが突撃している。

 チームリリィの二人が決めポーズをとる中ブラッディカメリアがオロオロと視線を彷徨わせる様子が映し出されていた。

 二人が報道陣にポーズを取っていることを気がついた彼女はあわあわと狼惑し、最終的に突っ立ったままダブルピースをしていた。

 その顔は見事に真っ赤だ。

 どうしようもない痴態がテレビで放映されていた。


「ぴぎぇぇえええぅうぎぐがぎゃあぁぁああぁあああ!!」


 私は人とは思えぬ奇声を発し、手に持っていたリモコンをテレビに投げつけた。

 あまりの恥ずかしさに布団の上を鯉のように跳ね、のたうちまわる。

 そのあまりの騒々しさに金魚が何事かと狭い金魚鉢の中を逃げ惑う。

 どうしてこうなった!?どうしてこうなった???

 なんで手を取っちゃったし!あの時の私。

 こうなることは想像できたはずじゃん。

 なんということでしょう、私の黒歴史に新たな一ページが加えられました。


 もう、魔法少女なんてしない、やらないもん!

 陰キャに魔法少女は厳しいですぅぅぅ!!!

 私の叫び声が虚しく響きわたった。





―――――――――――――――――――――





百合 Lily

百合の花言葉は純粋、無垢。

白い百合には純潔や威厳といった花言葉もある。

また、女性の同性愛やそのジャンルを指す言葉として百合が使われることがある。

これは雑誌「薔薇族」にて、女性同士の恋愛を百合の花に例えたことが由来とされている。

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