12_灰は灰に

「ええい!! 忌々しい! 記憶のかく乱はまだか!!」


 グレーの髪をオールバックに撫でつけて、高価そうなスーツをきっちりと着込んだ男が不満を隠すことなく怒鳴りつける。


「しょ、所長、もう既にやっております。しかし、記憶が深く刻み込まれているせいか……」


 一人の研究員が委縮しながら応える。


「言い訳はいらん!! 野垂れ死んだと思っていたサンプルM が見つかったのだ!サンプルY はどうなっても構わん!! なんとしても生け捕りにしろ!!」


「お、恐れながら……」


 別の研究員が震わせながら声を上げると、所長がぎろりと睨みつける。


「ひぃっ」


 研究員は情けなく息を呑むが、意を決したように口を開く。


「サ、サンプルY はサンプルM にウイルスを仕込まれたらしく、こちらのコマンドを受け付けません……」


「他の実験体によるバックアップは!?」


「つ、通信によるラグのためか、後手に回っており……」


「ええい!!」


 芳しくない報告ばかり飛んできて、所長が机をドンと叩く。それに怯えて、研究員たちがさらに縮こまってしまう。


『マユ。ごめん。ごめん、俺……!』


『何も言わないで。大丈夫。もう大丈夫だから』


『大丈夫。悪夢はもうおしまい。これからはもう幸せなことしか起こらないよ』


 サンプルY から送られてくる視覚画像にはサンプルM の慈愛に満ちた微笑みが映る。

 それがより一層所長を苛立たせる。


「くそ!! 無能どもめ!! サンプルYのコントロールは!!」


「だ、駄目です。管理者権限がほとんど奪われてしまいました」


「くそ!! くそが!!」


 何も思い通りに進まず、所長がまたしても机に当たり散らす。


「もういい! サンプルY に自爆コードを送れ」


「は、はい。本当によろしいので……」


「くどい!! ここで逃がすくらいなら消し飛ばした方がましだ!!」


「しょ、承知しました。……サンプルY にアッシュトゥアッシュを送りました。起爆は3秒後です」


『……!! だめだ、マユ!! 離れろ!!』


『!?』


 サンプルM を押しのけようとするサンプルY の手が映るが、間に合わない。

 サンプルM の驚いた顔が映った直後に爆音が一瞬流れ、通信が途絶える。


「ふん。惜しいことをした。だが、あのプロトタイプに頼らずとも、今では成功体が大量にある」


 つまらなそうに所長が呟く。だが、次の瞬間には気色の悪い笑みがその顔を彩る。


「しかし、サンプルM の呆気にとられる顔と、サンプルY の切羽詰まった声は傑作だったな。あいつらには手を焼かされたが、少しは胸がすく思いだ。はっはっは!!」

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