11_夢の終わり

 ほんの一瞬。だけど、確実に祐樹は正気に戻った。その事実に勇気づけられる。


「はっ」


 祐樹の突進を避けて左手をみぞおちに叩きこむ。祐樹の勢いに体を持っていかれそうになるが、くるりと回転していなす。


「マ、ユ……」


 祐樹が苦しそうに息を詰まらせながら私を呼ぶ。


「祐樹!」


「お願いだ……。殺してくれ」


 私に向き直った祐樹が拳を振り下ろす。その表情は苦々しい。


「大丈夫!見捨てたりなんてしない!」


 私がつきっきりで見ていないので効率は悪いだろうが、祐樹と直結した時に流し込んだ管理者コード解除プログラムは動いたままだ。

 それの影響からか、祐樹は着実に正気に戻りだしている。


「マユを手に掛けたりなんてしたくない。頼む。俺が俺で居られるうちに」


「駄目!!」


 絞り出すような祐樹の言葉を妨げる。言葉には力がある。それを口にしてしまえば精神にまで影響して、弱気になってしまう。

 祐樹には強く意識を保ってもらわなければならない。


「私はあの時とは違う!パパと祐樹を助けられなかったあの日から、ずっと考えてきた。どうしたらよかったのかって。何が足りなかったのかって。だから体を鍛えた。そして誓った!もう絶対に諦めたりなんてしない!!」


 両手を組み合わせて振り下ろす祐樹の動きにあわせてステップして背後に回る。

 攻撃の余波でひしゃげたベッドやサイドテーブルの残骸が散乱しているが、廊下と比べれば足場は広い。

 これだけ広ければ、祐樹の動きに十分対応できる。


「頼む。頼むから!もう嫌だ!こんなことしたくないのに、体が勝手に動くんだ!!マユを傷つけるくらいなら死んだ方がましだ!!」


「絶対に死なせない!!」


 祐樹は自分の意思を取り戻し始めている。管理者コードで自分の意思とは裏腹な行動をしてしまう苦しみはよくわかる。

 だが、ここで言うことを聞く訳にはいかない。

 もう少しだ。もう少し時間を稼げば、きっと管理者コードが破れる。


「我慢して!私はこの程度でやられたりしない!!信じて!!」


「っ!」


 祐樹が泣きそうな表情で歯を食いしばる。

 相変わらず状況は悪いままだ。

 足場が良くなって、時間と共にジャマ―の影響から回復しつつはある。しかし、主だった機能はほぼ使えないし、祐樹の攻撃を一発でもくらえば終わってしまうことは変わらない。

 そんな状況だというのに、暗い未来は全然見えなくて、どんどん力が湧いてくる。


「そこっ!!」


 拳を振りかぶる祐樹目掛けて拳銃の引き金を引く。

 だが、その寸前に祐樹がサイドステップで避ける。しかし、片足で無理やり跳んだせいで祐樹がよろめく。


 今だ!!


 拳銃を落としてナイフを引き抜く。


「はあっ!!」


 飛び掛かろうとする私の姿を認めて、祐樹が左手で床を殴りつけて、その反動で回転する。

 裏拳が私に襲い掛かるが、一呼吸分だけ体を遅らせることで拳を透かす。


「っ!」


 歯を食いしばって、覚悟を決めたような祐樹と目が合う。その視線に力強く頷いて、床にめり込んだ祐樹の手にナイフを突き立てる。

 硬質な音が響き渡って、ナイフを握った手が痺れる。

 祐樹の手は義手。手袋を突き破って、金属の骨格に当たったところでナイフは止まってしまう。

 だが、それでいい。

 このナイフには通信機が仕込んである。

 祐樹の義手経由で、祐樹に埋め込まれたコンピュータにアクセスする。管理者コードの解除はもうほとんど終わっていた。最後の一押しを私の手で行って、管理者権限を私に移譲させる。


「マユ。ごめん。ごめん、俺……!」


「何も言わないで。大丈夫。もう大丈夫だから」


 子供みたいに泣きじゃくる祐樹の頭を抱きかかえる。祐樹の涙が、熱がじんわりとしみこんできて、胸があったかくなる。


「大丈夫。悪夢はもうおしまい。これからはもう幸せなことしか起こらないよ」

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