10_こんなに大好きだから

「っ!?祐、樹……!」


 祐樹が私に回していた腕にものすごい力を入れてくる。

 これはやばい。

 背骨がメキメキいっているし、首も折れてしまいそうだ。


 祐樹の腕の中で死ぬのならそれもいいかもしれない。


 そんな考えが一瞬よぎるが、即座に排除する。目の前に祐樹が居るのに諦めるなんて、あり得ない。何もしないまま流されるのは、もうごめんだ。


「ごめんね」


 あの時なにもできなくて。今も諦めようとしてしまって。……これからあなたを傷つけてしまって。

 そっと呟いてコードを実行する。


『カウンターECM』


 これはサイボーグにクラッキングされた時用に作っておいたコードだ。

 信号を大量に送り込んで、それを全ての機器にブロードキャストさせることで電脳を麻痺させる。


「っ……!」


 当然ブロードキャストさせると自分にも返ってくる。

 自分用にプロテクトを設けることもできるが、敢えて掛けないことで防御を不能にしている。

 覚悟はしていたが、やはりきつい。

 エラーメッセージが大量に流れ、あまりに大きな情報量に視界が明滅して、激しい頭痛に晒される。


「ぐああああ!!」


 だが、その甲斐もあって、祐樹は悲痛な声を上げて悶え、腕に込められた力が弱くなる。

 祐樹の苦しみに心が痛むが、祐樹の拘束が少し緩んだすきを見逃すわけにはいかない。


「やあああああ!!!」


 自分の叫び声を拠り所に意識を集中させて、祐樹のあごに掌底を叩き込む。


「うっ……」


 祐樹が呻いて仰け反る。それと同時に祐樹の腕から完全に力が抜けた。

 自由になったところで、掌底の反動で地面に押し付けられた勢いをばねのようにして反転させ、そのまま後ろへ飛び退る。


「祐樹……どうして」


 ひとまずの危機が去ったところで、キューの後ろ側に積みなおされた疑問が戻ってくる。


 裏切り者。


 祐樹は私のことをそう言った。

 しかし、祐樹は8年前の脱出の間際に私の幸せを願ったことも覚えていた。心優しい祐樹が私に危害を加えようとするはずが無い。


「どうして?どうしてかだって?」


 ジャマーの影響で祐樹がふらつきながらも立ち上がる。右ひざに矢が刺さったままなので、それも相まって動きはぎこちなくて、申し訳ない気分になる。


「そんなの決まってるじゃないか!マユのことが大好きでたまらないからだよ!!」


 狂気すら感じるような、満面の笑みを浮かべて祐樹が突進してくる。


 速い……!


 私が仕掛けたジャマ―のせいで、私自身も体術の補助機能を使うことができない。


「くっ!」


 矢のように突っ込んでくる祐樹を紙一重で避ける。

 鼻先を掠める風切り音に、戦慄する。


 なんだ!今の速さは!?


 人間の出せる速さじゃない。

 飛ばしている車が横を通ったのと同じような感覚がした。

 躱せたのは、祐樹の動きが直線的で読みやすかったから。片方の足を奪っておいたおかげだ。


「なんなの!この速さは!?」


「ははは。凄いだろう。これもマユのおかげだよ」


 祐樹がこちらに背を向けたまま、右ひざ裏に突き刺さっている矢を引き抜く。


 金属がこすれるような不協和音の後にズボンの下に現れたのは、無骨な金属部品。


「義足!?」


「そうだよ」


 祐樹が振り向きざまに矢を投げつけてくる。


「なっ!?」


 それを躱したところで視線を戻すと、一瞬目を逸らしただけで祐樹が目の前に迫ってきていた。


「俺たちは組織にとって重要なサンプル。数多の失敗の上に築かれた集大成」


 祐樹が機械音声のような平坦な口調で言葉を紡ぎながら拳を振るってくる。

 モーター音と共に耳の横をよぎる拳は、コンクリートの壁にめり込む。


「だから、俺たちの自爆コードには制限がつけられていた」


 制限とは何か。それも気になるが、余裕がない。拳の一振り一振りに死を感じる。

 必死に飛び退って距離を取ろうとするが、狭い廊下では祐樹にすぐ追いつかれてしまう。祐樹は直線的な動きしかしてこないが、廊下という地形がそのデメリットを打ち消している。


「コードの起動が自分で行われた場合は、四肢につけられた爆弾だけが起動されるようにね」


「そんな!?」


 祐樹の言葉に、組織は私たちのことを実験体としか見ていなかったのだという事実を改めて突きつけられて、組織への怒りがぐつぐつと噴き出してくる。


「マユのおかげで俺は強靭な肉体を手に入れた。素晴らしいだろう!この力は!!」


「祐樹……ごめん!」


 前にステップして、振りぬかれる祐樹の拳とすれ違うようにして攻撃を避ける。

 自分が前に出ることで相対速度を増した拳にさらに肝を冷やすが、それを押し込めて拳銃を引き抜く。


「マユ、謝らなくていいんだよ」


 振り向きざまに引き金を引くが、祐樹もすでにこちらに向き直っており、クロスした両腕で銃弾が弾かれる。


「祐樹!どうして!どうしてこうなっちゃったの!?」


 腕をクロスしたまま弾丸のように突っ込んでくる祐樹を、倒れこむようにして避ける。


「くっ」


 勢いを殺しきれなくて、壁に肩を打ち付けてしまう。痛みに悶えながらも、立ち上がろうと手を伸ばすと、その先にあったのはドア。このまま廊下でやりあっていてもじり貧だ。そう考えて、病室になだれ込む。


「……さっき言ったじゃないか」


 病室に入ってきた祐樹が一瞬泣きそうな顔をして言いよどむが、私の姿を見つけると、すぐに笑顔に戻る。


「マユが好きで好きでたまらないからだよ!だから、俺の手で始末するんだ!」


 祐樹の一瞬の躊躇いと、支離滅裂な言動を聞いて確信する。


 管理者コードだ。


 私が幸福であるよう強制されているように、祐樹もまたコードに縛られているのだ。

 その内容は恐らく、組織に対して忠誠を尽くすだとか、そんな感じだろう。


「祐樹。もう大丈夫だよ」


 改めて覚悟する。


「もう一人で苦しまなくていい。パパとあなたがくれた自由。それはきっと、祐樹を助けるために必要だった準備期間」


 祐樹に締め上げられたり、壁にぶつかったりしたせいで体中が痛いし、極限状態で動き回ったせいで疲弊している。まさしく満身創痍だ。

 それなのに、どんどん力が湧いてくる。今だったらなんでもできるような、無敵感が体を支配する。


「私の幸せはあなたが隣に居ること。そして、あなたを幸せにすること。ただ与えられるだけじゃ、もう満足できない!絶対に救ってみせる!!」


「マユ、ごめんな」


 柔らかくてあったかい、安心する声。ハッとして祐樹の顔をみると、そこにあったのは、呆れるようなはにかみ。

 だが、寂し気に眉を下げると、また貼り付けたような笑いに戻る。


「大好きだよ。だから死んでくれ」

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