第6話

 夜という時間には、困ったものだ。

 普段、几帳面に折りたたんで、心の奥底にしまい込んだものを表層まで押し上げ、せっかくの折り目を広げてしまう。


 涙の川の魚は、思い出の湖まで押し流され、泳ぐことを忘れる。

 酒が飲めれば、酔いたい夜だ。


 静か過ぎる雪の夜は、時間も静かに降り積もる。


 物理学者の思惑に関係なく、時は存在する。

 朝はやって来るのだから。

 時間は、僕の中に確かな痕跡を残す。

 睡眠不足だ。

 欠伸が、僕の中で時間の存在する根拠だ。


 冬の弱い陽射しと無風。

 ベストコンディションのゲレンデには、スキーヤーの姿が、昨日よりも少なく、リフトの待ち時間は無い。

 この楽しい雪遊びは、このまま衰退していくのだろうか?


 ゲレンデは、非日常空間だ。

 ここには、剣も魔法もゴブリンも魔王もドラゴンもいない。

 しかし、ここは異世界だ。

 理不尽な戦いに引き込まれることもない、

 美しい白銀と静寂の国。

 存在する理不尽は、日常空間に帰らなけばいけないということ。

 日常は、無敗の魔王だ。

 

 足慣らしが終わった頃、僕の座ったリフトにその少女は、滑り込んできた。

 前後のリフトは、空だ。

 何故わざわざこのリフトに、怪訝な表情がサングラス越しにでも伝わったのか?


「あなたが、ダウンジャケットのお客さんね」


 サングラスを外したその少女の笑顔には、どこか見覚えがある気がした。


 


 

 

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