無自覚な罪


 ……どうやら、ソフィーは父とは違う考えの持ち主らしい。

 シャルはソフィーの腹の中をなんとか探れないかとも思うが、ソフィーの話は続く。


「とにかく、偽金貨を見分ける方法が広まれば、偽金貨製造のデメリットは跳ね上がる。いずれ王都の、国王の耳にも届くでしょう。……それで強制捜査、となる前に、父には自首を勧めておきたい」



「……そんな、いつになるかもわからない話を……」

「でも、ここには国王の使いの人も来ている。……ただでさえセーヨンは、2つの家が並び立つ街として王家からは警戒されているはず。お父様だって、いつかは、と思っていたのでは?」



 ……話を振られたエリストールは、沈黙のままだ。


「そうじゃなかったら、もっと実力行使に出るはずですもの。例えば……モートン男爵家のあらぬ噂を流したりとか、偽金貨製造そのものの罪をなすりつけようとしたりとか。それが難しいようなら……ペリランド商会に闇討ちを仕掛けて、シャルさんを強引にでもさらってくるとか……」


 ソフィーの口から物騒な言葉が出てきて、シャルは一瞬恐怖を覚える。

 でも考えてみれば、街で一番偉い、といっていいエリストールなら、権力を振りかざして保身することもできなくはなかったはずだ。


 

 それをしなかったのは……

 

「でもそうしなかったのは、お父様にも罪悪感があったということです。『もうやらなくても十分なほどの資金はできたが、偽物作りをやめるとまたもとに戻ってしまう』……以前そんなことを、お父様はつぶやいていました」

「ソフィー……聞いていたのか」


「はい。――ベース法を広げられると困るので、金の力でシャルさんを買収しようとする。でも駄目だったので、シャルさん、すなわちペリランド商会の後ろ盾となる男爵家に近づいてなんとか操ろうとする、それがお父様にできる精一杯だったのです」



 シャルをなんとかするために、伯爵様は男爵家に近づいた。

 ……えっ、じゃあユリウス様とソフィー様との婚約の目的は……



「シャルさん、あなたは罪な女ね。あなたのベース法のお陰で、この婚約は生まれた……とまでは言わないけど、間違いなく一因にはなった」



 ……その途端、シャルの全身から力が抜け、その場に両膝をつく。


 ……わたしは、とんでもないことをやってしまったのだ。

 ベース法を広めたい、その一心がこんなことにまで波及するとは。


 つまりユリウス様は、わたしのせいで……?




 ***




 ……それから少しの間のことを、シャルは詳しく覚えていない。


 この婚約そのものが、シャルを何とかして操りたかった伯爵の意向があり、その理由は偽金貨製造の邪魔になるかもしれないから……そのソフィーの主張は、人々に驚きを持って、でもどこか納得感を持って受け入れられた。


 多分それは、ソフィーの語りがあまりにも説得力があったから、なんじゃないかとシャルは思っている。

 滑らかな話しぶりに加え、つい聞き入ってしまう。内容もわかりやすい。


 

 ……カリスマ、という言葉がこの世界にあったなら。

 きっとソフィーは、確実にそれを持ち、そう呼ばれる人なんだろう。

 まだ14歳だけども。



 そして人々がだんだんとソフィーの肩を持ち始めたことにより、最初は渋っていたエリストールも、ついに貨幣製造所の調査を承諾した。

 もしソフィーの証言が本当ならば、それは実質的な自白となる。


 ……でも、これで偽金貨製造が明るみになれば、エリストールへの重罪は免れないだろう。

 伯爵家はどうなるのか。最悪の場合、お取り潰しか。


 ……その場合、セーヨンはどうなるのだ?

 ペリランド商会は?


 ……ベース法は?




「――シャル。シャル!」


 その声でシャルは我に返る。

 気づくと、そこは石造りの古そうな建物の前。

 リブニッツ伯爵邸の片隅で木々に囲まれて建つ、農民の家を思い起こされるような平屋建て。

 

 ……ここはセーヨンの貨幣製造所だ。隣の一回り小さな建物は製造した貨幣を置いておく倉庫。

 

「どうした? ……ああ、ユリウスのことが心配なのは、そうだろうが……」

 ジャンポールが振り返る。


 でもそのジャンポールの顔も、明るいわけではない。


 

 ……それもそうだ。

 これから、伯爵の偽金貨製造という罪を暴くことになるかもしれないのだから。


 立派そうな錠前を、エリストールから渡された鍵で開けるジャンポール。

 それを見つめるモーリス、その後ろにシャルと、男爵家の使用人が数人。



 ……ソフィーの告発によりエリストールが調査を承諾し、すぐ一同はここへ来た。

 婚姻の儀自体は、まだ普通に続いている。そうである以上、ソフィーとユリウスは大広間にいなくてはならない。


「ユリウスなら、まあ大丈夫でしょう。ソフィー様だって、自らの婚約者を本気で危険に晒すおつもりは無いでしょうし……」

 

 確かに、一同が調査のために大広間を出るタイミングで、ソフィーはユリウスから手を離していた。

 エリストールが観念した段階で、ソフィーの目的は達成されていたということなのだろう。


 

 ……でも。

 そもそも、婚約の理由を聞かされて、ユリウスはちゃんとしていられるのだろうか?

 動揺してないだろうか?

 あるいは、シャルがその遠因だと知って、何か考えを変えたりは?


 貴族の結婚なんてそういう決まり方をするものだ……とユリウスは言っていたけれども。

 でも……



 ガチャ



「よし……行きますよ」

 ジャンポールの声がぐっと真面目になる。


 シャルの心配をよそに、木の扉が音を立てて開かれる。



「モートン男爵家だ! 只今よりこの建物を捜査させてもらう!」

「捜査?」

「リブニッツ伯爵の承諾は取り付けている。全員その場を動かないこと!」


 その声を合図に、ジャンポールの後ろからモーリスやシャル、使用人たちが続く。


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