天才がやったこと


「もちろん、伯爵様のお言葉を信じない、というわけにはいきませんが……ソフィー様のお言葉もそれと同じぐらい、信じないわけにはいきません」


 モーリスのこの理屈は正しい。

 リブニッツ伯爵はもちろんこのセーヨンにおいて最も格が高い存在であるが、その次に来るのがソフィーを含む伯爵家の人々である。



 ……それに、だ。


 ここでソフィーが口から出任せを言って、何のメリットがあるのか。

 

 自らの婚姻の儀である。

 最も注目を浴びる機会、といえばそうだろうが、だからと言っていたずらで父親をおとしめようとする貴族の娘など普通はいるはずがない。


 いたずらだとしても……




 ……モーリスは、ソフィーをちらり。



「それと、偽造を行う職人も秘密裏に雇われていました。彼らへ支払われている給与や、秘密厳守を約束させた書類の写しもあたしが持っています。必要なら提供します」



 ソフィーは、相変わらず堂々と、余裕の振る舞いである。

 ユリウスを人質に取り、彼の右手をがっちりと固定しながら。



 ――いたずらや嘘で、あの態度が取れるだろうか?



 今まで会ったどの貴族よりも、彼女は落ち着き払っている。

 

 告発を受け周囲から注目を浴びるエリストール。

 エリストールのことをあること無いこと騒ぎたてる参加者たち。

 リブニッツの使用人たちもソフィーの行動は聞いてなかったようで、伯爵の指示でソフィーを取り押さえようと試みるか、ソフィーの言葉に驚いて伯爵の判断を仰ごうとするか、もうどうすればいいか分からなくなっているか……



 とにかく、今この大広間にいる誰もが驚き、困惑している。

 以前国王陛下を相手に堂々とした態度を取ってみせたあのシャルでさえ、口を結んで真顔の表情。きっと成り行きを見守っているのだ。



 その中で、ソフィーだけが変わっていない。

 彼女だけ、このざわめきが聞こえていないかのような……




「……ソフィー様。その書類、後でお見せいただくことは可能でしょうか」


「……なっ……おい、私の言葉を信じないというのか!」

「そういうわけではありませんが……伯爵様。ソフィー様が嘘をつくようなお方だとも考えられないのですよ」


 どちらを信じるべきか、と言われたら、ソフィーの方と言わざるを得ない。


 

 リブニッツ伯爵家が偽金貨の製造元……というのは、最もしっくりくる仮説であるからだ。


「私はソフィー様とはほとんど面識がありませんが、非常に落ち着いた方、という印象があります。それに、婚姻の儀という大イベントで、適当なことをおっしゃるような方がいるでしょうか?」

 モーリスが返すと、エリストールの顔が少し厳しさを増す。


 それに追い打ちをかけるようにして、ジャンポールの言葉も続く。


「私もモーリスさんに同意です。それに……偽金貨のお話は、以前伯爵様にもいたしましたよね?」

「ああ……」


「偽金貨が見つかったのは、伯爵家とお取引があった商店だけなのです。逆に、うちと普段取引していたところからは、偽金貨は見つかりませんでした。……もちろんそれだけで断定はできませんが、伯爵様を疑ってしまう根拠にはなりえます」



 ジャンポールだって、エリストールを疑ってたとはいえ、今すぐ色々調べてやろうとは思わなかった。

 ユリウスとソフィーとの婚約もあるが、それ以前に位の高い伯爵家に嫌疑をかけたくない。もし思い違いだったら、こちらが非を問われるのだ。


 でも。

 その伯爵家の人間であるはずのソフィーからこうして、証拠が提出されようとしているのである。


 言ってみればこれは……チャンスだ。



「それに、伯爵様が偽金貨の調査にあまり協力的ではなかったというのも、少し懸念材料にはなっています」

「それは……婚約の準備があったからだ。忙しかったのはそちらも同じでは?」

「ですが、もしこの偽金貨がセーヨンの街の外にも広まったら、セーヨン全体に関わる問題となります。その場合、責任の所在は伯爵様にもあるということになるわけで……」




「はい。だから、父としては偽金貨のことは絶対、外に漏れては欲しくなかった。だから直接的に何かをしたくなかったのです」


 ソフィーが、ジャンポールの言葉を遮る。


「実際今回の一件も、元々はたまたま偽金貨に傷がついてしまったから発覚した、ということだったと聞いています。それが父にとっては運悪く、男爵家の目があったところでの出来事だった」


 ……当然ながら、金貨は銀貨や銅貨以上に大切に扱われる。傷がつくというのはあまり考えづらい。


「もしそのことがなかったら、今もセーヨンの誰もが、まさか偽金貨があるなど思いもよらなかったでしょう。……何しろ偽金貨を傷をつけずに判別するというのは非常に困難なのですから。本職の鍛冶職人でさえ、できるかどうか……」



 そうだ。

 なんなら偽金貨が見つかってなお、どうやって判別するか大の大人が散々頭を悩ませていたのだ。



「しかし、今は状況が変わりました。偽金貨の存在がわかっただけではありません、偽金貨と本物の金貨を見分ける方法が考え出されたのですから。……そこにいる天才少女によって」


 ソフィーに示されて、周囲の目がシャルに集中する。


「シャルさん、あなたは偽金貨を見分ける方法を、まさかセーヨンだけに留めておくなんて言わないわよね? あの発明はきっと多くの利益を生む。……父は以前、資金援助をエサにしてあなたを囲い込もうとしたけど、あたしもそれに関しては賛成なの」


「でも、わたしは」

「分かってる。ベース法について反対するな、でしょう? だからあたしはそれに反対しない。……大賛成、ってわけでもないけど」

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