裁定の行方


 ……ソフィーの言っていた隠し地下室は、意外にもあっさりと見つかった。


 物置として使われてる部屋の隅、積まれた木箱を男二人でどけてやると、地下へ続く石造りの階段が姿を表す。

 降りていくと、地上の部屋と同じぐらいの広さの空間。

 

 そこは鍛冶職人の作業場のようになっており、魔法で火を起こす者、何やら透明な液体を準備している者、金塊を運んでいる者……地上にいたのと同じぐらいの人数がいた。


 ……そしてジャンポールが、銀貨を運んでいた気弱そうな男を捕まえて聞くと、彼はあっさりと金貨の偽造を認めた。偽造方法はモーリスの予想通り、銀貨や銅貨の表面に特殊な液体で金を塗ってから熱して蒸発させる方法だった。


 押収した金貨が偽造品であることの確認や、リブニッツ伯爵を含む証人への聞き取りにまだ時間はかかるが、偽造の全貌がわかり、伯爵も罪に問われることだろう。




「男爵様……伯爵家は、どうなるのでしょうか?」


 婚姻の儀が続いてる大広間に戻る道すがら、シャルから言葉が出る。

 なんとなく分かってる答えだけど、聞かずにはいられない。


 

「正式な処分は国王陛下の裁定を待つことになるが……まず伯爵への重罪は間違いない。その上で、伯爵家そのものがどうなるかは……」

 ジャンポールの声が少しずつ小さくなるのは、なんとも言えない気分の表れか。


「……では、ソフィー様とユリウス様は……」

「……それは、ソフィー様が罪に問われるかどうか、による」


 もちろん、ソフィーが連帯責任で罪人となった場合、ユリウスとの婚約は無かったことになる。


 ……そうなったら、どうなるのだろうか。

 婚約が無くなれば、元の男爵家に戻る、ということだ。ある意味、それで良いのかもしれない。


 

 ……でも、一度決まった婚約が無くなって、良いことなんてあるのだろうか?




 ***




 ざわめきが収まらない大広間に戻って、ジャンポールが連れてきた貨幣製造所の職人たちを見せると、エリストールはがっくりとうなだれた。


「伯爵様、詳しいお話をお聞かせ願えますか?」

 そのジャンポールの言葉に、素直に応じるエリストール。

 諦めの表情が、シャルにも容易に見て取れる。



「……ありがとうございます。あたしのお話を信じてくださって」


 そこにソフィーが近づいてきて、優雅に一礼する。

 その立ち振舞いは最初この大広間に入ってきた時から、何一つ変わっていない。


「ソフィー様……いえ、こちらこそありがとうございます」

「ソフィー……もう一度聞く。どうして、あんなことを言ったんだ? それもわざわざ今日に……」


 ソフィーの平静さに驚きつつも普段通りに振る舞おうとしたジャンポールの言葉に被さるようにして、貴族の威厳もすっかりどこかへ行ってしまったエリストールの声がした。


 

「……お父様」

 ソフィーはエリストールの前へ。


「お父様のしたことは、いつか白日のもとに晒されます。その時が来るまで震えながら過ごすよりは、進んで罰を受ける方が、まだ気が楽なのでは無いでしょうか。……罰が下ることは、お父様も覚悟していたでしょう」


「しかし……だからといってソフィーよ、娘が手を下すというのは」

「お父様が踏ん切りつかないようでしたから、あたしが背中を押してあげたのです。……それに、今日というのはキリの良い日ではなくて?」


 

「キリって……」

 モーリスの声に構うことなくソフィーは続ける。


「息子は王都で一人暮らし。娘を嫁に送り出した今、お父様が心配なさることは何もありません。それにモートン男爵には勢いだけでなく、貴族としての地力もある……というのはお父様も言ってましたよね?」


「……確かに、そんなことを言ったような気もするな」

 不機嫌そうにつぶやくエリストール。

 男爵家を認めていたという言葉に、また少し周囲がざわつく。



「伯爵様……その言葉、感謝でございます」

 ジャンポールは、エリストールに声をかけてから、ソフィーに向かって。


「しかし、ソフィー様自身も罰を受ける可能性もあります。なのに、なぜ……」


 

 ……それに対し、ソフィーは相変わらずの余裕たっぷりで、こう言い放った。




「――あら、あたしはすでに大聖堂で、ユリウスとの婚姻の誓いを捧げました。今のあたしは、モートン男爵家次期当主・ユリウスの妻です。リブニッツ伯爵家の問題に関して、あたしが責任の一端を取ることになる可能性は低いと思いませんか?」


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