婚姻の疑念


 それから10日ほどが過ぎた。


 その間にも、リブニッツ伯爵家のお抱え商人のところから偽金貨は見つかり続けた。

 それを知った商人たちの反応は皆同じ。


「身に覚えがない」

「偽物など考えたこともなかった」

「申し訳ないが、本当に知らない」


 一応、『偽物とは知らずに持ってること』では罪にはならないので、あまり長い間商人たちを拘束はできない。


 それに、ある商人は疑いが晴れるなら、と快く店舗の奥……バックヤードを見せてくれたが、モーリスやジャンポールが想像していたような貨幣の偽造、銀貨や銅貨を金で覆うといったことをしている痕跡は無かった。


 

「モーリスさん、どう思います? 商人たちの誰かが嘘をついてる……という可能性もないわけではないですが」

 報告を受けた男爵家の使用人から問われ、モーリスは考える。


「……それにしては、我々の調査に対して抵抗が無さすぎます。まさか自分から店舗の裏まで見せてくれる人がいるとは思いませんでした。彼らも本当に、ただ偽金貨を掴まされただけというのが有力ですね」

「となると、正直、ますます伯爵家が怪しくなりますが……」


 偽金貨が見つかった商会と取引しており、偽金貨が見つかってない商会とは取引していない。

 細かく調べればもっとそういうところはあるのかもしれないが、金貨を何十枚も取引するような大きなところとなると、やはり疑わしいのはリブニッツ伯爵家だ。


 貨幣製造の責任を負う伯爵家が偽造に関与していたとなると、納得はいく。しかし大事件であることに間違いはない。


「伯爵家に関しては、私どもより男爵家の皆様の方がお詳しいでしょう。……何か不審な動きとかあったら連絡をお願いしたいですが、慎重にやらないとですね……」


 モーリスも、まさか伯爵家が、とは考えたくない。

 何しろ伯爵家の問題は、セーヨン全体の問題になる。

 今後のペリランド商会の発展にも影響が出ないとは限らない。


 

 ……しかしこのまま偽金貨が出回るのを見過ごすわけにもいかない。

 

 最もまずいのは、偽金貨がある、という情報が一般の人々に広まってしまうこと。

 偽金貨の存在を知れば、人々は手元の金貨の価値を疑う。いや、金貨だけじゃなく銀貨や銅貨も、その価値を疑われてしまう。

 そうなってしまえば、誰も手元のお金を使わなくなる。すなわち、経済が回らないのだ。

 それは当然、役所の利益や貴族の税収の減少につながるし、ひいては街の衰退を招く……


「……伯爵様だって、それぐらいおわかりのはず……」

 

 エリストールは、自陣営の商人を抱え込んで外との取引を渋ったり、ペリランド商会のような他の商人に対しては取引の税金を上げようとしたり、金の力でシャルを買収しようとしたり、気に食わないところはあれど、伯爵家当主として最低限の能力は備わっている……それがモーリスの評価だ。

 そうでなければ、新興のモートン男爵家の追い上げはあれど、セーヨンの街を大きな混乱なくまとめ続けることはできないはず。



 だから、もし伯爵家が関わっていたとしたら、おそらく絶対に偽金貨だとバレない自信があったか……


「……バレても、どうせ本物と偽物の判別は不可能だ、と思っていたか……」

 そう自分で言って、モーリスは思う。

 

 

 ――その可能性は、ありえなくはない。

 

 我々だって、シャルが教えてくれるまで、どうやって偽金貨を発見すれば良いかわからなかったのだから。

 あれが無かったら、今頃自分たちはまだ偽金貨の回収方法に頭を悩ましていたことだろう。



「……何にしろ、伯爵家の調査は行わないと、ですね……」


 シャルの頭の良さは、きっと犯人にとっても計算外だったのだ。


 

 ……じゃあ、伯爵様がシャルを買収しようとしたのは……?


「あくまで慎重に、ではありますが」

 だめだ。伯爵家に疑いの目を持ちすぎてもいけない。

 モーリスは慎重という言葉を繰り返し、自分自身にも戒めを入れる。


「ところで、男爵家の方で、伯爵家とそういう……偽金貨のお話をすることはあるのでしょうか?」

「いや、こちらから話題に出さない限りは出ないですね」

「そうですか……その、婚姻の打ち合わせとか、してらっしゃるのですよね?」

「はい。男爵様は本日、会場準備の確認をしていらっしゃいますし、ユリウス様は衣装の確認をされていらっしゃいます」


 そうだ。男爵家と伯爵家の間には、婚姻の儀というイベントが控えている。

 ここ数日、モーリスと会話するのがジャンポールでなく使用人なのも、ジャンポールが忙しいからである。



「――ただ偽金貨に関しては、こちらから話題を出してもその話をあまりしたがらないような、そんな気がします。話を変えようとしたがる、と言いますか」



 ……確かに偽金貨が見つかるというのは、セーヨンの街を仕切る伯爵家にとっては大スキャンダルだろう。

 でも、それはそれとしてやはり、もう少し調査に協力してほしい、とモーリスはどうしても思ってしまう。



「とりあえずモーリスさん、安心してください。偽金貨の調査は進めていきますし、婚姻の儀も問題なく、予定通り行います。互いに影響を及ぼすことはありませんので、モーリスさん今後ともよろしくお願いします」



 ***



 そして、さらに数日後。


 気づけばすっかり汗ばむ陽気になり、日の出も早くなり、取引商品からも夏の気配が強く漂うようになってきた頃。



 ユリウス・モートンとソフィー・リブニッツとの婚姻の儀、当日を迎えたのである。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る