祝いの席は大チャンス


「ようこそお越しくださいました」

「いえ、こちらこそお招きありがとうございます」


 きらびやかな大広間のあちらこちらから、聞こえる声。


 シャルが見上げると首が痛くなりそうな高い天井。

 そこから吊り下がる、複雑な意匠を凝らしたシャンデリア。


 そして何よりも、この広い空間。


 

 ……大学の体育館、よりも広いわね。さすがセーヨン最大のリブニッツ伯爵家の屋敷だ。

 シャルは、好奇心から思わず周りを見渡してしまう。


「シャル、伯爵家の屋敷は初めてだよな?」

「はい。……広いですね」


 セーヨンの街を北から見下ろすように建つ、リブニッツ伯爵家の屋敷とその所有地。


 正門を抜けてからこの建物につくまでも、木々が生い茂る庭の中を歩いてきた。

 たどり着いたこの場所も、庶民の家が何戸入るんだ、という高さと広さ。


「全くだな。なんでも、最近はまた羽振りがよくなって、馬小屋の増築を考えてるらしい。我々平民がいくら頑張ったところで、ここまでにはなれないだろう」


 モーリスの言葉を受け、貴族の財力と威厳を見せつけるかのように光り輝くシャンデリアをシャルはもう一度見上げる。


 

 ……あれを作るのにいくらかかるのだろうか。


 モーリスに付き添って貴族の屋敷を訪れたことは何度かあったが、あれだけの大きさのものは初めて見た。

 どうやって作るのだろう。ちゃんと設計をしないと駄目なはずだ。

 そのうえで木材と金属の加工技術が必要である。ランプの部分には魔石が使われており、それが落ちたりしないようにある程度耐久力も必要だ。



 ……もちろん一人の手ではできない。

 協力する職人たちの間で単位を間違えたら、あれだけのものはできないのよね……



「モーリスさん、シャルリーヌさん」

 シャルがこの世界の技術のことを考えていると、威厳たっぷりな声がした。


「伯爵様。この度は改めまして、ソフィー様のご成婚おめでとうございます」

「いえいえ、モーリスさんもありがとうございます。お陰様で、酒も料理も最高のものをお出しできました。うちの料理人も喜んでいます」


 当主・エリストールはそう言って、使用人に持たせていたグラスをモーリスに差し出す。シャルにはもちろんアルコールの入っていないものを。


「これからもよろしくお願いしますよ。……それと」

 エリストールは、冷たい視線でシャルを見下ろす。


「シャルリーヌさん。うちはいつでも、あなたを歓迎します」


 ……そう言い残して、エリストールは背を向けて去っていく。

 黒が基調の衣装は、なんだかいつもより装飾が豊かだ。

 娘の結婚式なんだから、当然かも知れないが。



 ……もう。せっかく美味しい料理を楽しもうと思ったのに。

 どれだけお金を積まれても、わたしの主張を受け入れてくれない限り伯爵家には行く気無いんだから。


「……シャル、そう露骨に嫌な顔をするんじゃないよ」

「わかってます。今日はお祝いの席ですから」


 

 ――ユリウス様とソフィー様の婚姻の儀。


 といっても、大聖堂で誓いの言葉を捧げるなどの儀礼的なことはすでに昨日終わっており、リブニッツ伯爵家の屋敷の大広間で行われる今日はいわばお披露目パーティーだ。

 あちらこちらのテーブルには様々な料理や飲み物が並び、その間を忙しく使用人たちが動き回る。


 その料理を楽しみながらおしゃべりに花を咲かせているのはほとんどが貴族。

 

 ……別に確かめたわけではないけど、シャルにはわかる。平民がまず着ないような豪華な服に身を包んでいるからだ。

 

「ここには、リブニッツ伯爵家、モートン男爵家と親交のある他の街の貴族も多くいらっしゃっている。それもわかってるな」

「はい」


 またモーリスの言葉が飛んでくる。

 ……つまり、ペリランド商会にとってビジネスチャンス、という意味だ。

 

 王都からも、国王陛下の代理として人が来ているらしい。

 地方都市としてそれなりの規模があるセーヨンを治めてきた2つの家の子ども同士が結婚する……と考えると、それだけの大事ではあるのだ。


 そう思ってシャルがもう一度見回すと、見覚えのある貴族の顔が確かにある。

 あの方は息子のための服をお願いしてくる人。

 向こうの方は宝飾品の品揃えを気に入ってくれている人。

 あちらの方は……ペリランド式日時計の噂を聞きつけて1台買ってくれた人だ。


 他にも別の商会の人間もちらほら。

 偽金貨の調査に協力してくれた人もいる。

 今、セーヨンで力のある人すべてが、ここに集合している。



 ……あれ、もしかしてこれって、ベース法の話をして回る大チャンスじゃないの?


 特に伯爵家に近い貴族なんかは、ベース法には反対の立場も多いだろう。ちゃんと話を聞いてくれるかは、正直怪しい。


 それでもシャルは、話す気満々である。

 

 今のわたしには、学校で先生として授業を行う中で改善し、さらに良くしたベース法の案がある。それに何より、国王陛下からのお墨付きがある。


 ユリウス様、ソフィー様。

 せっかくの婚姻の儀を、わたしなんかが自分のために使ってごめんなさい。

 でも、わたしの目標にとっても、これはチャンスなんだ。



「……いつもお世話になっております」

 偉そうな貴族の人に近づいていくモーリスについていき、シャルも頭を下げた。

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