ユリウス様の想い人


「……ちなみに、エルビットちゃんは?」

「この子は普通です。エルビット、これ握ってみてくれる?」


 テーブルに置かれた魔石を、エルビットは無邪気に握る。

 手元さえも照らせないようなかすかな光だけど、それでも魔石が輝いたのがシャルにもソフィーにもはっきりとわかった。


「うーん……魔力は親子や兄弟姉妹間では特に関連しない、とはいえ……」

「ところで、ソフィー様はどうしてわたしに魔力が無いとわかったのですか?」

「あら知らないの? ある程度魔力を持っている人間は、魔力の流れや、人や物から漏れ出る魔力を感じることができるのよ? 兄ぐらいになると魔力が煙みたいに目で見えるらしいけど、あたしはなんとなく感じるぐらいね」


 そういえば学校で先生がそんな話をしていた気がすると、シャルは思い出す。

「最も、いつもいつも感じてるわけではなくて、気になって感じようとしないとわからないのだけれど。あたしの場合、元々シャルさんのことが気になってたから魔力の無さに気づいた感じね」


 そう言うソフィーの視線は、父のエリストールのような見下すものではなかった。


 ……そう、純粋にわたしのことが気になってるかのような眼差し……


 って、何考えてるのよ。この子だって貴族の娘だ、外面の一つや二つは持っているだろう。

 騙されるな、わたし。と、シャルは自分に発破をかける。



「それはそれは、わたしのような平民を気にかけてくださりありがとうございます。あ、あと、ユリウス様にもよろしくお伝えください」

 

「謙遜しないで。あなたには魔法なんかとは比べ物にならないぐらいの能力がある。それこそ、お父様が大金をはたいて手に入れようとするぐらいには」

「……伯爵様は、わたしを雇ってどのようにするつもりなのでしょうか?」


 聞くなら今しかない。

 伯爵の娘の気分を害さないよう、慎重に、態度に気をつけつつシャルは尋ねる。


 

「詳しくはわからない。けど……ベース法を止めさせたいのは、確かだと思う」


 ……!

 

 その言い方だと……


「ベース法が嫌だから、わたしを雇いに来た……ということ、でしょうか……?」

 

 

「……ベース法って、確か通貨の統一も含まれてるのよね」

「はい。重さを正しく測定できれば、必然的に金銀銅貨も正確に作れるようになりますから」


 シャルは答える。

 ……この世界の、少なくともフランベネイル王国の通貨システムは、ややこしい上にかなりいい加減だったのだ。


 前世の記憶を取り戻したシャルが何日もかけてようやく慣れたそれは、野乃のような現代日本人からしたら、複雑なことこの上なかったのである。

 だからそれを簡単なものにすることを、シャルはベース法の中に盛り込んだ。


 ……もうあんな計算二度としたくない、と思いながら。



「やっぱり……」

 シャルの答えを聞き、考え込むソフィー。


「ソフィー様……?」

「いや、こちらの話よ。とにかく、シャルさんが嫌なら、無理にお父様の提案を受け入れなくていいわ。それだけ覚えといて」


 

「……わかりました」

 あれ。

 

 シャルは拍子抜けした。

 てっきり、わたしのことを勧誘しに来たのかと思ったのに。


「あら。もしかして、お父様のためにあたしがシャルさんを説得しに来た、とでも思ったのかしら?」

「いえ、決してそのようなわけでは」


 心の内を見透かされ、シャルはぶんぶん手を振って否定しようとする。


「あたしは純粋に気になるだけ。婚約者が褒めまくってたあなたのことが」


 ……そのソフィーの顔は、シャルからは笑ってるようにも、驚いてるようにも、得意げになってるようにも見えて。


 貴族の娘というのは、年頃になると皆こうなる、とでもいうのだろうか?



「……その、ソフィー様はユリウス様のことを、どう思っているのでしょうか?」


 さっきから、ユリウス様がわたしのことを褒めていたとは言うけど、そのユリウス様については何の話もしない。……その違和感に耐えきれず、シャルの口から質問が飛び出た。



「うーん……良い人、だとは思う」


 ソフィーの言葉には、ちょっと素っ気なさがあった。


「頭がいいとか、剣術が特別上手いとか、魔法の才能があるとかは無いけど、ちゃんとしてる感じがする。位が上のあたしたちに対しては、ちょっと馴れ馴れしいかなって気はするけどね。でも、平民にもああいう感じで接しているのかしら。新興の家らしいといえばらしいわね」


 確かにユリウス様ほど気兼ねなく接することができる年の近い貴族はいないだろう。シャルの観察と同じような感想をソフィーは述べていく。


「……でも、それぐらいかな。特に婚約者だからといってどうとはないし」

「ユリウス様と会って話しても、ですか?」


「ええ。そもそも、ちゃんと知り合ったばかりだもの。特に会って気持ちが変わったとかでもないし」


 まるで赤の他人のことのように話すソフィーを見て、シャルは考える。


 確かについ最近までは面識があるレベルの接点しか無かった二人ではあるが……

「……あの、ソフィー様は今回の結婚を……」

「勘違いしないで。あたしは彼と意地でも結婚したくない、というわけではないわ」


 おっと。シャルは思わず背筋を正して、ソフィーと距離を取る。


「別に嫌なところは無いし。貴族の娘なんて、そもそも結婚相手を選べなくて当然よ。物心ついたときから覚悟しているわ」

「申し訳ありません。誓ってそういう意図で言ったのではなく……」

「わかってるわよ。……まあただ、確かにちょっと急過ぎるってのはあるわね。お父様なりに何か考えがあるとは思うのだけど」



「もしかして、伯爵様がわたしを買収しに来たのと、婚約の話は関係が……?」


 しまった。

 思わず出てしまった独り言に、シャルは口を手で覆う。


「……どうかしら。仮にそうだとしてもあたしは構わないのだけど。……ああ、でもユリウスさんは嫌かもしれないわね。彼、想い人がいるっぽいから。あの話す時の熱の入り方からして間違いないわね」


 ……へ? そうなの?

 ソフィーの予想外の言葉にたじろぐシャル。


「あら、シャルさんは分からないの? ……頑張って」

「ソフィー! そろそろ帰るぞ!」


 ソフィーがシャルに向けてウインクしたのと、店裏の向こうからエリストールの声が響くのが同時だった。

 

 ソフィーの最後のウインクの意味をシャルは一晩考えて、全く見当がつかなかった。



 ……ユリウス様の想い人、はて……


 

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