想い人と偽物


 シャルがジャンポールについてきたユリウスと会えたのは、結局半月ほど経ってからだった。


「エルビット、久しぶりだな〜」


 シャルが入ると、広くはない部屋の中をユリウスがそう言いながらエルビットを追いかけ回していた。


「シャルも久しぶり。……聞いたぞ。伯爵家が雇いに来たんだって?」


「はい。まさかあんなことを言われるとは……」

「まあ、シャルはそれだけの存在になってるってことだよ。で、金貨積まれたのに断ったんだっけか」

「はい。だって、学校に行くな、ベース法の話をするのをやめろと言うんですもの」


 シャルの話を、なんだか嬉しそうにユリウスが聞いている。


「そうか。……なんかシャルらしいな」


 ユリウスが少し微笑む。

 その顔は、シャルが前から見てきた姿と変わらない。


「……ユリウス様こそ、ソフィー様と……」


「ああ……勉強もダンス練習もきついぞ……身体中が凝ってるぜ、今」

 婚約し、家族を持つにあたって必要な貴族としての教養。きっとシャルには想像もつかないことも色々あるのだろう。


「……実際のところ、どうなんです? ソフィー様は」

「そうだな……きれいな人だと思う。俺も急に言われたから、まだまだあの人のわかんないとこ多いけど……」


 そう言うユリウスは、本気で困惑している表情。

 やはり戸惑ってはいるのだ。


「……ユリウス様も、気が気じゃないんですね」

「それはそうだろ。……まあ、でも貴族の結婚なんて、そういうのとは関係ないところで決まるじゃないか。うちは大きな家じゃないし、俺は一人っ子だし、なおさら」


 ……ユリウスには想い人がいるというソフィーの言葉を、シャルはふと思い出す。


 その想い人は誰なのだろうか。それを諦めることに後悔は無いのだろうか。


「……ユリウス様は、実際のところ、その……」

 なんて言えば良いのだろう。


 こういう時、彼氏いない歴=年齢だった野乃の前世知識は全く持って役に立たない。

 基本的に恋バナは聞く専だったし、そもそも大学の理系学部なんてほとんど男子だったのである。



「……す」

 それでも精一杯考えて、シャルが『好きな人』と……


 ……言いかけたその時。




「偽金貨だと!?」


 シャルの声は、無情にも店裏の向こうから聞こえてきたモーリスの叫びでかき消された。




 ***




 ……偽……金貨?


 そんなのがあったら、商会としては由々しき事態である。

「金貨の偽物って……やばくねえか?」

「ですね」


 さっきまでの、ユリウスのことを気にする気持ちは一瞬で吹っ飛んでいった。


 当然だが、貨幣の偽造は重罪である……というか、実のところそんなことする人を見たこと無いので、シャルも詳しくは知らないのだが。


 でも、もし本当ならば。


「わたし……ちょっと様子見てきます」




 シャルが店の裏手のスペースに来ると、モーリスを中心に人が集まっていた。

 商会のお手伝いさんや、商品を売り買いに来た行商人、他の街の商人たちに混じって、一人の男が詰められている。

「自分は何も知らないんです!」

「じゃあこれはどう説明する?」

「どう見ても偽物だろ」


 一触即発の雰囲気だ。周りの人たちも野次馬のように様子を見守っていたり、どうした?と声をかけてくる者も。


「お父様、どうしたんですか?」

「……シャルか。受け取った代金の金貨が偽物だったらしくてな」


 人混みをかき分けてきたシャルに気づいたモーリスが、手元のコインをシャルに見せる。


「……変なところは見当たらないようですけど……」

 モーリスの手のひらの上に乗っている金貨は、商会の中で見かけているものと変わらない。

 中央に王家の紋章。その周囲にはべネイル語で『これはフランベネイル王国の正当な通貨である』という意味の言葉が、やや崩し文字で刻み込まれている。

 パッと見て、それらの加工が雑、とかには見えない。


「ああ。偽物と言っても本物を真似て作った、という感じではない」

 そう言って、モーリスは金貨を裏返す。


「……あっ!」

 裏を見れば、シャルにも一目瞭然だった。


 裏には表と同じ王家の紋章に加えて発行年が刻まれている……のだが、問題はそこではなく。



「これ……どうなってるんです?」

 ――金貨から、金が剥がれていた。


 金の塊を、専門の鍛冶師が加工して作られているはずの金貨。

 その金貨の縁から、まるで紙のように金がめくれ上がったり、完全に剥がれてしまっていたり。


 そしてその金が剥がれたところからは、銀色の光沢が覗いている。


 

「……おそらく、銀貨の表面に金を貼り付けたんだ。同じように、銅貨の表面に金を貼り付けたものも見つかった」

 モーリスは他にも何枚かコインを取り出す。そちらの方も見た目は金貨だが、縁の金が剥がれてその中から銀や銅の色が見えている。


「金を貼り付ける?」

「装飾品職人が使う技術なんだが、特殊な液体に金を溶かして、それを鉄や銅に塗ってから熱する。すると液体のほうが湯気のようになくなっていき、金だけが貼り付いて残るんだよ」


 ……細かい理屈はわからないが、日本でいうところの金メッキ、ということだろうか?


「じゃあそれを、銀貨や銅貨に……」

「そうだ。だから表面の加工はそのままで、見た目では気付きづらい。これも、取引相手の人がうっかり落として傷がつかなければ、わからなかっただろう」


 表面に付けられる紋章や文字の加工は、金銀銅貨で変わらない。銀貨や銅貨より金貨の方が大きい、といったこともない。つまり、見た目上は銀貨や銅貨の上からカバーのように金を貼っても、金貨との違いは……


「頭のいい犯人ですね……」

「確かにアクセサリーに使える技術なんだから、大きさ的には銀貨や銅貨に使えても不思議じゃない」


 

 ……あれ、だけど。

 シャルは気づく。


 その方法でごまかし切るのは、難しいんじゃなかろうか。


「お父様。それだと、重さが……」


 同じ体積なら、銀や銅より金の方がずっと重い。持ってわかる程度の違いはあるのではないか……?


「確かにそうだ。……でもシャル、金貨や銀貨を一枚渡されて、いちいちその重さを比べるか?」

 

 それはそうだけど……

「この偽金貨を作った奴も、そう考えてたんだろう。あの取引相手の人も、一枚ずつ出してたし……」


 モーリスが振り返る。


「本当に知らないんですよ! そもそもうちはただの行商人です! こんな加工できる技術持ってませんよ!」

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