シャルの一人天文学講座


「そ、それは……」


 グラフを見たシャルの目がらんらんと輝き出す。

 真面目な担当者も、びっくりした表情。


「駄目でしょうか……?」

「……駄目です。書き写すのならともかく、そのまま持ち帰るというのは……保管資料のような意味合いもあるので……」


「そこをなんとか!」


 シャルは担当者に向かって頭を下げる。

 暦を知る上で最も重要と言っていい、太陽の動き。暦から時間を計算したいシャルにとって、このグラフは最も重要と言っていい資料なのだ。

 自前で何日、あるいは何年もかけなくても、すでに観測結果がまとまっている。ありがたいことこの上ない。


「……では、その資料自身はお渡しできませんが、過去のものの写しがあるはずなので、後で探して持たせましょう」

「ありがとうございます!」


 シャルはもう一度、深く深く頭を下げた。


 太陽の動きのデータ、それも年間を通したデータが手に入れば、この日の目的はほぼ達成されたも同然だ……それぐらいに、このときのシャルは考えていた。多分、メートル法計画立案から今日までで、一番テンションが上がった瞬間である。


 ――これで、正確な時計が作れる。



 ***



 その晩、シャルは自室の窓から夜空を見上げながら考える。

 

 窓は南向きに作られている。なぜなら、太陽は南の空から地上を照らすから。

 正面の目抜き通りは東西を貫いて伸びるように作られている。なぜなら、太陽も月も東から出て西に沈むから。


 このあたりも日本と同じだ。

 やっぱりここは、地球の、それも北半球。赤道近くの熱帯地域ではなく、逆に北極近くの寒冷地域でもなく。


 そしてそれはシャルにとって大きなアドバンテージである。

 なぜなら、野乃の記憶の中の知識が、そのまま適用できるから。


 ……さあ、この世界を知る時間だ。



「さてと……」

 昼に手に入れた、年間を通した太陽の動きのデータを机の上に広げる。

 

 役所の担当者が帰り際に渡してくれた、数年前のものの写し。

 現在のものでこそ無かったが、数年単位のズレなら、ほとんど気にすることはないだろう。

 シャルは全体をざっと眺めたあと、欲しい数値を探していく。


 まず欲しいのは、夏至、冬至、そして春分・秋分の日がいつか。すなわち、もっとも昼が長い日、短い日はいつか。

 これに関しては、日ごとの日の出、日没の時間もある程度記載されているし、太陽の動きからも容易に読み取れる。

 

 昼が一番長くなる日は、太陽が最も高くまで上がる日。その逆に、太陽の一番上がらない日が、昼の一番短い日。

 グラフから読み取った二つの日に、シャルは○印をつける。二つの印の真ん中に、春分・秋分の日が来ることになる。


 そして春分の日、秋分の日の太陽の高さをグラフから読み取る。


「……なんか、中学校の理科みたいね」

 シャルは野乃の記憶を思い出す。まさか異世界でこんなことをすることになるとは。

 でも、持ち帰った資料を見れば見るほど、この世界と日本がよく似ていることを思い起こされる。


 何しろ、四季がある。昼の長さが一年周期で変わる。

 これらは全て、この世界の地球と太陽との動きの関係が、野乃が学んだものとよく似ていることを示している。

 

 地面は動いておらず太陽が動いているのか、逆に地面の方が動いているのか――すなわち天動説と地動説のどちらが正しいか――を調べるのには、また別の物理学的な実験が必要だが、とにかく日常生活を送る上で、この世界と日本はほとんど同じだ。

 

 ……本当に、奇跡よね?

 シャルは――野乃は、自分の運の良さに感動している。


「ありがとう、住みやすい世界に転生させてくれて」

 そうつぶやいてから、シャルは作業に戻る。



 春分・秋分の日は、なぜ昼夜の時間が同じになるのか。

 それは観測地点から見て真東から太陽が上がり、真西に太陽が沈むからであり、太陽の動きの軌道はちょうど半円になる。

 そしてその半円の中心はちょうど観測地点と重なり、太陽が真南にいるときにその高度を(地面からの角度という形で)測れば、それはそのまま太陽の動く円と地面とのなす角だ。


 ところで、太陽の動く円というのは北極星の方向に対して垂直であるはずだから、先程測った角度を垂直(90度)から引けば北極星の方向が角度でわかる。

 それはすなわち、観測地点の緯度だ。


 東京で太陽の高度を測り、同じことをやれば36度というのが出てくるだろう。

 北へ行くほど大きな値が導き出され、逆に赤道へ近づくほど値は小さくなる。


 ――図を描いてそれを確認したところで、シャルは読み取った春分・秋分の日の太陽の高度を、直角から引き算する。セーヨンの単位では、直角は900アナーだ。


「481アナー……」


 ということは、セーヨンがあるのはだいたい北緯48度地点。……って、結構北のほうじゃない?

 シャルは以前モーリスの書斎で見たフランベネイル王国の地図を思い出す。セーヨンは王国のほぼ中央部にある街で、王都べネイルはその少し北。


 ……道理で、北部が相当寒かったわけね……

 王国北部は山岳地帯ということもあり、一年の半分近くを雪とともに過ごす。

 シャルはモーリスに連れられて行った記憶を踏まえながら、王国は意外と北の方にある、という知識を頭の中にしっかりしまいこむ。


 とにかく、これで緯度が分かった。もちろん他の観測地点でも同じことをやれば、王国のあらゆるところの緯度が分かる。


 シャルは羊皮紙の目立つ位置に481アナーと書き込む。

 そしてさらに、その下に設計図を書き始めた。

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