北極星はどこにでも


 それからまた数日後。

「……このページと、このページと……こっちも、写させてもらっていいですか?」


 セーヨンの街で最も大きな建物である、役所兼神殿。

 祈りを捧げるための巨大な礼拝堂を中心に、冒険者向けのギルドや、銀行に相当する施設なども揃った場所だ。

 その中の一角にある資料保管庫内に、シャルの姿はあった。


「はい、大丈夫ですよ」

 役所の担当者から許可を取れるやいなや、シャルは本に書かれた数値や図を端から、持ち込んだ大量の羊皮紙に書き写し始めた。大きくはない机の上には、本か、羊皮紙しか無い。


 正直、これは幸運だ。最低限欲しかったデータが、ほぼ全て揃っている。

 シャルは心の中で踊りだしそうなぐらいにはテンション上がっていたが、それをぐっとこらえて本のページをめくる。自分の金髪が右手にかかってくすぐったいが、そんなこと全然気にならない。

 

 

 ……モーリスが取引先の役所の人に、『娘が天体観測の資料を見たがっている』と掛け合ってくれて作ってもらえたこの機会。

 役所の人もすぐには了承してくれなかったが、『ペリランド商会が、セーヨンの街のデータを悪用しないだろう』という信頼が生き、こうして学校のない日に一日、天体観測の作業見学と資料閲覧、書き写しの許可が降りたのだ。

 

「シャル、良かったな。お前がどうしたいのかは知らんが、望み通りのものをもらってこいよ」

 ――お父様から言われた言葉。

 

 お父様が積み上げてきた商会の信用が、計画に役立っている。

 ありがとう、お父様。


 シャルはモーリスに感謝して、またページをめくる。

 そこに載っているのは、毎日の空の様子。どこで星が輝いているか。流れ星があった、みたいな記録もある。

 

 ……ふとシャルは、野乃の記憶の中に『天気予報は軍事機密』というのがあったのを思い出す。

 天気予報が機密事項なら、こういう空の観測データだって機密事項だ。


「あ、そちらの本は軍事的な資料も混ざってますので写すのはやめていただきたく」

 実際、今シャルの後ろではこんなことを言いながら、役所の担当者が真面目そうな顔でシャルを厳しくにらんでいる。

 今日は仕事のためモーリスは不在。代わりに、このいかにも仕事人間っぽい担当者が役所の入り口からずっとシャルについて、案内をすると同時に、シャルが勝手な行動をしないよう見張っている。


 そんなことしなくても、わたしはどこかのスパイではありません……と言いたいが、言っても得にならない。今は一刻も早くこのデータを手に入れてまとめないと。

 シャルはまたページをめくる。そこにも一日の空の図が載っており……


「あれ、あの、この星っていつも同じ位置にいません?」

 シャルは図上の一点を指差す。

 毎日星の位置が少しずつ変わるなかで、この点だけは明らかに動いていない。


「ああ、それはノーザンポルです。いつも同じ位置にいるので、方角の基準になっています」


 ……つまりそれは、北極星ということじゃないか。


 やはりこの世界の天体観測は、十分なぐらいに進んでいる。

 図を見れば、北極星を中心に星が弧を描いて移動していることは、一目瞭然。

 季節によって現れる星、現れない星が周期的に変化することもすぐわかる。


 ……というか、野乃の記憶の中にある星座っぽいのが、あちらこちらにあるのだけれど。北斗七星のひしゃくっぽいところから線を伸ばすとちゃんと北極星に行き着くのだけれど。

 もしかしてここ、地球? ついでに北極星が見えるってことは、北半球?


 そう思いながら次のページをめくると、今度は数値の表と、グラフが並んでいる。


「……これは?」

「ああ、そこは太陽の動きをまとめたものです」


 

 ……!

 今、シャルの一番欲しい情報がそこにあった。


「ここの縦軸、単位はなんですか?」

「えっと、アナーですが……」


 やっぱりそうだ。

 ここでいうアナーは、時間の単位ではなく角度の単位(ちなみに、時間と角度で同じ名前の単位が使われているのは日本と同じである。きっと由来も同じだろう)。


 今シャルが見ている、波のようになっているグラフは、太陽の動きを地面からの角度で示したものだ。


「すみません! このグラフ、そのまま持って帰りたいです!」

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