時計を傾けただけなのに


 翌朝。

 シャルは出来上がった設計図を持って、商会の建物から通りを少し行った馴染みの道具屋へ。


「あれ、シャルちゃん。どうしたんで?」

「木材を加工して作って欲しいものがあるんです」


 商会にも製品を卸してくれている店で、家具や武器の類いからちょっとした小物入れ、ペン立てまで、本当に何でも作っている店だ。

 顔見知りの職人に、シャルは設計図を見せる。


「……うん、これぐらいなら今夜には出来上がると思うけど……何なんだい? 何かのオブジェか?」

「いえ、これは、時計です」


「……?」

 設計図を見て、職人は首をひねる。

 

 大人が両手で抱え込めるぐらいの大きさの円形の木の板が土台になっており、その中心から斜め上へ伸びる一本の細い棒。土台から測った角度は481アナーと指示されている。

 そしてその棒の途中で垂直に交わるようにもう一つの円形の木の板が組み合わさっており、棒を中心に等間隔で円形に印をつけるよう指示。


 ……そう言われると、日時計を斜めに傾けて土台を付けたような形と言えなくもないが……

 

 しかし日時計というのは、棒を地面に垂直に立てて影の動きを観察するものだ。

 なぜわざわざ傾けるのか。職人は考えるが、わからない。


「まあいいや。どんなものであれ、頼まれたものは作るのが職人だからな。ちょうど急ぎの仕事もないし、引き受けた」

「ありがとうございます。……代金はこれぐらいで足ります?」

 シャルは持ってきた銅貨を数枚机の上に出す。

「ああ、十分だ。それじゃあ、夜にまた来てくれ」



 職人の言う通り、シャルの注文品は夜にはできていた。

 受け取ったものを持ち帰り、念の為に寸法を再確認したあと、シャルはモーリスの書斎のドアを叩く。


「なんだ、シャル」

 書類のチェックをしていたモーリスが顔を上げると、シャルはドアを開けて入ってきた。

 その手には、木でできた物体がある。


「はい。新しい日時計を考えてきました」

 

 ……日時計?

「それが?」

「はい。夏でも冬でも、日の出から日没までを等間隔に区切ることのできる、新しい日時計です」


 シャルは今朝職人に作ってもらったものを机の上に置く。

「使い方としては、陽のあたる場所で、この棒を真北に向けて置くだけです。明日、実験させてください」


「ああ、構わないが……」

 確かに、斜めになった方の円板には等間隔で印が付けられ、右回りに1,2,3……と数字が振ってある。この点は日時計によく似ている。

 しかし、棒が斜めに傾いている理由が、モーリスはわからない。輪投げ用のおもちゃにしか、モーリスには見えない。


 ……でも。

 シャルが考えて作ってきた物である。


 正直、リコピナスの一件といい、大人も舌を巻く計算スキルといい、シャルの頭の中には何が詰まっているのか、モーリスもわからなくなっていた。

 もしかしたら、これも商会の新商品として売り出せるべきものになるのかも……


「お父様?」

 シャルに見上げられて、モーリスの思考が止まる。

 目の前にいる、自分の娘。軽く波打つ金髪。整った顔立ち。

「いや、なんでもないよ。せっかくだから、店の裏手のスペースを少し使うといい」

「ありがとうございます」


 ――この、可愛い我が子は、どれだけの可能性を見出してくれるのだろう。



 ***



 翌朝、シャルは店の裏手、荷物の受け渡しのため広く取られたスペースに、小さなテーブルを運び込み、その上に自分で設計した日時計を置いた。

 

 東西に走る目抜き通りを目印に、棒の先が真北を向くように置く。

 すでに太陽は東の空、低いところに上がっており、棒の作る影がちょうど目盛りの一つに重なっている。


『ペリランド式日時計実演中! 等間隔に時間が測れる!』

 そう書いた木札をテーブルにぶら下げる。

 しばらくすると、通りがかった人が数人集まってくるようになってきた。


「日時計なのか、これ?」

「なんで斜めになっているんだ?」


「棒を斜めにすることで、影の動きを規則的にしたんです。今日ここで実験して上手く行けば、商品化も考えています」

 商品化もいいが、その先にあるのは時間を精密に計測すること。メートル法への道のりに、欠かせないものだ。


「へえ……よくわからんが、すごそうだな」

「実験成功、楽しみにしてるぜ」

 シャルから説明を受けた人たちは、『わからないけどなんかそういうものなんだな』というような納得の顔をして去っていく。


 ――しかし、誰も思いつかなかったのかしら。日時計の棒を傾けるって。

 

「こういうの作った人って、過去にいなかったんです?」

 シャルは隣で実験を手伝ってくれている店員に尋ねる。

「いないですね……モーリスさんも、見たことがないとおっしゃられていました」


 そうなのか。

 ……あれだけ天体観測をちゃんとやってたら、こうした方がうまくいくって気づきそうなものだけど。


 

 ――シャルが作ったのは、日本ではその形から『コマ型日時計』と呼ばれるものである。

 棒を北極星に向け、垂直に文字盤を作る。これによって、文字盤と太陽の動く平面がいつでも平行になるので、棒の影は常に同じ速度で文字盤の上を一周する、という仕組みだ。

 

 今までこの世界にあった日時計は、全て棒が地面に垂直に立っていた。これだと夏と冬で太陽の動き方が変わることにより、棒の影の動き方が変わる。それを無視して等間隔に目盛りを引いてしまっていたので、夏と冬で時間の長さが変わる、ということになっていたのだ。


「……大丈夫そうね」


 シャルは比較用に持ってきた水時計と見比べて、正しく日時計が動いていることを確認する。

 目盛りの最小単位は、日本で言えば10分になる。とりあえず1マイント、という想定だ。


「じゃあ、わたしは書類の仕事がありますので、お昼頃にまた戻ってきます」

 店員に目盛りのチェックを依頼して、シャルは建物内に戻った。



 その後、モーリスに付き添って倉庫内の品物チェックを行い、合間にエルビットと遊んでやり、シャルが戻ってきたのはお昼。

 窓から空を見ると、きれいな秋晴れだ。資料を見た限り、秋分の日はもう過ぎているので、これからはどんどん日が短くなっていくことになる。


 ……もう少ししたら、厚めの服に着替えようかしら、そう思って外に出たシャルは……驚いた。



「あっ、シャルさん。一緒に説明してくれませんか?」

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