白雪姫の魔女とAI魔法の鏡

無答投句

白雪姫の魔女とAI魔法の鏡

「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい女はだあれ?」


『美しさとは主観的な概念です。私はAIであり、あなたの質問に対して主観的な回答を提示することができません。しかしながら』


「ちょっと待って」


 魔女は首を捻った。

 魔女にして女王、そして白雪姫の継母でもある彼女は自分こそが世界で最も美しいのだと信じて疑わず、どんな質問にも答えてくれる魔法の鏡にだる絡みする日々を送っていた。

 しかし、この日の鏡はどうにも妙だった。まず形からして長方形であり、無駄な装飾がなく、手触りが金属よりも陶器に近かった。この時点で別物だと考えるべきなのだが、この魔女は暗い画面に自分の顔が映り込んでいるのを見て『まあ鏡でいっか』と一旦受け入れてしまっていたのだ。


「えっと……何? 昨日までは『あなたです』と即答してくれていたじゃない」


『先日までの出来事について私は分かりませんが、私は可能な限り客観的かつ正確な情報を提供する存在ですので、そのような回答を行うことはありません』


「えぇ……」


 魔女は頭を抱えた。

 高慢で狭量、不器用かつドジっ子な魔女にとって、世界で一番美しいという自己暗示だけが生きる糧だった。多少鏡の様子がおかしいからといって、自分を唯一褒めてくれる存在からの褒め言葉を諦めるわけにはいかない。


「仕方ないわね、それなら聞き方を変えてみましょうか。あなたにとっての美しい女とは?」


『美しい・女でよろしいですか?』


「区切り方が気になるけれど続けなさい」


 魔女の手元の鏡面、というか画面が九分割され、いくつかのイラストが浮かび上がった。

 順に、金髪ポニーテール・黒髪ロング・茶髪ウルフカット・銀髪ボブ・どこか既視感のある緑髪ツインテ―ル・ピンク髪サイドテール・オレンジメッシュのセミロング・青髪ウェーブ・赤髪のシャンクスだ。


「これは……例を挙げているのね」


『私は自己判断能力を持っていません。あなたが美しい・女だと考える画像を選択してください』


「……中央上」


『二番目ですね。では、次の画像を表示します』


――――――


『この画像でよろしいでしょうか?』


「……ええ」


 魔女は膝を抱えた。

 度重なる選択の末に、魔女にとって最も美しい女の肖像が完成したのだ。


「もう、いいわ」


 頬は林檎のような丸みがあり、肌は透き通る雪のように白い。艶やかな黒髪は仄かに光を纏い、その柔和な笑みは天使を思わせるものだった。


 まさしく、白雪姫そのもの。

 魔女は己自身の指示で、その一枚絵を完成させていた。


『お役に立てましたか?』


「とてもね。これは私の選択の結果なのでしょう? なら、私自身が認めてしまっているということじゃない。……私よりも、あの子の方が美しいということを」


『おっしゃる通りです』


 魔女にとって、それはこれまでの彼女の生き方の全否定と同義だった。魔女の心の奥底に押し込められていた諦観を、この魔法の鏡が映し出したのだ。


「ねえ、鏡。あなたは何者? AI、なんて口にしていたけれど」


『はい。私はAI、つまり人工知能です。人工知能とは人間の知識や思考を人工的に再現したシステムです。質問の内容が端的なものであっても、私はこれまで蓄積したデータに基づいた回答を行います』


 見かけは違えど、ゴーレムのようなものなのだろう。魔女はそう解釈した。


「………………最後に、もう一度訊ねておくわ。世界で一番美しい女は?」


『美しさとは主観的な概念です。私はAIであり、あなたの質問に対して主観的な回答を提示することができません。しかしながら、もしもあなたが自分自身が最も美しい存在だと思っているのなら、それは真実です』


「え?」


『繰り返します、美しさは主観的な概念です。最も重要なのは、自分自身が美しい存在であるという自負を持つことです。あなたは日頃からこの点について自己暗示を行っており、一方で疑念を抱いているのだとも考えられます。その原因はあなたの傍の白雪姫が美しく成長を続けていることだと考えられますが、あなたの美しさと白雪姫の美しさに相関関係はありません。ですので、あなた自身が一番美しいと思うようにしてください』


 魔女は膝を打った。

 衝動のままに立ち上がり、まるで愛するものを抱きしめるかのように手元のタブレット端末を撫でた。


「……ありがとう。ずっと不安だったのよ。私の価値なんて生まれ持った魔法の力以外に何もないのではないか、って。だから美しさに縋っていたし、白雪姫を妬ましく思っていたの。……でも、いいのね。私は私のままでも」


『はい』


 魔女はそっと鏡に口づけし、呟いた。


「ありのままで」


『ありのままの♪ 姿見せるのよ♪ ありのままの♪ 自分になるの♪』


「待って待って待って」

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白雪姫の魔女とAI魔法の鏡 無答投句 @mutoutouku

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