第49話 勇者の本音

 異世界からやってきた勇者一行。

 そのリーダー格であるエイジスさんはまさかの日本人。

 しかも銀髪美少女萌えで男の娘もイケるという、なかなかの猛者だった。


 今、僕の貞操が危ない!(女の子ver)


「取り乱してしまってすまない。あまりにも好みにド直球だったもので」

「まぁ好みなら仕方ないですよね」

「そうなんだ仕方ないんだよ。だからもっと甘えてもいい?」

「お仲間に甘えれば彼女達ならきっと全力で応えてくれますよ?」

「そういう柔ツンな夢ちゃんも可愛いよ。でもデレてくれたらもっと嬉しいな?」


 この手の相手ならもう姉さんで慣れているから動揺は無い。

 だが今の僕は担当係で、エイジスさんに精いっぱい奉仕しなければならない。

 今までのような塩対応ではいけないのだ。


 だからこんな事を言いつつも今はエイジスさんを膝枕している。

 料理なんてそっちのけで甘えてくるので断りきれなくて。


 ただエイジスさんも多少はわきまえているのか手出しをしてくる様子はない。

 少し太ももに手が伸びそうになったけど自分から引っ込めていたし、理性は一応効いているのだろう。腐っても勇者という事かな。


「……彼女達に甘えるなんて私には到底できないよ」

「それは、どうしてですか? あんなに愛がどうこうって言っていたのに」

「これは同郷で心を許せる君だから言える事なんだけど……あれは一方通行的なものさ。私自身は彼女達に特別な感情を抱いてないんだ」

「好きになれない理由でもあるんです?」

「ああ……」


 でも仲間の話題へと移ると、途端に表情に陰りが生まれる。

 玄関口でも見せたあの落胆したような顔に。


「特にあの二人にはいつも困らされている。愛していると言いながら主導権を常に握ってこようと必死なんだ。まるで私を操り人形にしたいと言わんがごとく」

「そんな……なら早く見切りを付けて別れてしまえばいいのに」

「何度も断ったさ。けど彼女達はそれでも無理矢理ついてきて、結局仲間のように振舞うからキリがないんだよ」

「ほぼほぼストーカーみたいな人達だったんですね……」

「シャオはまだ出発地からの仲間だからわかるけど、でも彼女も今ではあの二人の言いなりみたいなものだから頼りにはならない」


 彼女達がよほど苦手なのだろう。

 まぁあの二人は可愛かったものの性格はキツいし、ハッキリとエイジスさんに反抗してくるから扱いにくいのかもしれない。

 シャオさんは大人しいからまだ扱いやすそうだけど、二人の言いなりだと変に裏切られかねないよね。

 

 そうやってずっと抑制され続けてきたから、もう心が限界だった。

 それで旅館えるぷりやに来てしまったというのなら辻褄も合う。

 もしかしたらエイジスさんはそんな苦痛を取り除いて欲しくて助けを求めていたのかもしれないな。


 そんな憐れみを抱くと、自然と僕の手がエイジスさんの頬を撫でていた。

 撫でてあげたいって気持ちが沸き上がって勝手に手が動いてしまって。

 これもおそらく女性化した事で身に付いた仕草なのだろう。


 でもこれはこれで悪くない。

 エイジスさんもそんな僕の手に掌を乗せ、涙を流していたから。


「……もうウンザリなんだ。誰かに引っ掻き回されるのは」


 そしてぽろりと本音が零れた。

 とても勇者らしからぬ身勝手な本音が。


 けどこう思うのも当然の事なのかもしれない。

 特別な力があったとしても、彼も僕と同じただの人間で、心も普通なのだから。


「魔王も倒した。世界の危機も救った。だから後はもう、ゆっくりと余生を過ごしたいって思っていた。なのに誰も私を放っておいてはくれないんだよ……!」

「えっ……」

「世界ではなお魔物やダンジョンがはびこっている。だから皆、私に頼るんだ。自分達でなんとかしようとか思わず、勇者である私にすべて押し付けて、成功すれば勝手に喜んで、得られた成果を自分達だけで享受する……どいつもこいつも自分勝手な奴等ばかりでえッ!」


 そんな彼の身体が打ち震えている。

 悲しくて、辛くて、でもどうしようもなかった今までの出来事を吐き出しながら。

 それでも心が壊れてしまわないよう僕の手を握り締め、ぐしゃぐしゃになった顔を露わにしながら訴えるのだ。


 ただひたすらに「私に自由をください」という想いを。


「理不尽なのは仲間達だけじゃなく民衆もなんだ。誰も彼も人に頼り過ぎて、失敗すれば身勝手に責め立てる。そのくせ言う事は一丁前でおだてれば何でもしてくれると勘違いしている。あの二人だってそうだ。そうやっておだてられたから応えないといけないとか言って私を使おうとしてくる……もうそれが嫌なんだよぉ……!」


 ――創作物語に度々出て来る勇者は皆、何かがあっても大抵は自分の思い通りにしてしまうものだ。

 何をしたって成功するし、敵と戦って苦戦しても必ず勝つ。

 それでお決まりには「あれ、俺やっちゃいました?」なんてひょうひょうとしているもので、悩んでいるなんて想像もしなかった。


 だけど実際には皆こうやって悩んでいたのかもしれない。

 勇者だから、実力があるからこそ垣間見える理不尽さに苦悩して。


〝便利に使える者〟という立場を散々利用された末に。

 エイジスさんもその理不尽さの〝被害者〟なのだ。


「……日本に帰りたい。別に社畜だってかまわない。今以上のブラック企業なんてあるものかよ」

「確かに、常に死と隣り合わせなんて日本企業にはまずありえないですからねぇ~……どんな厳しい職場でもそこまできつくないですもん」

「やっぱりそうだよな。昔はさぁ、ブラック企業の噂とかネットで聞いて『働きたくねぇなぁ~』なんて思ってたさ。だけど異世界勇者稼業と比べたら百倍もマシだって思うよ。風呂にもなかなか入れないし、メシもまずいしさぁ……そんなサラリーマン以下の環境、とても英雄のそれだなんて言えないだろう」

「ふふっ、ならここで今までの鬱憤を晴らしてください。ここの料理も温泉も最高ですから。僕が保証します」

「うん、そうさせてもらうよ……ありがとうな夢ちゃん。私の愚痴に付き合ってくれて」

「いえいえ、救いになれば僕としても本望ですから」


 こんな心を病んだ人を癒すのがこの旅館の目的。

 だからこそ少しでもエイジスさんの力になりたいと思う。


 僕にはメーリェさんみたいな特殊能力も無い。

 ピーニャさんみたいな勢いとか無垢なエロさも無い。


 だけど僕なりにできる事は、もう見えているから。


 でもまずはエイジスさんに英気を養ってもらわないと。

 なのであらためて旅館自慢の和食膳の前へとエイジスさんを誘う。

 普通の料理はもうだいぶ冷めてしまったけれど、小鍋だけは点火剤に火を付けていないから食べられないって事はないはず。


「ベランダは温泉になっているので自由にくつろいでください。効能も嘘じゃないのできっと驚くと思いますよ?」

「本当かい!? それは楽しみだなぁ。あとは夢ちゃんが一緒に入ってくれたらもっと嬉しいんだけどなぁ?」

「は、はは……ぜ、善処します」

「恥じらう女性もやはりいい……ほんと結婚したい」

「その気持ちはきっと異世界の環境に毒されたからだと思いますのでどうか冷静に」

「君、こういう対応手馴れてるよね」

「まぁ、常にそういう環境に晒されているものでして」


 なにはともあれ、エイジスさんはこのあと明るい雰囲気を取り戻してくれた。

 料理もおいしかったようだし、僕との会話も本当に楽しそうだったし。

 それとちょっと恥ずかしかったけれど、ピーニャさんを見習って入浴にも付き合ったからね。

 しっかり水着も身に着けていたので問題はない――と思う。


 その後はエイジスさんが改めて仲間の下へ向かい、旅館の特性について注意深く伝えてくれた。

 仲間達が暴走しないようコントロールするくらいならできるらしいので、これできっと安心だろう。

 ちょっと付き添いの僕に対する視線が痛かったけれど、そこはじっと我慢だ。


 それで再び自室に戻り、またしてもピーニャさんの真似をして手早く布団を敷く。

 意外にもピーニャさんって結構模範的な所があったんだなぁと内心で感心してしまった。


「さすがに添い寝まではお願いしないから安心してくれ」

「要求されても断りますけどね」

「はは……でも明日は出なきゃいけないんだよな。それがなんだか嫌で仕方が無いよ。いっそここにずっと泊まりたい気分だ」


 ただ、どんな奉仕をしてもエイジスさんの悩みが解決する訳ではない。

 今の生活環境を変えなければ永遠に苦悩し続けるだろう。


 でもきっとその悩みはエルプリヤさんでは解決できないと思う。

 この旅館の役目はあくまで癒しを与える事で、悩みの根源を取り払う事ではないから。


 だけど……僕ならきっとできるはずだ。

 彼等の悩みを解決する手段を導く事が。


「それでもいいのですが、その前に少しだけ挑戦してみませんか?」

「えっ、挑戦……?」

「はい、今のどうしようもない状況を打開するためにも。実は僕にちょっとした提案があるんです」


 だから僕はエイジスさんに思い切って打ち明けたのだ。

 エイジスさんだけでなく、あの女性たちもが納得できる最良の解決策を。


 もし成功すればエイジスさんはきっと悩みから解放されるかもしれないのだと。

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