第50話 勇者エイジスに救いあれ

 勇者エイジスさんはもう心身ともに疲れ果てていた。

 終わりの無い戦いへの強要と、自由意思の通用しない毎日に。

 彼に聞いた話だと、そこまでに至る経緯はこう。


 異世界に召喚されたエイジスさんは世界に君臨する魔王と戦う事を決意、シャオさんと共に転移先の村から旅立った。

 その道中でイルさん、ネーヤさんと出会ったそうだ。この頃は普通だったらしい。


 そして四人で協力して戦った末、遂に魔王を打倒。

 その後エイジスさんは召喚を行った王国へと戻り、日本への帰還を望んだ。


 だが、王国はそれを拒否した。

 まだ世界では魔物やダンジョンが生まれ続けていて、平和とは到底言えない状態だったから。

 それで多額の報奨金と引き換えに戦い続ける事を強要させられたという。

 

 それからイルさんとネーヤさんはおかしくなったそう。

 ただひたすら富と名声を求めるだけとなり、エイジスさんを利用し始めたのだ。


 その事がわかってからエイジスさんはあの二人が苦手に。

 それどころか女性不信にまで至りそうな状態なのだとか。

 それが女体化した僕に甘えた真の理由だと理解するのに時間はかからなかった。


 そんな二人の呪縛から解き放たれたい。

 異世界にもう利用されたくはない。

 その想いを受け取って今、僕はエイジスさんと並んで再び玄関口へと立つ。

 彼の仲間達が集まるこの時こそが最良のタイミングだと思ったからこそ。


「いきなりで申し訳ありませんが、皆さんに話があります」

「「あ"あ"ん!?」」


 でもイルさん、ネーヤさん共に僕への睨み付けがとても怖いです。

 ロドンゲさんの性転換魔法の効果が効きすぎてまだ女性の姿なので。

 あの時ロドンゲさん虹色だったし、かなり強めに魔法かけたんだろうね……。


 だけど今だけは物怖じする訳にはいかない!


 そう思うままに態度を崩さず、僕も強気で睨み返してみる。

 すると逆に彼女達の方が少し動揺を見せ始めていて。


「……皆、どうかちゃんと聞いて欲しい。これはとても大事な話なんだ」

「「「えっ……」」」


 その瞬間を突き、エイジスさんが話を切り出した。

 さすが勇者だけあって思い切りはとてもいいみたいだ。


「私は……今日ここで勇者を辞める」

「なっ!? それって一体!?」

「な、何を馬鹿な事を言っていますの!?」

「これは冗談じゃない。本気なんだ」


 そしてその走り出しのおかげでこの一言までをも口に出す事ができた。


 彼女達は半端に言っただけでは聞く耳もたずなのはわかっている。

 強気に出て、キッパリと言い切った方がずっと効果的なのだと。


 でも、それでもきっと彼女達は反論してくるだろうね。


「本気って……貴方がいなければ世界はどうなってしまいますの!?」

「そうよ! 勇者エイジスが戦わないで誰が戦うっていうのよ!」


 こう返してくる事はもうわかりきっていた。当事者でない僕でさえ、ね。

 それで今までのエイジスさんだと「そうか、そうだよな」って返すしか無かったんだ。

 この人は優しいし、誰かのために何かをしたいと思うのは本心だから。


 だけどその善意を強引に引っ張るのはとても卑怯だ。

 善意につけこんで人を操る――それはもはや詐欺の類なんだって。


「その件についてなのですが、僕に少し思う所があるのです」

「は!? なんで何も知らないアンタなんかが口出すの!?」

「そうですわ。貴女のようなどこの馬の骨かもわからない女の言う事なんて――」

「それが僕とエイジスさんが話し合った末に導いた結論だと言ったら?」

「「――ッ!?」」


 でもきっと、彼女達にとってその行動は「悪」なんかじゃない。

 彼女達の世界にとっては至って普通の行為なのだと思う。

 僕達の世界の倫理観とか価値観とかが少しズレているだけなんだ。


 利用し利用される。

 その相互理念が地球人よりもずっと強いだけなのだと。


「……皆さんはエイジスさんと共に魔王を倒したんですよね?」

「そうよ、だって私達は仲間ですもの」

「その魔王はエイジスさん一人で倒す事はできたと思います?」

「いや、無理だった。皆の協力が無ければ到底勝てなかっただろう」

「つまり皆さんは実力的にそれほど大きな差は無い?」

「一長一短はありますけど、長所だけ見れば多分……」

「という事は皆さん、実力には自信あるんですね?」

「当然ですわ! この魔力だけなら誰にも負けませんもの!」

「だったら、勇者いらなくありません?」

「「「!!!??」」」


 実は彼等、その概念にずっと縛られて一番大事な事を見失っていたんだ。

 本当に勇者は必要なのか――その根本的問題をね。


 確かに、強い魔王を倒すには相応の実力が必要だったのだろう。

 だから勇者に匹敵する、あるいはそこまで成長を見込める仲間が必要だった。

 それでイル、ネーヤ、シャオという頼れる仲間ができたんだ。


 けど魔王を倒した以上、そこまでの実力はもう必要無い。

 なんなら彼女達一人ずつででもダンジョンくらいは攻略できる。

 先日苦戦したのは休みなく戦い続けて疲弊しきっていたからに過ぎないし。


「というより、勇者いない方がいいと思うんですよ」

「な、なぜかしら!?」

「だって勇者がいるより一人一人で仕事をこなした方が融通利くし、なにより報酬も名声も独り占めじゃないですか。それもう皆さんが勇者名乗ってもよくありません?」

「あっ……」

「それでも厳しいなら別の仲間と組むとか、あとは同じ意志を持つイルさんとネーヤさんで組めばそれだけで最強じゃないです?『新たな勇者イル&ネーヤの誕生!』って感じで」

「た、確かに一理ありますわね……」

「うん、悪くはないかも……」

 

 そんな理屈を伝えれば理解するのはたやすい。

 それに、いくら人に頼る文化でも利権が絡んで来れば人は強欲になるんだってね。


 彼女達がすでに強欲だから、こういう結論に行きつくのは当然だったのさ。


「……わかったわ。それならもうこのパーティは解散ね」

「そうですわね。でもそう言いだした以上、もう戻りたいなんて言っても遅いですわよ?」

「ああ、もちろんさ。今まで付き合ってくれてどうもありがとう」

「改めて準備を整える必要もあるでしょうし、旅館の力でいったん外へ出してもらいましょうか。できますよね、エルプリヤさん?」

「えっ!? あ、はい、まぁできますが……」

「ならお言葉に甘えて」

「エイジス、支払いの方はよろしく。じゃあね」


 そうも決まれば行動は早かった。

 イルさんもネーヤさんもさっぱりとした態度で別れを告げ、旅館の外へと消えた。

 それで残ったのは僕達とエイジスさん、それとシャオさんだけで。


「シャオ、君も自由に生きるといい。私という枷がなくなった以上、もう彼女達は君に構う事も無いだろうから」

「あ、う……ウチは、ウチは……エイジスと一緒にいたい!」

「えっ……」


 そうしたらなんかいきなりラブロマンスが始まりました。

 シャオさんが勢いのままエイジスさんに抱き着いたのだ。


 ……もしかしたら彼女もずっと抑制されていたのかもしれないね。

 エイジスさんへの想いを隠して、二人の言いなりになっても離れずにいて。

 けどその二人がいなくなったからやっと本音が言えたんだ。


 なんて切なくて、それでいて素敵な話なのだろうか。


「今まで自分の事言えなかった! 迷惑かと思って言えなかったの!」

「シャオ……」

「でもあの二人がいなくなったからやっと、やっと言えるよ! ウチはエイジスが好き! 戦わなくてもいい! ずっと傍にいてくれれば、それだけで……!」


 だとすると、この旅館に来られたのは「エイジスさんに」適正があったからではなく「この二人に」あったからなのかもしれない。

 二人の強い想いがあったから旅館に至ったという奇跡を呼び起こしたんだって。


 真実はわからないけど、そう思った方がずっとロマンチックだしね。


「すまないシャオ、私は夢路君の事が――」

「ゲッタァーーーウッ!!!!!」

「なぶちッッッ!!!!!」


 でもエイジスさんがそのロマンチズムをかなぐり捨てようとしたので平手打ちを見舞ってやった。

 これは暴力ではない。シャオさんとの関係を正常に戻す儀式だ。


「エ、エイジス!?」

「す、すまない、突然のことで気が動転してしまっていたらしい。……私も嬉しいよシャオ。こんな私で良ければ、一緒に来てくれるかい?」

「うんっ!」


 その甲斐もあって(?)、エイジスさんがやっとシャオさんの気持ちに応える気になったみたいだ。

 うんうん、見ただけでお似合いだってわかるようだよ。

 二人は最初から一緒だったから、きっと心ではずっと愛し合っていたんだなぁ。

 手段は割と強引だったけど、最終的に上手くいって本当に良かった!


 ――と、そんな訳で二人は最初の村へと帰る事になった。

 エルプリヤさんが餞別として現地に直接転移させてくれたのだ。

 今日はあまり目立たなかったけど、最後にいい仕事をしてくれたと思う。


 二人とも、これからもどうかお幸せに!




 ……なお、僕はそれから三日くらい女の子のままだった。

 おまけに実家にも帰れなかったので、下宿先にてピーニャさん達に散々もてあそばれる事になったとさ。


 うーん、なんだかとっても報われなぁい!

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