第48話 初めての接客対応

「私は、是非ともそこの彼に担当となってもらいたい。どうしてもお願いしたいんだけど、ダメかな?」

「はい、わかりました。でしたら夢路さん、H通路二七号室へエイジス様をお連れ下さい」

「決定はやいね!?」

「お待たせするのも悪いですからね」

 

 いきなりの指名には驚かされたものだ。

 けど直後のエルプリヤさんの対応にも内心では驚愕を隠せない。

 何のためらいもなく僕にエイジスさんの担当を任せてくれたのだからもう。


 と、ともかくエイジスさんに失礼のないよう部屋へとお連れしなければ。


 そこで僕は就業時刻オーバーでも関係無く、作業員の服装のままエイジスさんを部屋まで案内した。

 するとエイジスさんもよほど疲れていたのか、部屋へと入るや否や剣を床へと降ろしては転がるように腰を落としていた。


「ああ~~~この感じ、久しぶりだぁ。宿はやっぱりいいなぁ……」

「あはは、ぜひともごゆっくりして頂ければ当宿としても幸いです!」


 この感じ、僕にとってもすごく懐かしい。

 エイジスさんの様子はまるで僕が初めてこの宿に訪れた時と同じで。

 疲れ果ててもう動けないって気持ちが溢れ出るような、そんな感じがひしひしと伝わって来るかのようだ。


「こちらの宿は実はあらゆる世界と繋がっておりまして、多種多様なお客様が訪れます。ですが皆さんはいずれも癒しと憩いを求めてきた無害な方々ですから、どうか争いだけは避けていただくようお願いいたします」

「あぁ、わかった。彼女達にはあとで僕からもそう言い聞かせておくよ」

「助かります」

 

 強いて言うなら、少し物騒な装備をまとっている所だけが違うか。

 魔物なんて呼ばれる怪物がいる世界から来たのだから仕方ないのだろうけど。

 だからそんな敵意を客に向けないようにするのもまた僕らの大事な役目なのだ。


 まぁこのエイジスさんに限ってはそんな間違いはしないと思うけど。

 なんたって僕の見立てだと、この宿を求めたのはおそらくこの人だろうから。


「ところで……えっと夢路さん、だっけ?」

「はい、お気軽にお呼びしていただければと!」

「うん、じゃあ私にも気軽で頼むよ。あとちょっと聞きたい事があるのだけど」


 だから部屋に入ればこうして互いに笑顔を向け合うようになっていた。

 きっとエイジスさんも僕の気持に気付いてオープンになってくれたのだと思う。

 そういった意味では似た者同士なのだろう。


「君ってもしかして、日本人だったりする?」

「えっ……?」


 けど僕達の共通点はどうやらそれだけではなかったらしい。

 どうやらエイジスさんは僕以上の共通点に気が付いていたようだ。


 異世界旅館にいる僕が「地球の日本人」であるのだと。


「〝ゆめじ〟って名前を聞いてピンときたんだ。もしかしてそれ、漢字で『夢』と数字の『二』とかの組み合わせだったりしないかなって」

「……実際には、『夢に向かって進む道』という方の夢路ですね」

「そうか、やっぱりか……」


 これは僕には気付けなかった。

 エイジスさんは確かに言われて見れば顔付きが日本人らしいけど、名前は明らかに日本語じゃない。

 だから異世界人はそんなものなんだ、って思って気にもしなかったんだ。


 でもそんな異世界にいる彼が日本という名称を知っている。

 それってつまり――


「実は私はね、日本から転移で異世界に渡ったんだ。本名は『笹井ささい英司えいじ』。神奈川県出身の一般会社員さ」

「なるほど、それで名前をもじってエイジス、と」

「そうそう。カッコイイかなって思ってね、ははっ」

「あははっ! でも何となく気持ちはわかりますよ。同じ境遇だったら僕も別の名前名乗ったりしてたかも!」


 ……まさかエイジスさんも僕と同じ日本人だとは思わなかった。

 しかもおそらく同年代。

 これってもしかしてかなり特殊な出会いなのではなかろうか?


「実はさっき女将さんが君の名前をボソリと呟いていたのが聴こえて、そのイントネーションにピーンときてね。それで強引に指名させてもらったんだ。色々と話を聞きたかったからさ。」

「そうだったんですね……」

「それにしても、いやぁ畳もホント久しぶりだ。もう何年とこの感覚を味わっていないと恋しくも思うよ」

「それでさっき『この感じ久しぶりだ』って言ってたんですね」

「そうそう! 異世界ってどこも石畳ばかりだし、布団も堅いしで足も腰も痛くてたまらないんだ」

「あはは、異世界ってそういう苦労もあるんだなぁ。ネット小説とかじゃそういった所の描写なんて見なかったから想像もつかなかったや」


 だからかな、気付けば僕も座り込んで笑い合っていた。

 もしかしたらエイジスさんはこう遠慮なく笑い合える相手も欲していたのかもしれないな。

 ここに来た時もあの連れの女性たちとの話し方もどこか頑なだったし、そう言った意味では僕が指定されたのもある意味では正解だったと言える。


「では改めまして……僕は秋月夢路といいます。よろしくお願いいたしますね」

「よろしくな、夢路さん!」

「ええもちろん! それで早速なんですが、料理などもすぐにお出しできると思います。良ければまずはお食事でも済ませて落ち着きませんか?」

「それもいいな。ならぜひお願いするよ」

「わかりました! では少々お待ちくださいね」

 

 そんな気を許せる相手だからこそ話もスムーズに通る。

 僕の進言に、エイジスさんは寝転がりながらも頷いて応えてくれた。

 何から何まで当時の僕にそっくりで、つい微笑んでしまったや。


 それで僕は軽く挨拶を返して部屋の外へ。

 すぐに従業員章へと念を込め、食事処へと飛ぶ。


 その転移先はというと、完成した料理を出すカウンターの目の前。

 しかも僕がやってきた途端にスッと和食膳一式が厨房から滑ってきたもので、その余りにも早い対応に思わず僕も驚いてしまった。

 この驚異の品出し速度だけはどうにも真似できる気がしない。


「冷める前に持ってってやってくんな」

「りょ、了解です! では!」


 おまけに厨房から声掛けまでしてくれたし。

 この厨房の調理人さん達だけは従業員の中でも別格だと思えてならないよ。


 そう関心しつつ料理を手に取ろうとしたのだけど。


『夢路さん、少し待ってください』


 そんな時、脳裏にエルプリヤさんの声が響く。

 なんだろうか、料理をただ持っていくだけなのだけど。


『何ですかエルプリヤさん?』

『さすがに担当係が作業服のままでは問題ですので、今臨時の着替えを用意いたしましたので着て欲しいのです』

『あぁ、なるほど。わかりま――』

『ですが申し訳ありません! 残念な事に男性用の接客服の在庫が今切らしていましてですね!』

『えッ』

『ですが安心してください! 今、その対策班を夢路さんの下へ送りましたから!』

「え、なに対策班って……」


 確かに服装がこのままなのは実に問題だと思う。

 だけどさすがに女性用の着物を着るのは抵抗がある。


 そのための対策班なのだろうけど、なんかとても嫌な予感がするんですが?


 そんな不安を脳裏に過らせ、料理の前で顎を手に取る。

 厨房の調理人さんが不思議そうに眺める中で。


 するとそんな時、僕の背後に「ドチャリ」という音が響く。

 それに気付き振り向いた先には案の定、虹色に輝くロドンゲさんの姿が。


 あーそうですかーそうですよねー。


 ゆえに僕はその後、予想通りにロドンゲさんに取り込まれる事となる。

 とりあえず気を失う事は無かったけれど、やられる事はしっかりやられました。


 それで改めて料理を持ってエイジスさんの部屋へ。

 そうしたら案の定、僕の変わり果てた姿を前に驚愕していた訳で。


「だ、誰だ君は!?」

「すいません、僕です。夢路です」

「嘘だーっ! 彼は銀髪美少女じゃなかったはずだーっ!!!」

「ちょっと女将さんの手違いでこうされちゃったんです。ホントすいません……」


 はい、今の僕は銀髪美少女です。

 ロドンゲさん得意の性別変換魔法でしっかり変身させられました。

 おかげで着物もしっかり着こなせたし、不思議と動きもマスターしています。


 ほんと便利だよねあの触手生物さん!


「好きだ。結婚してくれ」

「どうしてそうなった」

「銀髪最高やん。美少女最高やん……!」

「エイジスさんのクール感がもう仕事してない!」


 しかもその結果、エイジスさんとの隠れた相性がまた一つ発覚しました。

 僕のTS体と彼の好みが合致した事です。


 でも僕が納得できる訳が無いのでここはキッパリとお断りさせてもらった。

 身体は女の子だけど心は男のままなんですからね!


「可愛ければ竿があろうと関係無いんだよ。その理屈がわかるか?」

「断じてわかりません」


 けれどエイジスさんは男の娘でもイケるクチだった模様。

 まぁ今の僕は竿もないんですけども。


 ああエルプリヤさん、貴女は大きな間違いを犯したみたいですよ。

 僕の女の子としての貞操を危機にさらしたという間違いをね!


 今のままだと姉さんにも絶対に会えないし、家にも幻ちゃんがいるからまず帰れないだろう。

 ……逃げ場を失った僕は果たして今日一日を無事に過ごせるのだろうか。

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