第47話 勇者御一行様ご案内
「夢路さん、今日もお疲れ様でした」
「お先に失礼しますね、エルプリヤさん」
旅館に働き始めてからはや三ヶ月。
今ではこうして挨拶をして帰るなんてのも随分と慣れたものだ。
もっとも、僕としてはエルプリヤさんに絶対逢えるから待ち遠しい時間という事でもあるけれど。
エルプリヤさんもこうやって顔を合わせる事にはとても喜んでくれている。
自分の世界に帰る従業員は基本的に仕事が終わると共に即転移して帰還するみたいで、僕みたいに顔を合わせる事はあまり無いらしいから。
まぁ僕の場合は姉さんを迎えに行かないといけないから、というのもあるのだけど。
「あ、そうだエルプリヤさん」
「どうかしましたか?」
「実はちょっと相談があるんです」
そんな恒例だからこそ忘れがちになってしまう事もある。
とても些細でいつ聞いてもいい、そんな疑問が。
「もしかしたら、おこがましい質問なのかもしれないんですが」
「はい?」
「僕もいつか接客をやってみたいなぁなんて思ったりして」
「あぁ~顧客担当係をやりたいという事ですか」
「そう、そうなんですよ! やっぱり憧れるじゃないですか!」
だから僕はふとこう聞いてしまっていた。
前々から願っていた想いに応えて。
憧れるなら挑戦してみたい。
役者が舞台に上がる事を望むように、僕もいつかは客を迎えたいのだと。
そんな強い想いが僕の口を巧みに走らせてくれたのだ。
できないなんて考えたくはない。
可能性があるなら試してみたいんだ。
色んな人を迎えて、奉仕するあの役割を。
僕ならばどんな事ができるのかって。
でも、そうエルプリヤさんに語っていたその時の事だった。
突如として旅館の扉が強く開き、数人の人が乗り込んでくる。
しかもいずれも剣や杖をかざして仰々しく、形相もどこか厳しい。
そしてあろう事か先頭の一人が僕達に剣先を向けて来たのである。
「こ、ここは一体どこなんだ!? お前達は何者だッ!?」
見る限りだと、剣を向けて来たのは大柄の男性。
剣だけでなく鎧も立派で、体付きと合わせてとても強そうに見える。
連れはいずれも女性なようだ。
体格は僕らとあまり変わらないが、身に着けるものはいずれもバラバラ。
ただ皆警戒しているみたいで、僕達を絶えず睨みつけてくる。
「ご安心ください。こちらは旅館えるぷりや。癒しと憩いを求めた方だけが訪れられるくつろぎの宿にございます」
「宿……だって……!?」
「はい。それなのでわたくしどもも敵意はございません。ですからどうか武器の方を降ろしていただけませんか?」
「む、むう……そうか、すまない」
でもエルプリヤさんはまるで動じず、落ち着いて彼等をなだめていた。
さすが女将だけあって場数も踏んでいるのだろう、すごい応対力だと思う。
そんなエルプリヤさんのおかげで男性が剣を降ろして鞘へと仕舞う。
女性の内の二人はまだ怪しんでいるようで武器を構えたままだけど。
「イル、ネーヤ、武器を降ろすんだ。彼女達に失礼だろう?」
「でも、魔物が化けているかもしれないわ!」
「私が大丈夫だと言う。信じられないか?」
「……わ、わかった。勇者の言う事なら信じましょう」
なんだか訳ありらしく、いまだ警戒は解かれていない。
けれど勇者と呼ばれた人には逆らえないらしく、不服そうにだが武器だけは降ろしてくれた。
「物騒に押し入ってすまない。私の名は勇者エイジス。フェルディースという世界を守る役目を担っている」
「私はその仲間で、魔術士のイルよ」
「同じく、弓士のネーヤです」
「あ、治癒士のシャオっていいます……」
そこで僕が扉を閉めると、やっと落ち着いてくれたようで揃って汗を拭っていて。
どうやら別に好戦的という訳でもなさそうだ。
ただ緊張を解けない場所から転移してきて気が動転していたのかもしれない。
この旅館に導かれる時は大概がいきなりだから仕方ないのだけど。
「それで、この中は安全なのかい?」
「はい。ここは皆様の世界とは異なる空間に存在しますゆえ、扉を閉めてしまえば再びこの旅館から退出しない限りは襲われる心配などございません」
「そうか……それは良かった。実は私達はダンジョンの攻略中に罠にかかってしまってね、脱出の糸口も見つからずにとても困っていたんだ」
「まぁそれは大変……」
まぁその訳もこうして語ってくれた事ですぐに理解できたけれど。
彼等はおそらく冒険者だとかそういう類の人達なのだ。
ネット小説とかでよく活躍している、フリーランスで戦ったり人を守ったりする職業の人達。
特に「勇者」と呼ばれる辺りはそれなりに功績もあって、世界で讃えられている人物なのかもしれない。
だからこんなにも礼儀正しいのだろうね。
「それでなのだけど、ここが宿なら泊まれるのだろうか?」
「はい、もちろんでございますっ!」
「おお! ならここで休憩して行こうと思うのだが、皆はどうだろう?」
そしてこの旅館に来られるほどに精神的にも疲れている。
それならこうやって泊まる事を願うのも無理はない。
むしろ歓迎だからこそエルプリヤさんもニコニコと迎えてくれているんだ。
「ダメよ」
「「「えっ?」」」
「そうですね。私達には悠長に休んでいる暇なんてありませんもの」
「ええ。こうしている間にもダンジョンから溢れた魔物によって周囲の村が脅威に晒されているかもしれない。そう考えたら休んでなんていられないわ!」
だが先ほどの二人、イルさんとネーヤさんが頑なに拒んでくる。
これにはあの屈強なエイジスさんもタジタジだ。
「そ、そうか、そうだよな。私達が攻略を遅れた分だけ誰かが迷惑をこうむるかもしれないしな……」
「そうですわ。シャオも何か言ってあげなさい」
「あ、ウチは勇者様の言う事なら別に……」
「シャオ! 貴女はいつもそうだから勇者様が困る事になるのよ!」
「ご、ごめんなさい……」
おかげでなんだか雲行きが怪しい。
事情がわからない以上エルプリヤさんも口出しする事ができないみたいだし。
だからか、笑顔だけど眉が下がっていてとても困っているようだ。
なら僕にできる事は何かないだろうか?
エルプリヤさんにではなく、あの困っているエイジスさんの為にできる事は――
「お、お待ちくださいお客様!」
そんな想いが僕にこう口出させていた。
それはもうただ無我夢中で、結果なんて考えもせずに。
「「あ"!?」」
「いいっ!? あ、あのですね、皆さんはきっととても危険な場所からいらっしゃったんでしょう!? だったらきっと泊まっていった方がいいと思うんですよ!」
件の二人から睨まれようとも関係は無い。
僕はこの旅館の一従業員としてただ良い所を伝えて、彼等に泊まる事のメリットを知ってもらいたいだけだから。
その上で泊ってくれるのならば、僕はそれだけで本望なのだから。
「実はこの旅館にはすごい効能がありまして!」
「すごい効能とは?」
「なんと料理には身体能力の増強が! 温泉には精神的な強化がつくんです! 危ないダンジョン攻略にはもうこれ以上無い助けになりますよぉ!」
「な、なんだってー!? それはすごぉい! じゃあ是非とも泊まらないとぉ!」
すると僕の想いに呼応してくれたのか、なんかエイジスさんまでがノリノリで叫びまで上げてくれた。
よく見れば体中ボロボロだし、きっとそれだけ休みたいんだろうね。
「そ、そう……それなら仕方ないかしら」
「でも本当に大丈夫なの? 怪しい事この上ないけれど。こんな建物の様式なんて初めて見たし」
「でもこの方々は悪いようには見えない、です……」
そんなエイジスさんの勢いが功を奏し、強情な二人の方が折れてくれた。
使命があってもやっぱり疲弊には敵わないようだ。
なら後はスムーズに事が済めばいいのだけど。
「わかったわ。なら四人部屋をお願い」
「いや待とう。お金は充分あるし、個々に部屋を借りてもいいんじゃないかな?」
「なんで? せっかくだし親交を深めましょうよ」
「そうですわね。女との愛を育む事もまた勇者の役目ですから」
けどそう上手くもいかないらしい。今度は部屋割りの事で争い始めた。
とてもうらやましそうな話ではあるのだけど、エイジスさんはすごく嫌そうだ。
まぁ僕もこの女性二人に言い寄られたらさすがにドン引きするかもしれないけど。
ただ、困っているならそれは望んでいないという事だ。
だったらここは敢えてまた口出させてもらうとしよう。
「実はですね、こちらは個々で泊まった方が効能がより強くなるんです!」
(え、夢路さんそれは――)
(エルプリヤさん、ここは僕に任せて)
(は、はい……)
「その分料金もかかりますが、決して損はさせません!」
「そ、それなら……まぁ仕方ないですわね」
「部屋が別なら夜這いすればいいだけの事だしね」
「そ、それ堂々と言う事じゃない、とウチ思う」
ちなみにこれは僕がでっちあげた嘘。
エルプリヤさんは正直過ぎてこんな事は言えないから代わりに言ってみた。
本当は一人分でも四人分でも効能は変わらないし、なんなら料金も変わらない。
ただエイジスさんが泊まりたいと願っているから付いた嘘に過ぎないんだ。
なんだかそうしないといけないと思った。
あの女性二人が叫ぶたびにエイジスさんの顔が沈んでいくように見えたから。
それがまるで「助けて欲しい」と訴えてるようにも見えてならなくて。
「それでは四名様ごあんなぁーい! エルプリヤさん、お部屋の割り当てをお願いします!」
「は、はい! では皆様に担当者をお付けいたしますので少々お待ちくださいませ」
「ほう、この宿では係の者が個々に付くんだ?」
「えぇ、それがこの宿の特徴でして」
だからか僕がこう強引に押し進めると、エイジスさんの顔に活力が戻る。
ぱあっとした笑顔を浮かべていて、なんだかとっても嬉しそうだ。
そう、そうだよこの顔だよ!
僕はこの顔が見たかったんだ!
まだ担当係じゃないから誇れないけど、業務員冥利に尽きるよなぁ!
「だったら私は、是非ともそこの彼に担当となってもらいたい」
「――え?」
「どうしてもお願いしたいんだけど、ダメかな?」
……でもなんだか一気に妙な雲行きになってきた。
僕、まだ担当係じゃないんだけど、どうしよう?
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