第12話 異世界料理に挑戦です

 レミフィさんの「愛情表現」は割と心地よかった。

 別に強く噛む訳じゃないし、敏感な所は避けてくれたし。

 というか互いに服を着たままだったし、噛まれた場所なんてたかが知れている。

 さすがのレミフィさんもそこまで大胆に攻めるつもりはなかったみたいだ。


 それはきっと僕の意思を汲んでくれたから。

 それだけレミフィさんが優しいという事なのだろう。

 冷徹姫なんて仇名が嘘だって思えるくらいにね。


 まぁその代わり余った時間すべてを使うくらい長引いた訳だけど。


「もうすぐ二時間経つし、そろそろレストランに行く?」

「行こ。アタシ、もう満足」


 そんな訳で食事処へと向かう事に。

 ピーニャさんに「今日は一緒に行けそうにない」と書置きだけ残して。


 なお、その後のレミフィさんは普通に離れて歩いてくれた。

 きっと満足してくれたおかげで「スキ」が落ち着いたのかもしれない。

 もっとも、それでも何か物欲しそうに僕の手をツンツンと突いてくるけれど。

 これも愛情表現の一つなのだろうか?


 ……と、そんなやりとりをしながら歩いていたら、もう食事処に辿り着いた。


 ゼーナルフさんはまだ来ていないらしい。

 多くの人が出入りしているけど、それらしい姿は見当たらない。


 ただその代わり、僕を見て肩を叩いたりする人が何人も。

 皆揃って「ツイてなかったなぁ」「気にするなよ」なんて声も掛けてくれた。

 きっと先ほどの浴場での事件を目の当たりにしたお客さんなのだろうね。


 皆なんだかすごい優しいんだ。相手は似ても似つかない異種族なのに。

 これが旅館えるぷりやの真の客層って事なのかな。とっても心が温かい人達だと思う。


「悪い悪い、女を口説いてたら遅れちまった!」


 そう温かみを感じていた所でゼーナルフさんが走ってやってきた。

 まぁ言うほど遅れてはいないけど、理由が理由なのでもう笑うしかない。

 正直なのはいいとしても、ちょっと伏せた方がいいのでは?


「ゼーナルフ、やっぱりあなたの事だから、そうと思った」

「ちなみにその成功率は?」

「多く見繕って〇.〇〇三%」

「レミフィちゃん手厳しい!!!」

「エルプリヤさんに対して、現在八二六五戦中全敗」

「それいつ誰がカウントしてん!?」

「本人調べ。間違い無い」

「アアアアアア!!!!!」

「ゼーナルフさん、エルプリヤさんの事が好きなんですね」

「当たり前だろォォォ! あんなイイ女他にいねぇよォォォ!」


 しかも女性に対して特別以上の執着さえ感じる。

 この圧倒的な(敗北)戦績を前にしても諦めない心は見習いたい。

 真似まではしたいと思わないけども。


 という訳で早々に崩れ落ちたゼーナルフさんを二人で担ぎ上げつつ店内へ。


 店は至って普通の大衆向け和食屋だった。

 座敷がいくつも並べられ、上がってテーブルを囲むといった感じの。

 一人用の席も幾つかあるみたいだけど、そっちはほとんど空いている。

 どうやら意外にも、一人のお客さんは誰かとの相席を望む人が多いみたいだ。

 日本とは大違いだなぁ。


 そんな席の一つに案内され、机を囲む。

 対面に屍となったゼーナルフさんが、隣へ密着するようにレミフィさんが。

 そして自己蘇生を済ませたゼーナルフさんが早速とおしながきを手にし、僕達へメニューを向けてくれた。


「ここは何でもウマい! どれを選んでも損はねぇから好きなの頼め! おごらんけどな」

「じゃあ軽く何か頼んでみようかな。えーっと……えっ、『ズモラのアナパリ炒め』? な、なんだこれ……」

「それはディベアンっていう世界のズモラっつうゴモンをアナパリで炒めた料理だ」

「何言ってるのかさっぱりわからない」

「これもオススメ。『チェムチェロのアラパッヨ、トメリのトマーラソースを添えて』」

「どんな料理かさえ想像もつかないよ!」


 書いてある事は確かに一応読める。

 読めるけど肝心の中身が正体不明過ぎて恐怖しかない!


 だから仕方ないので絵で判断しようとしてみたのだけど。


 なんか奇妙な魚に緑色のソースが掛かってたり、紫のカレーみたいなのがあったりとこれはこれですさまじい。

 店の雰囲気は和食屋なのにメニューにあるのはどれもゲテモノばかりだ。

 こう言っちゃなんだけど、どれも食べる気が起きない!


 じゃあ部屋で出てきた和食は一体どこへ……?

 というかあれ、本当に和食だったのか……?


「細かい事は気にすんな! 最初は怖いけど、口に入れちまえばわかるって!」

「そう。ユメジ、アタシが食べさせる? いいよ?」

「そ、それは大丈夫。ただ決心がつかないというか、どれにしたらいいかわからないというか」


 幸いメニューは多くて、ページをめくればちょくちょくマトモそうな料理も見える。

 そこで僕は比較的シンプルなからあげに似たメニューを頼んでみた。


 その名も『アゴビ鶏のイッパニ粉親子揚げ、ジュミパラサラダとンゾルを添えて』。

 

「……お前さん、なかなかのチャレンジャーじゃねぇか」

「ステキ……もっと惚れ直した」

「どういう事!?」


 でも選んだ途端に二人はこの態度。

 おかしい。どれを頼んでも平気だって言ってたのに何か間違ってる。


 僕は一応美味しそうに見えるんだけどなぁ、このからあげ。


 なお、その後出された料理は本当にからあげだった。

 ついでに言えばキャベツの千切りとトマト、レモンが付いてくる。

 ドレッシングは玉ねぎ醤油だし、むしろ甘味を感じて美味しいと思えるくらいだ。


 ただそれを美味しそうに頬張った時の状況は忘れられそうにない。

 絶句し愕然とするゼーナルフさんと、噛みたくて悶え転がるレミフィさん。

 あとは周りからの絶叫や歓声、念仏のようなものまで聞こえていたのがもう。

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