第13話 それぞれの世界のお話

「デザートは間違い無くどれもいけるから安心してくれ」

「ま、まぁデザートなら色合いは平気かな……」


 食事でのひと騒動を終え、ようやく落ち着いた。

 僕がからあげを食べる事だけで盛り上がり過ぎて、結局何も話す事ができなかったし。

 食後のデザートを二人に任せて頼んでみればこれも当たりで、今はその余韻を楽しみながら会話を交わしている。


「そういえばゼーナルフさんはリザードマンなんて呼ばれてましたけど、もしかして剣と魔法の世界的な所から来た感じです?」

「まぁそんなとこだ。ただそんな呼び名じゃあなくドラゴニアンってのが正式な種族名だが」

「おぉ~ドラゴンの系譜みたいでカッコイイ!」

「おっ、話わかるねぇ!」


 僕の世界の話はすでに済ませ、今度はゼーナルフさんの世界の話に。

 やはり僕の予想通り、彼はファンタジー世界的な所からやってきたようだ。


 というのも実は、この旅館に来る前に「異世界」に関してちょっと調べてみたのだ。

 地球人なりに考えた異世界が一体どういうものなのかって。


 まずはインターネットで調べてみた。

 すると出てきたのはネット小説と呼ばれるもので、これがまた膨大な量だった。

 異世界ファンタジー……そう呼ばれるジャンルが存在し、多くの人を魅了してやまないのだと。


 そこで僕は思い切ってその小説を幾つか選んで読んでみて、それで知ったのだ。

 異世界というのは地球とは異なりながらも、どこか似ているような世界なんだって。

 それでいて人間とは別の種族がいたりもする、とても不思議な世界。


 まさしくここ、異世界旅館えるぷりやと似たような感じだったんだ。


 なにせ僕にとってはこの旅館のすべてが魔法のようなもの。

 浴場の洗剤もそうだし、温泉の効能だってそう。

 別の世界の人ともこうして話せるのだってきっと魔法のおかげなのだろう。


 で、そんな世界と繋がっている。

 つまりこの旅館がすべての世界の中継点になっているんだ。

 僕が小説を読んだホームページみたいにね。


 となると僕はその小説に出てきた人物と同じ体験をしている。

 そう思うとなんだかワクワクして堪らない!


 だからもっと聞いてみたいんだ。

 ゼーナルフさんの世界の事も、レミフィさんの世界の事も。

 それが小説や漫画、アニメを見る事と同意義になるのだから。


「じゃあそっちの世界にも人間がいる?」

「いるっちゃいるが、お前さんとは違うな。肌は青いし攻撃的だし、俺達異種族を目の敵にして問答無用に殺しまくりやがったあぶねぇ奴等だ」

「え……」

「おかげで俺の同胞ももういない。だから俺は事実上、永遠の一人身なのさ」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「あん? 気にすんなよォ! もう遥か昔の事だって。ここに来られたから助かったし、今はここでの暮らしの方がずっと楽で楽しいからいい。一族の遺産があるから一生ここで暮らせるしな」

「そうなんですね……強いんだなぁ」


 ただその話が必ずしも楽しい話だけとは限らない。

 ゼーナルフさんの世界も争いがあって、彼はその被害者なのだ。


 それでもゼーナルフさんが心も体も強いから生きていける。

 しかもここでの常連――というか永住者として。

 とてもすごい人なんだなって改めて思い知らされた。


「ゼーナルフ、最古の常連。従業員もみんな知ってるくらい長い」

「へぇ~……歳はおいくつなんです?」

「もう五二歳くらいか。もう死んでてもおかしくない老人さ。でもここのおかげで生きながらえてるって感じだなぁ。ちなみにここに来たのは大体四〇年前だ」

「おおー」

「数年前には別の最古常連もいたんだがな、ぱったりと来なくなったから多分くたばったんだろう」

「クラトン爺なつかし」

「天国に行けてりゃいいな」


 歳はやっぱりそれほどでもないらしい。

 だけど若々しさを感じさせるし、きっとこの人はまだまだ生きられるだろう。

 殺しても死ななさそうな人だし。


 それで思わずフフっと笑ってしまった。

 割と不幸話だったのだけど。


 だけど二人もそんな僕に合わせて笑ってくれる。

 きっと二人にとってはそれほど悪い話って訳でもなかったようだ。


「ユメジ、アタシの事も聞いて?」


 すると今度はレミフィさんが甘えるように僕の腕を引いてこう呟く。

 会話に参加したって事は噛むのをもう満足したのだろう。


「すげぇぞぉレミフィの逸話は。俺なんかよりずっと複雑だ」

「じゃあレミフィさん、もし良かったら教えてくれます?」

「ん、わかった」


 なので甘んじて誘いを受け、彼女の話に耳を傾けてみる。

 一体どんな世界の話を聞かせてくれるのだろうか。


「アタシの世界、人間いない。アタシ達『ウィパーラ』が支配する世界」

「それが君の種族名なんだ」

「そう。とても裕福で、発展した世界、だった」

「……だった?」


 まぁでも、ここにいるって事はそれなりの不幸に見舞われたのだろう。

 楽しいってだけじゃ済まされない厳しい現実が。


「発展し過ぎて、愛、失われた。誰も噛まなくなった。とても寂しい、世界」

「じゃあ君は?」

「アタシも忘れそう、なった。けど教えてくれた人いた。とても強くて厳しいけど、種族の本懐、忘れないようにした優しい人。ギュッと抱き締めてくれる、とてもイイ人」


 きっとレミフィさんはその大事な人に守られて大きくなったんだな。

 ……あれ、でも今は一人だよな?


「じゃあもしかしてその人は……!?」

「そう、そのイイ人……もういない」

「ッ!?」

「いない、いない……優しいアイツもういない! あの誰彼かまわず噛みまくって約束破ったドクソ野郎! アタシじゃない他のオンナ! 探して噛みまくる! 許せない! 絶対許せない! 見つけてぶっ殺す! 絶対殺す! ウオオオオオ!!!」


 ――あ、そういう事ですか。

 つまり愛を教えられたのはいいけど浮気性の男だったと。

 おまけに愛を忘れた世界だからやりたい放題って事ね。


 こいつぁ許せねぇ!!!!! ドクソ野郎早く出てきやがれぇええ!!!!!


「見つけたら僕も協力しよう」

「無論、俺もだ」

「ありがとう二人とも。アタシ、それだけでもう、感無量……!」


 いくら温厚な僕でも許せる事と許せない事がある。

 だがそいつは後者だ。僕だってキレ散らかしたいくらいの。

 そんな奴に愛を教えられたって、レミフィさんはなんて可哀想なんだ。

 せめて僕にできる事があればいいのだけど。


 そう思っていると、ゼーナルフさんの頭が僕の傍へとやってきた。

 あ、その首、伸縮自在なんですね。


(ちなみに冷徹姫の仇名の由来はな、言い寄る男をすべて完膚なきまでに叩き潰すからなんだ。体術あるいは言葉で。最初の男に裏切られた後遺症だな)

(そ、そんな逸話がその仇名に……)

(なにせあの最強プロポーションだからな、そりゃもう言い寄る男は多い。俺も三回殺されそうになった。締め技で)

(ひょええ……)


 幸いな事に、レミフィさんは興奮のあまり僕らの声が聞こえていない。

 だからか、ゼーナルフさんも割と自由に教えてくれた。


(だがああも言うがみさおは無事らしい)

(えっ)

(お前なら堕とせる。だから堕とせ。そして幸せにしてやってください頼むから)

(あ、ええと……はい。その気になったら頑張ってみます)

(煮え切らねぇなァお前さん……裏切るとあの悩殺ボディに締め殺されるぞ?)

(ひぃぃぃ!?)


 とはいえ僕もまだ迷っているので答えは出そうにない。

 異世界の女性とお付き合いするなんて、どうしたらいいかもわからないし。

 そもそもが世界の異なる者同士が結ばれるなんてできるのかって不安で。


 だからって締め殺されちゃうのだけは御免こうむりたい。

 一体どうしたらいいんだろう、僕……。

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