営業時間について。あるいは、二つ名について。

 新米店長三毛猫ミケちゃん。

 とは言っても、猫のお菓子屋さん支店の店長に就任してから、二ヶ月。そろそろ新米の文字は取れてもいいころです。



 今日も今日とて、ミケちゃんはお店の中で思案中。でも、前回と違って、お店にはきちんとお菓子が並んでいます。


「この間は、あせったよね〜。スタンプカードのことばかり考えていたから、お菓子屋さんなのにお菓子を用意すること、すっかり忘れちゃって。あれから、もう二ヶ月かぁ」


 ちなみにミケちゃん。あの日は本店でお菓子を分けてもらって、無事に営業できました。本店でお菓子を買おうとしていたお客さんまで、ちゃっかり支店に連れてきちゃったところはさすがです。



「ミッケちゃぁーん」

「あっ、ひらがなのくまぱんちゃん。ちょっと勝手に入ってこないでよ。まだ開店前なんだから」

「今日は、お菓子が並んでいるね」

「あったりまえだ、べらぼうめ。こちとら、商売上手と二つ名の付く三毛猫だ。抜かりはないぜ」


 くまぱんちゃんは、ミケちゃんって本当はいくつなんだろうと思いました。それから、とても小さな声で「お菓子屋さんにお菓子がなかったなんて、この前は抜かりだらけだったじゃないか」とつぶやきました。あのとき、くまぱんちゃんはミケちゃんにき使われて、何度も本店と支店を往復してお菓子を運んだのです。次の日はお約束の筋肉痛。たまたま遊びに来ただけで、とんだ目にあったのでした。


「なんか言った? くまぱんちゃん。三毛猫は商売上手なだけじゃなくて、地獄耳なんだぜ」


 三毛猫に限らず猫の耳は、犬や人間よりずっとよく聞こえるのです。

 くまぱんちゃんはあわてて、言いつくろいました。


「抜かりのないミケちゃん、今日は抜かりなく、なに考えてたの?」

「開店時間と営業時間。くまぱんちゃんは、どうしたらいいと思う? 本店だと、日替わりのお当番さんによってまちまちでしょ。でも、支店はあたしが店長なんだし、やっぱり決めといた方がいいのかなぁ」


 まだそんなこと悩んでたの? それって二ヶ月前に支店長に任命されたときに決めておくんじゃないの?—— と、口まで出掛かったのを、くまぱんちゃんはグッとこらえました。


「それはさ、ミケちゃんが毎日決まった時間にお店を開けたり閉めたりができるかどうかに、かかっているんじゃないの?」


 至極しごくもっともなお返事です。


「うーん」

 ミケちゃんは腕組みをして考え込んでしまいました。


 くまぱんちゃんは「あっ、察し」と思いましたが、念のためミケちゃんにいてみました。


「この二ヶ月間、どうしていたの? 決まった時間じゃなかったの?」

「いちおう、だいたい、それなりに」

「だったらさ、それでいいんじゃないの? お寝坊したら、お休みってことで」

「あっ、そうか! それで行こう! 店長の出勤は気分次第!」


 やっぱり、そうだったか。ミケちゃん、お寝坊ばっかりしているからな。商売上手と地獄耳の他に、寝坊助も追加しなきゃ。それにしても、気分次第に決定って…… くまぱんちゃんが心の中であきれていると、ミケちゃんがジロっと見ました。

 地獄耳なだけではなく心の中まで読まれたのかと心配になり、くまぱんちゃんは焦って言いました。


「そうだよね! そうしとけば営業時間だけじゃなくて、定休日も決まるよね! さすが抜けめのない三毛猫!」

「お言葉を返すようですけど、くまぱんちゃん。定休日はまっているおみののことです」

「あっ、あっ、そうか。だったら、臨時休業か」

「お寝坊して臨時休業ばっかりしてたら、商売になりません! 商売上手の三毛猫の名が廃るってもんだい、こんちくしょう」


 寝坊助だという自覚症状は商売上手と同じくあるんだなと、くまぱんちゃんは思いました。


「第一、せっかくお買い物に来てくれたお客さんが、がっかりするじゃないの。失礼よ」 

「…… だったら、どうすんのさ」

「あたしの言ったこと、聞いてなかったの、くまぱんちゃん? あたし、お店をお休みにするなんて一言も言っていないんですけどね」


 そうです。ミケちゃんは「店長の出勤は気分次第」と言ったのです。くまぱんちゃんは、ものすごくイヤーな予感がしました。

 ミケちゃんはとびっきりの笑顔でうなずきます。


「だから、お願い! そういう日はくまぱんちゃんが支店長代理、!」

「だ、だけど、ぼく……」

「だいじょうぶ! くまぱんちゃんなら、できる、できる! あたし、お寝坊したら、すぐに連絡するからね。それと、お寝坊しそうな前の日も」

「そう言われても、ぼく……」

「今日だって、お店、開いてないのに勝手に入ってきたでしょ。その調子、その調子! お願いしたからね!!」


 ミケちゃんは勢い良く、くまぱんちゃんの肩を叩きました。


「さーてと。そろそろ開店時間だし、支店長代理も決まったことだし。今日はお天気も良いから日向ぼっこしながら、お昼寝しよっと。くまぱんちゃん、さっそく、頼んだよ♡  あたし、営業時間のことずっと考えていたから、疲れちゃったんだ」


 ミケちゃんはお店を開けると、茫然ぼうぜんとしているくまぱんちゃんをひとり残し、さっさと日向ぼっこに出掛けて行きました。



 そのあとは、いつも通りにお客さんが押し寄せてきて、くまぱんちゃんはてんやわんや。

 前途多難は、どうやらくまぱんちゃんのようですね。

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2024年5月24日 22:00
2024年5月24日 22:30
2024年5月24日 23:00

支店 猫のお菓子屋さん 水玉猫 @mizutamaneko

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