第18話 戦闘開始
「ゾンビでは無く、天使だ。他にも細かい要因があるが、手術の成功率は十%にまで向上した」
「十人いたら九人は死んじゃうって事だよねぇ。滅茶苦茶、効率悪くない?」
ケヤキはマロウを見つめて、舌舐めずりする。
「何、天使になれなかった彼らは、我々の
無造作に近づこうとするケヤキを、吸血鬼は両手を振って制止する。
「礼が言っていたけど、どうして乗り物に乗らないの?」
「トラックに撥ねられたトラウマかな? 自分で移動を制御できないと気分が悪くなるんだ。それにタクシーなどではドライブレコーダーなどに、画像が残ってしまうからね。この辺りの監視カメラの位置は大体把握しているから、歩いた方が目立たない」
ケヤキは肩を竦めてウィンクした。マロウに手を伸ばす。
「後、一つだけ質問! どうしてスナックとかを襲ったの?」
「私自身の性能を証明する為に、どこかで実績と犠牲が必要だった。最後に訪れたアメ横のスナックは、変身前にボッタクられた店でねぇ。瓶ビール二本で二十万円だったかな。酷い目にあったよ」
「うわっ、人間の器ちっちゃ!」
マロウの呟きを無視して、ケヤキは一歩前進した。
「さて、お喋りはこの位にしておこう。君たちに世界樹の護りが有らん事を」
彼は右手に握ったスマホを翳した。耳障りなビープ音が流れる。しばらくすると積み重なった死体の山が、ウズウズと動き出した。
「ひょっとして私が
目にも止まらない速さで前進し、モヒカンの右腕を掴んだ。舌打ちした人狼が足を飛ばして、ケヤキの手を振り払う。耳を塞ぎたくなるような悲鳴。ケヤキの手にはゴッソリと、モヒカンの腕の肉が血を滴らせて握られていた。
「私は君たちの事を待っていたのだよ。ここなら邪魔者は来ない。天使に変身する施術も、失敗した後の晩餐もゆっくりと行う事ができる」
モヒカンの肉を頬張りながら、ケヤキは微笑んだ。彼の周りには天使が五体、フラフラと立ち上がる。
人狼とシスターは天使達と、モヒカンの間に立ち塞がった。吸血鬼は慌てて、彼の腕の拘束を解く。モヒカンは千切られた腕を抑えながら、階段を駆け上がって行った。
猛然と飛び込んでくる、天使と化した受付嬢のタックル。ユリアは鞭を飛ばし彼女の足のバランスを崩した。グシャリと嫌な音をたてて、受付嬢が転倒する。しかしユラユラと彼女は、また立ち上がろうとした。
シスターは彼女の後頭部の、塞がっていない手術痕に鞭を飛ばした。ビクリと瞬間的に痙攣するが、受付嬢の行動を止めるには至らない。
「チィ! キリがないな」
その隣では人狼が天使二体と、大立ち回りを繰り広げていた。天使たちが攻撃の挙動を取る前に、先手を取って足を飛ばす。蹴り飛ばされた二体は後ろに控えていた二体と共に、壁に激突する。
人間であれば戦闘不能になるダメージ。しかし天使たちは、ゆっくりと起き上がり、またこちらに向かってくるのであった。
「おいシスター。コレ、どうすりゃいいんだ?」
「手術痕を攻撃したが、ダメージにならない! 身体と首を切り離すしかない」
「エグい。やりたくないな。俺は上品な平和主義者なんだ!」
人狼は眉を顰めた。ユリアは礼と会話をしながら、ノールックで鞭を飛ばす。鞭はマロウに飛びかかろうとしていた、ケヤキの首に鞭が絡みつく。彼は鞭を握りしめ、何気無く手前に引く。それだけでシスターの身体が浮かび上がった。物凄いパワーだ。
「チッ!」
ユリアは角度を付けて、鞭のグリップを手放した。ケヤキの怪力に引っ張られた重量感のあるグリップが、彼の顔面に吸い込まれる。グシッという音と共に、眼鏡が弾け飛んだ。流石にダメージがあるかと思いきや、ケヤキは折れた鼻の形を戻して微笑んでいた。
「やれやれ、飛んだ邪魔が入った。せっかく二人きりになろうと思っていたのに」
「積極的に遠慮したいかな?」
眼鏡を拾った彼は、鞭を首にぶら下げながら吸血鬼に近く。得物を奪われたシスターは素手で、他の天使の対応をしなければならずケヤキに関われない。
「君が天使になったら、それは素晴らしく美しい個体になるに違いない。今から楽しみだ。君もうれしいだろう? 寿命も美しさも永遠の存在になれるのだから」
「永遠の命なんて、そんなに楽しくないよ」
吸血鬼はポツリと呟く。それからモヒカンを追って、階上へ逃げ出そうとした。ケヤキは物凄い速さで、マロウと階段の間に身体を滑り込ませる。
「お友達が頑張っているのに、君は逃げ出すのかな?」
「僕は頭脳労働担当なんだ。血生臭いのが苦手なの!」
吸血鬼にあるまじき事を宣い、彼は安全な場所を探す。ケヤキはジリジリとマロウに近づく。
「できれば綺麗な姿で、君を天使にしたい。余計な抵抗をしないでくれるとありがたい」
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