第16話 モヒカンの意地
ガコン
エレベーターは地下三階に到着した。扉が開き用心しながら人狼が先に出る。ユリアも続けてフロアに出ると、周囲を警戒した。
「天使の残り香がプンプンするが、気配が無い。今、この階にはいないみたいだな」
礼は渋面を浮かべて、天井の監視カメラを睨みつける。
「マロウ、天使たちは何処に行ったんだ?」
『ちょっと待ってね。調べてみる』
人狼とシスターは地下三階のフロアを調べ回る。礼に言わせると最低でも山口も併せて、三体以上の天使がここに居た痕跡があるという。
「もうそんなに数が増えているのか……」
ユリアは眉根を寄せた。天使一体を作り出すためには、外科的な医療技術と高価な薬が必要になる。その為これまでの報告では、各国に一体が派遣されているのが精々との事であった。
『そこから更に地下へ続く、隠し扉があるみたい。天使たちは多分そこに居るって。今から、そっちに行くね』
スピーカーの音が切れ、エレベーターが一機動き始めた。地下三階に到着すると中から、吸血鬼と足の拘束を解かれたソフトモヒカンが現れる。
「何だ、そいつも魅了しちまったのか?」
人狼が鼻を鳴らす。マロウは首を横に振った。何でもモヒカンが、皆に聞いて欲しい事があるのだという。階毎にスピーカーの稼働を制御しているが、どこで山口に聞かれているか分からない。どうしても対面で伝えたいことがあるとの事だった。
「まず約束して欲しい。奴らが隠れている、地下四階へ続く隠し扉は教える。その時点で俺を開放して貰いたい。
言っておくが、その場所はコンピューター等には登録されていないからな。いくら嬢ちゃんが凄腕でも、見つけるのには骨が折れるぞ」
「解放するのは問題無いが、どこに逃げる? この組織は、国内外、複数の司法当局から目を付けられているらしい。逃げ切れるのか?」
ユリアの問いにモヒカンは、不貞腐れた様な表情を向けた。
「蛇の道は蛇ってな。何とかなるさ。それより山口みたいな化け物に、ウラマーの称号を与えるような組織には愛想が尽きた。これからは組織を離れて、好きに生きるさ」
「うわぁ。雑魚キャラが殺される前の、フラグが立ちまくっているねぇ。ウラマーって何?」
吸血鬼の質問に、シスターが答える。
「同盟の中では高位の知識人に与えられる称号らしい。何でも樹木の学名を頂くとか」
「そんな事までバレているのか……」
モヒカンは小さく首を振った。暫くして顔を持ち上げると、三人に着いてくるように首を倒した。
エレベーターから離れた個室のドアを開く。このビルの地下階は、あまり通常業務に使われていないようで、埃っぽく片付いていない部屋が多かった。
モヒカンは部屋の床の一部を、踵で強く踏んだ。パカリという音と共に、リノリウムの床が持ち上がり、下へと続く階段が現れた。
「それじゃ俺はこれで」
三人の輪から離れようとするモヒカン。その肩に人狼がガッチリと腕を回した。
「そう慌てるなよ。この後、時間あるだろう? 山口に会うまでは付き合ってくれよ」
礼は低い声で呟いた。この階段の先が濃硫酸で満たされたプールである(!)と、仮定して用心した所で用心のし過ぎではないだろう。このまま無防備に地下四階向かって、天使の大群に囲まれたら笑い話にもならない。
モヒカンは、肩を竦めて先頭で階段を降りた。大した抵抗をしないのは、ここまでの要求は予想していたのだろう。三人も彼に続いて階段を降りる。
「確かに、天使たちの匂いが強くなってきたな」
彼を庇うように人狼が、先頭に立ち歩き始めた。戸惑ったような表情を浮かべるモヒカン。
「おいおい、どうした。俺を護ってくれるのか?」
「天使たちから不意打ちを喰らったら、お前じゃ一溜まりもないだろう」
「……チッ」
モヒカンは舌打ちをすると、長い階段の途中で立ち止まり、壁の一部に体当たりする。
ボコリ
奇妙な軽い音と共に、隠し扉が開く。モヒカンは首を倒した。
「こっちが本筋だ」
「え! この先はどうなっているの?」
「別にどうもなっていない。地下四階は二部屋しかないんだよ。この先は空き部屋だ」
「だって礼が天使の匂いがするって」
「各フロア毎に同一の空調になっているからだろう。別に間違いじゃない」
この旦那なら遅かれ早かれ、別の部屋も見つけたろうさと、呟きながらモヒカンは新しい階段を進んだ。マロウが彼にまとわりつく。
「ねぇねぇ。どうしてこの階段を教えてくれたの?」
「山口は嫌いだが、教団には恩義がある。ただそれより、この旦那の事が気に入っただけだ。単なる気まぐれだよ」
そう言うと彼は、後ろ手に拘束されている割には器用に肩を竦めた。
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