第15話 マロウの特技


「このコンピューターが、管理センターのメインマシンかな?」


 吸血鬼は一台のコンピューターの前に座った。暫くカチャカチャとキーボードを叩き小首を傾げる。何かに手間取っている様だ。人狼が説明を求めるような表情を浮かべた。

「このシステムは、ある程度の深度に行くと、管理者のパスワードが必要になるみたい」


「おいおい、嬢ちゃんは凄腕の情報管理技術者I F Eだな! 良くこんな短時間で、その階層まで辿り着いたもんだ」

 マロウは悪態をつくモヒカンの前にかがみ込むと、ニッコリと微笑む。吸血鬼の瞳が赤く輝いた。その瞳を見た彼は、夢でも見たかの様な表情を浮かべるが、慌てて強く首を振り自我を取り戻す。どうやら魅了チャームに失敗した様だ。


「ちぇ。意志が強いんだねぇ。パスワード教えてくれないかなぁ?」

「仮にも専門家なら、自力で何とかするんだな!」

「……別に専門家じゃないし。やれば出来るだろうけど、時間が勿体ない」

 吸血鬼は唇を尖らせると、礼に視線を送った。面倒臭そうに二人の方へ歩み寄る人狼。何の気なしに足を振り上げて、強く床に叩きつけた。


 バスン!


 日本人の顔の横にあるリノリウム床が、足の裏の形に一センチほどへこむ。頭に直撃していたら、ソフトモヒカンを残して、頭が潰れてしまう勢いだった。

「後、三人いるからな。お前で無くとも、残りの誰かが教えてくれるだろう」

「!“#$%%&‘」

 モヒカンの叫びを聞いて、マロウは微笑む。

「今のが、パスワード? 多分このシステムのパス入力回数は、上限が決まっているよね。続けて間違うと、システムダウンしちゃうとか……」


 土気色をした顔と不自然な大量の汗。彼は決して吸血鬼と、目を合わそうとしなかった。

「命がけでシステムを守るなんて、偉いねぇ。僕には真似できないよ。礼、ここが血で汚れると嫌だから彼、天使の所にでも放り投げて来てよ」

 物も言わずモヒカンを担ぎ上げる人狼。彼は救いを求める様に視線を飛ばすが、残りの三人は誰も彼と目を合わせない。部屋から連れ出される直前にモヒカンの心は折れた。


「彼奴らの餌だけは勘弁してくれ。世界樹の元に帰れなくなっちまいそうだ」


 マロウは管理者パスワードを入手すると、恐ろしい勢いでコンピューターを操り始めた。吸血鬼は実はデジタルモンスターでもあったのである。永遠に続く退屈な夜を紛らわす為に始めた彼の技術ひまつぶしは、一流ハッカーを凌ぐレベルに達していた。


 礼が現場から拾って来た生の断片情報を、マロウがSNSなどのデジタルの海で洗い直す。そこから浮き出してくる情報を一つにまとめる。こうして彼らはユリアが驚く様なスピードで、山口俊彦に関する報告を提出したのであった。


「よし、ビンゴ。コンピューターこのこがいうことを聞く様になった」

「シスターは何処にいる?」

「うーんとね。あっ地下二階だ」

 吸血鬼は机に置かれているマイクに声をかけた。


『シスター、お待たせ』



「あぁ、マロウか。調子はどうだ?」

 ユリアは天井に設置されている、監視カメラに向かって話しかけた。

『一応、管理センターは制圧したよ。そっちはどう?』

「正面玄関で天使の一人に出迎えを受けた。その天使はエレベーターボックに閉じ込めてある。まだ、山口には会っていない」


 吸血鬼はモニターを覗き込み、頷いた。

『このエレベーターボックスかな? オバサンが蹲っているねぇ』

「それだ。しばらくそのボックスは稼働停止にしておいてくれ。間違って彼女が外に出たら、付近住人が危ない」

『はい了解っと。今、礼をそっちに向かわせるね』

 そのやり取りの間も、マロウの指先は恐るべきスピードで動き回っている。人狼は肩を竦めると、一人で管理センターを後にした。


 暫くすると、一機のエレベーターが地下二階で止まった。中から礼が現れる。

「早かったな。どうやらこの階には天使は居ない様だ」

 ユリアの問いかけに、礼は鼻をヒクつかせる。

「確かにそうだな。一応、地下一階も確認して来た。ここより上には天使の気配は無い。地下三階いきどまりにいるのだろう」


 二人は唯一稼働しているエレベーターボックスへと入って行った。中に入ると、天井のスピーカーが響く。

『エレベーターは、この機体以外は動かない様にセットしたよ。外部との連絡線は生かしておいた方がいいのかな?』

「定期連絡などが無いと、警察や警備会社へ通報がいくシステムになっているだろうか?」

『パッと見て無いみたい』

「それでは全て遮断してくれないか。どうせこのビルに居られるのは、夜が明けるまでだ。後、数時間しかない」

『はい、了解っと』

「君は仕事が早いな。とても助かる」

『そんなこと無いよ。誰でもできるんじゃない? あ、礼は苦手みたいだけど』


 人狼は舌打ちをして、監視モニターへ下品なハンドサインを送った。

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