第14話 礼の特技


 天井のスピーカーから聞こえてきたのは、マロウの声である。吸血鬼と人狼は地上5階部分にある、管理センターの制圧に成功していた。一体、二人はどのように、ユグドラシル同盟ビルに潜入したのだろうか?

 時間を少し巻き戻してみよう。



『欠け始めた満月が黒いビルを照らしていた。夜の帳が下りてから、数時間が経過する。呑み屋の賑わいが落着き始めた頃、シスターは同盟ビルの正面玄関に佇み、月を見つめていた。何かを確認し深呼吸をすると……』


 この時、ユリアは月明かりに照らされた、一組の人外を確認していた。同盟ビルの近くのビルの屋上から、礼を抱えて蝙蝠の形をした翼を広げる、マロウを見ていたのである。二人は音もたてずに、同盟ビルの屋上に着地した。


 三人同時に正面玄関から入るよりは、二手に別れた方が制圧のスピードが上がるだろうという判断からだ。更に通常、監視の目は地上に向いているので上空からの接近は想定されていない。

 そういう意味では、ユリアが囮の役と言っても良いだろう。


 同じような事は、上野のラブホテル街でも行われてる。ユリアと出会う前のマロウは礼を抱えながら飛行していた。対象者の取った部屋を撮影する為に、ラブホテルの十二階を外側・・・・から観察する為にである。

 部屋の中の対象者に気づかれそうになって、吸血鬼は急旋回するも

「馬鹿野郎〜!」

 の声と共に、人狼を公園に落としてしまったのだ。



 屋上に降り立った礼は、内部に入るための鉄製のドアの前に立った。革手袋をしたゴツイ手で、ノブを回してみるが当然、鍵が掛かっている。肩を竦めた大男は、こめかみの血管を浮き立たせ全力・・でノブを捩じ上げた。


 バキン!


 あっけなくノブは捩じ切れた。折れたノブの根元部分の金属片を払うと、指を入れて強引に動かす。カチャンという音と共にデットボトル(扉と枠を固定している部分)が外れ、ドアは呆気なく開いた。

 口笛を吹きながらビルの内部に侵入すると、二人は凄い勢いで階段を駆け下り始めた。


「礼、管理センターの場所は分かる?」

「この辺りに人の気配はしないな。もう少し降りてみるぞ!」

 匂いが嗅ぎ取れないエレベーターではなく、階段で移動し各フロアごとに気配を探る。無限に思われる地味な作業を、地道に繰り返すと五階で足を止めた。

「ビンゴ。ここには複数人の気配がする」

 人狼は目を瞑って五階フロアに立ちつくした。鼻と耳に意識を集中しているのだ。暫くすると目を開けて、マロウに向かって首を倒す。


 『STAFF ONLY』のプレートが貼り付けられた、殺風景な引き戸の前に二人は立つ。扉を蹴り開けようと礼が足を上げた瞬間、フシュッとため息の様な音がする。見れば扉に指が入りそうな新しい穴が開いていた。

 サイレンサー付きの銃で、中から銃撃されている。人狼は姿勢を低くして、頭から扉にぶち当たった。弾け飛んだ扉が内部にいたソフトモヒカンの、日本人に激突する。


 呆然とした表情の黒人男性の足を払い、立ち上がる勢いで銃を構えたインド系の大男のアゴに、頭突きを入れた。更に机に設置されていたコードレスフォンを掴んで、アジア系の小男の手首に投げつける。

 慌てて取り落とした銃を拾い上げようとした小男に、廻し蹴りを浴びせた。


 扉を開けてから約五秒で、四人の男を無力化した人狼は銃を拾い集める。マロウは慣れた手付きで、モヒカンの腰ベルトを外した。

「おい嬢ちゃん。ちょっと積極的過ぎないか?」

 吸血鬼は可愛らしい微笑みを浮かべると、ベルトで躊躇なく彼の手足を拘束した。

「おいおい、何だか新しい性癖に目覚めそうだな」

 痛めつけられ手足を拘束されても、男の強がりは収まらなかった。人狼と吸血鬼は残りの人間からも、ネクタイやベルトを徴収し拘束した。


「どうやらコイツらは、天使じゃないようだな」

 礼が鼻を擦りながら呟いた。ゾンビの存在を知られていることに驚く日本人。だが彼の口から出たのは、感歎の声ではなく舌打ちだった。


「冗談じゃない。あんな化け物と一緒にしないでくれ」

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