第11話 身内の敵
AOSの話が本当であれば、世界の軍事バランスを崩す大事件である。ユリアの様な調査員が動いているのであるから、全くの出鱈目という訳でもないのであろう。
礼は肩を竦めて、話の先を促した。
「そんな大層な機密が、どうして上野くんだりで大暴れしているんだ?」
「大量生産間近と言ったな。報道されてはいないが、世界中の都市で現在同じような事件が多発しているのだ。日本では上野界隈が標的になっている。それより問題はユグドラシル同盟の方だ。
お前が今回これを報告してくれた事は、画期的な事柄であると上層部は判断している」
「あのビルの持ち主か。どんな組織なんだ?」
「知っての通り我々は、キリスト教という宗教的な背景を元に存在する組織だ。ユグドラシル同盟は、我々と似ているが少し異なる。世界樹思想というのを知っているか?」
「聞いたことも無いね」
「天と地に対する自然崇拝的思想だ。世界樹とは世界が一本の大樹で成り立っているという概念になる。世界樹は天を支え、天界と地上、さらに根や幹を通して地下世界もしくは冥界に通じているという。
旧約聖書の中にも世界樹の記載がある。ユグドラシル同盟は世界樹を基に、地球上に理想的な世界を作る事を目的とした組織だ」
「結構な事じゃないか」
シスターは残していた、珈琲に口を付けた。
「彼らは、こう考えている。世界樹を中心として生活するには、自然が減り過ぎている。そして人間が増え過ぎた。植物を間引くように、必要ない人間も間引かなければ理想の世界にはならない。これが彼らの教義みたいなものだ」
そう話したユリアの口元は、珈琲以外の苦さで歪んでいた。
ウツラウツラしているマロウを、ソファーに横たえると、彼女は一度、教会本部のある文京区へ移動した。亡くなった神父の資料を集め、上野署に提出しなければならない。
本来なら大部分を電子メールなどで送信できるのであるが、本部への詳細連絡を行う必要があった。更に訪問先の上野署において、情報収集も必須作業だった。
「やっと、シャワーと着替えが出来たな」
教会本部では、ユリアの様な
「これはこれは、シスター・ユリア。毎日ご苦労様です」
日本人神父の現在最高位は、東京教区の大司教である。現在の大司教は、その高い地位に就くだけあり、相応の野心家だ。枢機卿昇進を狙って、様々な活動を行っている。
大司教は各地の教区の責任者で、フランチャイズの店長の様な役割を担っていた。フランチャイズは寄進などの利益を取りまとめ、割り当てられた金額を本国へ送金する。
集めた金の使い道を決めるのが、本社役員である枢機卿だ。大司教も相当な権力者だが、大量の資金を使う事ができる枢機卿には敵わない。ユリアたち調査員は、本社役員から派遣された
ユリアに声をかけた白髪の神父は、その大司教の腰巾着である。恐らくユリアに対する監視役も兼ねているのだろう。本国から来た調査員に厚遇を与えるが、情報を搾り取る事も忘れない。教会とは信仰以外で何が昇進の糸口になるのか分からない、鵺の住処の様な世界だった。
「毎日の様に血生臭い事件が起きていますな。シスターも、お気を付けください」
「そうですね。必要書類の手配をありがとうございました」
「いやいや。書類提出なら私どもで行いますのに、シスターの御手を煩わせて申し訳ありません。何か、お手伝いできる事はありませんか?」
ユリアの顔を覗き込むように話す神父。彼女は肩を竦めた。
「大切な同胞を一人失ってしまいました。これ以上、東京教区の方々に迷惑をおかけする訳には行きません」
「彼は気の毒な事をしました。信仰心の篤い、良い男でした」
白髪の神父は胸の前で小さく十字を切った。それから耳打ちするように、こっそりと話し始めた。
「日本だけではなく、世界中で調査員の方が飛び回っているようですね。調査内容を教えて頂ければ、微力ながらお手伝いできると思うのですが?」
「私がお話しできるのは、本部から通達された事柄のみです。詳しい事は大司教様に、お尋ね下さい」
ユリアはニコリと微笑むと、白髪の神父を置いて大司教館を後にした。
「細かく探りを入れて来る。仮に天使の事を知っても、
当然、対処できなければ事件には見て見ぬ振りだろう。しかし喰い込める何かがあれば、出しゃばってくるに違いない。彼女は舌打ちをしながら、上野署に向かった。
「わざわざ書類を持参いただき、ありがとうございます」
警察署に入り必要書類を提出すると、しばらく受付近くの椅子で待たされた。疲れ切った表情のヤマさんが、階段を降りて来る。促されて庁舎を二人で出ると、近所の喫茶店に入った。
「珈琲で宜しいですか?」
彼女が頷くと、ホット二つとカレーライス一つね。と注文を入れた。
「スイマセンねぇ。仏さんが多すぎて、この時間に朝飯も食べていないんですよ」
現在の時間は午後二時を過ぎている。本当に彼は激務の間を縫って、彼女との為に時間を割いてくれている事に気が付いた。
「申し訳ない。もう一つカレーを貰って良いですか? 考えてみれば私も、昨夜から何も食べていなかった」
ヤマさんは微笑んで、カレーライスも二つ注文した。
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