第6話 信頼を深める食事会


哎呀アイヤー、礼さん良く来たね!」


 静かな住宅街の深夜。その片隅に黄の店はある。目立たない外観で、ちょっと大きめの一般住宅にしか見えない。一見客は見つける事さえ難しそうな店だった。中に入ると狭い店内は、ほとんど満席である。

 忙しく立ち働くオープンキッチンの中から、体格の良い坊主頭の男が愛想の良い声をあげた。


「貴方は、いつもモテルね! 今日は美女を二人も連れているよ」

 礼は鼻の付け根に皺を寄せて、黄を睨んだ。

「女装趣味の変態と尼さんだよ。急に連絡を入れて悪かったな」

「どんな子でも美人さんは、地球の宝ね。そんな宝物が今、二人もウチの店にいるなんてラッキーよ」

 マスター私は? と他の席の客から声がかかる。黄は大げさに笑い声をあげた。

「哎呀、三人だった。さぁさぁ、こちらの席へ。狭くて御免ね」


 マロウからの連絡を受けて混雑している座席から、無理矢理空席を絞り出したのだろう。明らかに急ごしらえの食卓に、三人は座った。シスターが食べられないものが無いことを伝えると、黄は腕まくりをして微笑んだ。

「二人は、いつもと同じで良いね。美味しい物を作るから、待っててよ!」


 礼とユリアはビールを持ち、マロウはコップに入った水で乾杯する。始めに運ばれてきたのは、丸鶏の塩蒸し焼きだった。

 丸鶏が半身、骨ごとぶつ切りになっているため、見た目が少しグロテスクである。恐る恐るユリアが口にした。

「旨いな!」

 強めの塩味と中国風の香辛料が良く効いた、冷製の鶏肉だった。ビールに凄く合う。

「小骨が残っているから、気を付けろよ」

 そう注意する礼は、太い骨ごとバリバリと噛み砕いて飲み込んでいた。喉に骨が刺さらないのだろうか? 人狼だから大丈夫なのか、面倒臭がりなのかは良く分からない。


 次に出たピータン(アヒルの卵を発酵させたもの)と自家製叉焼チャーシューが出る頃には、二人はビールから紹興酒に飲み物を切り替えていた。マロウは別メニューで赤いゼリーを食べてニコニコしている。

「君は、肉や卵は苦手なのか?」

「うーん。美味しいのは分かるけど、食べても栄養にならないみたい。だからこれを良く飲むかな」

「そのコップに入っているのは、水じゃないのか?」

「うん、中国のお酒だよ。呑んでみる?」

 シスターはコップを渡された。エチレン香が強い。礼が目を細める。


「シスター、無理するな。そいつは悪魔の飲み物だ」

「毒なのか?」

「そうでは無いが白酒バイジュウといって、アルコールが滅茶苦茶に高い。奴は吸血鬼だから、エネルギーとして血の代わりにアルコールを摂る」

「もしかして、その赤いゼリーは……」

「うん。猪血湯ジュウシェタンていう、豚の血の寒天寄せだよ。別に僕専用って訳じゃなくて、中国では普通の食べ物。飲みすぎちゃったせいか、生き血を呑むと僕、アレルギー反応が出ちゃうんだよね」

 気持ち悪かったかな? ユリアの顔を見て、マロウは寂しそうな微笑みを浮かべた。


「いや、私が勉強不足なだけだ。申し訳ないが寡聞にして、知らなかった。今から勉強させて貰ってもいいだろうか?」

 シスターは猪血湯を一切れ口に入れると、それを白酒で流し込んだ。余りのアルコール度数に、咽ながらも吐き出さずに飲み込む。暫くしてマロウに微笑んだ。

「思ったより生臭くない。白酒との相性も良い」

 それを聞いたマロウは、オープンキッチンに飛び込んだ。白い陶器に赤いラベルの酒瓶を手に戻ってくる。

「これ吞んでみて! 凄く美味しいから」


「マロウ君、勝手に店の茅台酒(白酒の一種)、持ち出したら困るよ。それ高いのだから」

 黄が眉を顰めて、吸血鬼を追いかけてきた。手には次の料理の乗った皿を抱えている。

「黄さん、シスターが猪血湯も白酒も美味しいって! 気持ち悪くも臭くもないって!」

「哎呀、そいつは聞き捨てならないね」

 黄は海老の酒蒸しの皿を置くと、小さなガラスの盃を四つ持ち出した。それぞれに茅台酒を注ぐと、三人に配り、自分も残りの盃を取った。

「礼さんとマロウ君の新しい友達の為に。皆さんの健康を祈って。お嬢さんは無理しないで、ゆっくり吞んでね」


 乾杯ガンペイ


 三人は盃を打ち合わせると、酒精を一気に吞み干した。それを見たユリアも一拍遅れて、盃を干す。強烈な香りと刺激が、喉から鼻に向けて爆発した。激しく咳き込む。呼吸が落ち着いた所で、心配して見つめるマロウに親指を立て、サムアップした。

好好ハオハオ! 貴方見込みあるね。このお酒は海老の酒蒸しにも良く合うよ。試してみて!」


 ユリアはどうやら無事に、彼らの仲間入りを果たす事が出来たようであった。

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