第5話 殺人犯の正体
ブルーバード探偵社を訪れて、二日後、契約期間を一日残した段階で、シスターは件の中古ソファーに腰掛けて居た。
「中間報告はRINEで構わなかったんだが」
「俺は古い人間でね。どうもITと肌が合わない。報告は対面と決めているんだ」
礼は封筒を投げ出した。ユリアは中身を確認して、碧い目を見開いた。そこには詳細な犯人の身上書と、現在の滞在先が書かれていたのである。
「山口俊彦。三十八歳、独身。半年前まで上野にある小さな食品会社に勤務。下手クソな中国語で、貿易業務についていた」
「日本の警察にも分からないことを、こんなに短期間で…… どうやって調べたんだ」
呆然とするシスターを見て、大男は鼻を鳴らした。
「こんな事。大したことじゃ無い。調査方法? そんなもん企業ひみ……」
「今回、礼は凄く頑張ったんだよ!」
マロウは喰い気味に、礼の言葉を遮った。
「打ち合わせの後、すぐに現場に行って調査を始めたんだ。それから二日間、ほとんど寝ていないんだよ」
「どうしてそんなに力を入れて……」
「
大男は興奮する吸血鬼の口を塞ぎ、シスターから引き剥がした。心持ち礼の顔が赤くなっていた。
「お前、喋りすぎだ。それから山口は現在、御徒町にあるユグドラシル同盟日本支社のビルに滞在しているはずだ」
「
「このビルに関する調査は、まだ行っていない。面倒な所なのか?」
「ここからはこちらの仕事だ。迅速な調査、感謝する」
ユリアが目礼した所で、マロウは礼の腕から抜け出した。
「ぷはっ! 礼は寝てないだけじゃなくて、ご飯を食べる時間だってほとんど取ってないんだよ! 本当なら明日報告して、一日分の経費をシッカリ取る筈だったのに。資料がまとまった時点で、シスターに連絡を入れちゃうし」
「うるせえ、黙ってろ!」
狼男と吸血鬼はシスターの前で、盛大に内輪揉めを始める。ワチャワチャしている二人を尻目に、ユリアは書類をタブレット端末で撮影した。画像の取り込みが終わると、書類を封筒に仕舞いクールに立ち上がる。掘っ立て小屋を出るために扉に手をかけた。その時、思い出したように、振り返った。
「どうして一日早く報告をくれたんだ? 手取りの報酬が減るだろう」
「人の命が掛かっているからって! 一時間でも早ければ、それだけ被害が少なくなるからって!」
「お前、本当にやめてくれ!」
泣きそうな表情の礼は、マロウをソファーに抑えつけた。クッションを吸血鬼の顔に押し付けて、声を出せないようにする。一瞬の静寂。
グー
大男の腹の虫が悲鳴を上げた。シスターは下を向いて、肩を震わせる。きっと笑い顔を見せては、礼に失礼だと考えたのだろう。呼吸が整ってから、顔を上げ口を開いた。
「少し時間は遅いが、夕食を一緒にどうだろう。良い仕事への報酬として、ご馳走させて貰いたい」
「わーい。奢りだって! 礼、頑張って良かったねぇ」
マロウは両手を上げて、その場で飛び跳ねる。大男は不貞腐れて、デスクに座り込んだ。
「誘っておいて悪いが、店を選んでもらえないだろうか? 私はこの辺りの地理に暗いし、君達が何を食べられるか分からないんだ」
オンボロエレベーターで地上に降りたシスターが、礼達に話しかける。怪異ハンターである彼女は、人外の種類ごとに禁忌がある事を知っていた。生活習慣や食べ物など、多岐に渡るルールが存在する。
「シスターは食べられない物はあるの?」
「特には無い」
「今の時間だったら
ユリアは肩を竦めて肯定する。マロウはスマホを取り出すと、どこかに連絡を入れ始めた。短いやり取りの後、二人に席が確保できたことを報告する。
「それではこの格好では、周りに迷惑かな」
ユリアは
どう見ても観光で、この街に来ている外国人にしか見えない。ポカンとしている二人を見て、シスターは苦笑した。
「規則で修道服を着ているが、尾行や調査には目立ちすぎる。ちょっとした変装だと思ってくれれば良い。せっかくの食事の最中に、悪目立ちすると悪いからな」
そんな訳で、三人は不忍通りの小径にひっそりと建っている、中国料理店に入って行った。
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