第4話 依頼完了



 掘っ立て小屋には似つかわしく無い、珈琲の素晴らしい香り。インスタントではなく、マロウが豆を挽く所から始めた本物だ。その珈琲を前に、三人の打ち合わせが続いた。

「今日の現場では、画像が手に入らなかったんだね。じゃあ、この写真は?」

「前回の現場の写真になる。今回と同一人物である事は確認している」

「何で分かったの?」


 シスターはポシェットからタブレットを取り出した。そこには鉤裂きだらけの勤め人が写っている。

「スナック周辺の画像だ。時間的に見て恐らく、彼が関わっている」

「警察では画像データは撮れなかったんでしょう? どうして分かるの」

「現場付近に信者の自宅があった。そこの防犯カメラに残っていたデータになる。我々が確認した後、カメラのデータは消去した」

「? それならこの事も、警察に教えてあげて良かったんじゃ無い」

 マロウの問いにシスターは、どう答えて良いか躊躇する。


 それまで腕を組んで、一言も口を開かなかった礼がタブレットを手に取った。

「クライアントには、クライアントの事情がある。俺達の仕事は、このイカレた男を見つけ出すことだ。その仕事に、お前の質問は必要ではない。詮索無用だ」

 ユリアはホッとした表情を浮かべ、大男の顔を見た。それから苦笑を浮かべる。

「礼主水にマロウ、ブルーバード探偵社か。随分とハードボイルド好きなんだな。私はチャンドラーよりは、ロバート・B・パーカー派なのだが」


 礼は鼻を鳴らすと、つまらなそうに横を向いた。マロウは目をパチクリとさせる。

「シスターは、何でも良く知っているんだねぇ。僕達と事務所の名前は初代の所長が付けてくれたんだ」

「マロウ!」

 大きくは無いがハッキリとした声で、大男が会話を制止した。

「そいつも必要の無い情報だ」



 それから料金説明など、ビジネスライクな会話が続く。礼達は日没から夜明け前まで、この調査に専従することになった。収穫が無くとも三日後に一度契約を閉め、経過報告を行なう事とする。

 これまでの打合せ要点を、マロウがパソコンに入力してプリントアウトした。シスターが内容を確認してサインを行い、連絡用のRINEアドレスを交換した所で、今回の打合せは終了する。

 

「では連絡を待っている。こちらから追加で送れる情報があれば、随時連絡する」

 ビルの屋上から見る空は、もう青みがかっている。掘っ立て小屋の扉を開くと、シスターは音もなくビルの陰へと姿を消した。



 翌日、朝から上野警察署は大騒ぎだった。それはそうだろう。男女合わせて五名が死亡、犯人は未確認で調査中となれば、近隣住人の不安を抑えることはできない。。

 勢い捜査本部は、被害者の数や犯人の情報は公表する事が出来ず、マスコミとも紳士協定で事件の全容発表を控える事態となった。


「お、ヤマさん、何かネタは無いんですか?」

 タブロイド紙の記者が、ベテラン調査員に声をかける。昨晩から徹夜で事務処理を行い、やっと一息つきに庁舎から出た所であった。いつも疲れたように見える中年男だが、疲れ具合が三割増となっている。

「箝口令が出ているでしょう。話すことなんか何もありませんよ。全くご苦労様ですね」

「そこを何とか!」


 記者は煙草の箱をヤマさんに勧める。手を出しかけた彼は、ため息を付いて箱を押しやった。

「せっかく禁煙が続いているのですから、誘惑しないでくださいな。こんな所で吸ったら、また総務に大目玉ですよ」

「署内の雰囲気がいつもと違いますよね。ヤマさんみたいな古株でも、本当に何も知らないんですか?」

「刑事なんて因果な仕事を勤めて長いんですが、こんな事は初めてです。上野に外国人の数が増えて大分経ちましたが、これが世界標準という奴なんですかねぇ? 人死にが多過ぎます」

 疲れ切った刑事は、ションボリと肩を竦めた。


「でもねぇ。こんなにマルタイはんにんの足取りが掴めないなんて、今まで無かったんですよ。深夜とは言え、ここは上野ですよ? 目撃者が出ないって、どう言う事なのですかねぇ?」

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