第7話 シスターの闇
人狼の忠告にも関わらず、ユリアはハイペースで白酒を呑み続けた。次第に座り始める彼女の眼。
「シスターは、お酒が強いんだねぇ」
「そうかな? 酔わせて何かしようとする神父たちは、大抵返り討ちにしたが。それより君は、全く変わっていないじゃないか」
「僕は吸血鬼だから、アルコールが効かないのかも」
「そう言えば、どうして女装しているんだ。趣味なのか?」
酔いの回ったシスターの無遠慮な物言いに、苦笑いするマロウ。礼が黄と話し込んでいるのを確認して、ユリアに耳打ちする。
「最近、浮気調査ばかりで、礼が拗ねてるって言ったでしょう?」
「そうだったかな」
「浮気調査を依頼する女の人って、対象者の男と別れたいっていう人が一定数いるんだ」
「まぁ、そうだろうな」
「僕の女装した見た目は、そういう駄目な男の人に評判が良いみたいで……」
ごにょごにょ
マロウから説明を受けたシスターは、無言で立ち上がる。トイレにでも行くのかと席をずらせた礼の頭頂部を、ユリアは無造作に空手の手刀である『鉄槌』で打ち抜いた。大男の顎が、頑丈な食卓に叩きつけられる。
「な、何をしやがる!」
「それはこっちのセリフよ! あんな可愛い子に『美人局』させて、どうするの!」
詳細は、こうである。
礼たちが浮気調査を行う際、その一定の割合の顧客に対して特別サービスが存在した。ストーカー化した男性から、女性が逃げ出すことのサポート業務である。
ヒモやDV常習者のクズ男の悪行をガッチリ掴んだ後、マロウは彼らの周りをうろつく。すると十中八九、クズ男は一緒にいた女性から、マロウへ乗り換えようとするのであった。
クズ男は執着していた女と別れるために、今まで渋っていた法外な慰謝料をあっさりと支払う。
晴れてマロウと新しい人生を歩もうとするグズ男。しかしそこで、マロウが男であることを告白する。そこで案件は終了となる。クズ男が元の彼女の所に戻ろうにも、いつの間にか住所や携帯番号を変え、連絡すら取れない。
「大抵は、そこで諦めてくれるんだけどねぇ」
ごく稀にマロウが男でも構わないという、真正変態のクズ男が現れる。そこに礼が登場するのであった。
「俺の弟に、何という格好をさせているんだ!」
マロウの女装をクズ男の強制であると決めつけ、徹底的に締め付ける。興信所業界でも評判の悪い、『別れさせ屋』の業務内容であった。
「ユリアには関係無いだろう!」
突然の暴力に腹を立てた人狼は、シスターの称号を省略して彼女を睨みつける。
「ジュ―リア。私の名前はジュリアですぅ!」
「お前、自分でユリアと言ってたよな?」
「イタリア語の読みはジュリア、ラテン語だとユリアになるんですぅ。バチカン市国は公式の場ではラテン語を使うから、ユリアになるけど、私はジュリアと呼ばれている時間が長かったんですぅ! 肩が凝るラテン語で私を呼ばないで下さいー」
雌の大虎となったシスターは、ネチネチと礼に因縁を付け始めた。いつの間にか要領良く、黄とマロウは姿を消している。完全に酔っ払いを押し付けられる破目になった、大男は溜め息を付く。
「仮にも聖職者が、絡み酒ってどうなんだ?」
「何が聖職者よ! 知ってる? カソリックの男尊女卑って、物凄いんだから」
「どういう事だ?」
「女性は司祭にだって、なるのが難しいのよ。私より仕事の出来ない、モテないから結婚してないだけが取り柄の、無能な神父からどんどん偉くなるんだから」
「司祭って偉いのか?」
「偉くないわよ! 一般の会社で言ったら係長~課長みたいなもんよ。取締役クラスの大司教や枢機卿に、女性が一人も居ないなんて、どんなブラック組織なのよ!」
その他にも、修道女の身分は不安定だとか、仕事はボランティアばかりで収入が低いだとか、不満が塊になって彼女の口から吐き出される。
「そうか、シスターも大変なんだな。俺たちは仮にも探偵稼業で、喰っていける事に感謝しなくちゃな」
「美人局の男役が、なに分かったような事、言ってんのよ」
もう会話として成立していない。ユリアはコップ一杯の白酒(!)を一息で呑み干すと、礼には分からない言葉で何かを呟いた。それからゴトンという音をたてて、食卓に突っ伏したのである。
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