第5話 初恋


ああ、気が付いてみればつい、自分の事ばかり話しちつまつたやうですな。


普段から黙々と書いているものだから


思うところは書いちまう


人と話しても変わらない


悪い癖です



少しだけ


そう少しだけ


貴方の事も気になってきたと言ったら


笑いますか



……えっ?奇遇ですねって



僕は沢山もうお話ししたではありませんか?



この頭のネジが何かなんて



野暮な事は聞かないで下さいよ



そりゃあ僕ににも皆目検討もつかない代物なんですから



相手を知りたいと思った頃には



恋が始まっちまう



そんな気がしましてね




……恋と言えば初恋でしょうって?




そりゃあそうですな



他に並ぶものはありませんからねぇ



こりゃあ参った



そのお題には。



観念して……黙々とネジを探すよりマシと言う事にしませうか……



ちょいと月明かりが綺麗だから



ほんの少しなら……ねぇ





僕は昔から駄目な人間でしてね



別に人様と優劣がそこまで付くような歳でもなしに



根暗な性格で希死念慮……


つまり意味のない事を考えて漠然と死にたがる事なんですがね



今思えば……ちょいと思考の追求が過ぎていたのですよ



そんなものを何時も持っていたのです



しかし、今思えば



それすら神様の悪戯で



僕には通らなくてはならない人生だったと今頃、実感しておるのです



実はねぇ……僕は初めて愛した人と心中を計ったのですよ



僕は首を吊って、彼女はその後睡眠薬を飲んで付いてくる手筈でした。



……大丈夫だったのかって?



勿論、互いに無事だったからこうしてお喋り出来るのです



彼女は慌てて僕を助けましたよ



僕の理由のない悲壮感が一番の理由だったでせうねぇ



後になって分かればそんな事と言えるのに



その時は若くてただの苦しみでしかないのですよ



そんなものから逃亡しようとしたのです



僕を助けようとして失敗した、入院送りになった彼女が言うのですよ



「どうせ私も貴方のシナリオの中だった」



って……



強烈に刺さりましたよ、あの言葉は



僕はそんな気など全くなかったのだから



日々、普通よりせわしなく働き……帰れば物書きをしていたもので



今思えば、最後に時間さえ作らなかった僕に



皮肉の一つでも言いたかったのでせうな



けれどね、別れる別れないの泥沼の末に、



彼女……大きなプレゼントを残していってくれたのですよ



今思えば彼女から貰った愛は



たったその為にあったような気がしましてね



「貴方が強くなったら会いましょう。それまで会いません。

死ぬだなんて許さない。1%の希望を持ってそれだけを信じて……生きて下さい。」



そんな無理難題を最後に押し付けて消えたのですよ。



……会いに行ったかって?



いいや、行けませんでした。



態とそう言ったのは「さようなら」だったのですよ



だってねぇ、一体誰が自分は強くなったかなんて分かりますか?



無理は出来ても自然な強さとは違うと思いませんか?



とことん弱って、そんな弱った僕も隠さずに途方に暮れて過ごしていたら



ある日友人が僕に言ったのですよ



「お前の弱さはまるで盾だ。その弱さが強すぎる」



意味……分かりますか?



つまるところの、弱さを明から様にぶら下げて生きている奴なんていないのですよ



大概、人は大小少なかれ見栄を張り、そこに弱点が生まれる



でもそれが全くないから弱点すら見えないと言うのですよ



それに気付いた頃には彼女と別れて一年間以上が過ぎ……僕は迎えに行きませんでした



死んだようにどうでもいい毎日を生き、倒れても構わないほど働いていていました



死ななかったのはたった1%の希望を捨てられなかったからでせうな



それがねぇ……奇跡を起こすのですよ



人生は実に面白く理解不能にできている……それが味だと気付くのですがねぇ



今……大切な人は……僕と何があっても心中しようなんて言わないと分かるのですよ



出会って直ぐ僕に言ったのです



死にかけの何にもない僕に



「共に生きましょう」



……そのたった一言が、生命力に溢れ輝いて見えた



共に死にたがる奴なんてざらにいても



結局怖くなって心中すら出来ずに瀬戸際で逃げるのですよ



でもその人だけが違った



だから選んだのですよ



ずっとそれまで誰の手も取らなかったのに



久しぶりに取った人の手は……温かかった



何も感じられずにいたのが噓のやうにね



それから十数年……何も変わらず



それで良かったと思っているのです



あの心中騒ぎがなきゃあ



今……きっとその愛にも辿り着かなかった筈なのですよ



だからねぇ……



生きているだけで、不思議とこの曖昧な人生が嫌いになれんのですよ



貴方とこうして会えたのも



後、何年後かに答えが分かるかもし知れませんねぇ




……今、分かればいいのに?




あはは……そりゃあ余りにもせっかちな愛ですなぁ



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