五膳目:六月某日(水)最後のお味噌

「これで、最後ね」



 嗚呼。

 ついに、来た。

 これで、本当に最後、なんだ――





 我が家は、毎年春に自家製味噌を手造りしている。

 もう、何十年になるだろうか。

 自分が嫁いで来た時にはすでにこの自家製味噌が常備されていたので、うちの寝ぼすけ坊主は生まれた時からこの味噌の味が基本ベースとなっている。

 我が家の味噌汁の味、いわゆるおふくろの味といえば、この味なのだろう。


 しかし、それももうすぐ終わる。

 自家製味噌は、毎年連れ合いのジジババが作っているのだが、高齢のため今年の春についに『味噌作り終了宣言』が出されたのだ。

 自分も昔、味噌作りを手伝ったことがあるが、物凄い豆の量を使って仕込むため、かなりの重労働となる。


 大豆の炊き上げに、すりつぶし。

 量がかさばるため、ガスコンロは豆の大群に占拠され、すりつぶしのためのミキサー音でリビングは大騒ぎになる。

 それを早朝から繰り広げられるため、リビングでゆっくり過ごしたい連れ合いは、毎年のようにジジババにぶつくさ文句をつけていた。


 自家製味噌なので、仕込んでから半年は寝かせる必要があり、さらに味もそれほど均一ではない。

 そのため、床下の味噌樽から取り出すたびに味に微妙な違いが出てきてしまい、毎回味噌汁を作る時は微調整が必要になってしまう。



 それでも、あの大豆をじっくりと炊き上げる時に感じられる、芳ばしくもふんわりと鼻の奥まで包み込まれるような香りを体感できる時間が、大好きだった。

 炊きたての余った大豆をそのまま口に放り込むと、豆本来の味わいを舌の奥全体まで感じ取ることができ、ついつい箸が止まらなくなるのも毎度のことだった。

 しかし、今年の春は、それをついに体験できなくなってしまった。



 あと一タッパ分。それで、終わり。

 これからは、近所のスーパーで新しい味噌を探さなければならない。

 家族全員、特に、もうずっとこの味噌味で育ってきた我が家の寝ぼすけ坊主の口に合うものを、上手く見つけられるだろうか。

 かなりの難題になると予想している。



 兎にも角にも、自家製味噌を最後の最後まで味わい尽くそう。

 明日のお味噌汁は、わかめとジャガイモを投入予定。

 寝ぼすけ坊主の一番好みの具材だ。

 この味噌汁の香りもきっと、記憶を書き留めるキーとなるだろう。




「――、おはよう! ご飯ですよ。」



 明日も元気に、いってらっしゃい。

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