3.はじめてのプレゼント

 予想通り、おれたち家族は翌日の朝に出発することにした。


 ノーザン王国を目的地とした旅が始まるんだ。

 と言っても、父さんも母さんもおれが生まれるより前にノーザンの王都には立ち寄ったことがあるから、【瞬間移動テレポート】の魔法ですぐに行けちゃうんだけどさ。一分もかからない旅になりそうだ。


 今日は朝からいい天気だった。

 さわやかな青空と、ほんの少しの雲。太陽の光はぽかぽかとあたたかい。


「ひとがたくさんいるから、迷子にならないようにアサギは僕と手をつなごうか」


 雑多に行き交う通りにつっ立ったままのおれに、シルはそう言って手を握ってくれた。


 ちなみにおれたちはまだノーザンに入国さえしていない。ジェパーグの王都ツクヨミに来ていた。


 賢王さまの手紙を長い間放置していたという事実が発覚した以上、協力する側とはいえ手ぶらで訪問しては失礼にあたる。

 父さんはそう言いだして、とりあえずなにかお土産を買うことにした。そして今は母さんと二人で選びに行っている。


 王さま相手になにを買っても機嫌が直ることはないと、おれは思う。けど、なにもしないよりはマシだろう。

 まだ子どものおれが賢王さまの喜びそうな品なんて想像さえつかない。だから父さんと母さんの邪魔にならないように、こうしてシルと二人で通りの露店を見てまわっていた。


「それにしても、今日は特にひとが多いね」


 王都の市場にはいつも買い物に来るけど、いつもの倍以上いるんじゃないかな。


「そうそう。シェダルの話によると、今日は年に一度のお祭りなんだって」

「そっか。お祭りの時はお城にいる帝も姿をお見せするし、だから賑わってるのかな」


 あたりを見回してみると、違いは明らかだった。

 露店の種類もたくさんあるし、お店のひとも声を張り上げて元気いっぱいだ。魚屋さんだけじゃなくて、薬草をならべてるお店や焼きもののお店なんかも。


「ジェパーグのお祭りは有名だからね。この日だけは他国から見に来るひとも多いって聞くよ」

「ふぅん。……ねえ、シル。あっちのお店見てみようよ。ほら楽器が売ってる」


 右から左状態でシルの話を聞き流していたら、ふと焼きものを扱っているお店でふと目にとまった。


 てのひらサイズの小さな楽器だ。いくつもの穴があいているから、指でおさえながら吹いて音を奏でるんだろう。

 海歌鳥セイレーンの部族だからかな。なぜか楽器には惹かれてしまう。どんな音がするんだろうって、気になっちゃう。


「アサギ、欲しいの?」

「欲しいけど買わないよ。お金ないもん。見てるだけ」


 完全な冷やかしだ。だけど、おれは子どもだからまだ大人は見逃してくれるだろう。

 予想通り、店番の兄ちゃんはなにも言わなかった。

 見ないフリをして、他のお客さんの相手をしていた。


「僕が買ってあげようか?」


 完全に不意を突かれて、危うく楽器を取り落としそうになった。。

 驚きのあまり、一瞬だけ周囲の音がやんだような錯覚がした。


「――え?」


 ゆっくりとシルを見上げる。彼はおれにやわらかく微笑みかけてくれた。


「アサギはワガママをなにも言わずに、いつも頑張ってシェダルやユークを支えているから。だから、今日は特別。僕がご褒美をあげるよ」

「でも、いいの……?」

「そんなに高い買い物ではないし、ちゃんと手持ちならあるから大丈夫。ちょっと待っててね」


 こういう時、シルも大人なんだなと実感する。いつもおれの後ろについてきて、どっちかというと頼りない雰囲気でにこにこ笑ってるから。


 おれの手は離さないようにして、シルは店番の兄ちゃんに石を手渡した。

 黒くてキラキラした、きれいな石だった。


「これで買いたいのだけど、間に合うかな?」


 緩やかな動きで首を傾げるシルに、兄ちゃんは目を見開いた。固まって、ふるえる手で石を受け取って、まるで壊れたおもちゃみたいにぶんぶんと首を縦に振っていた。

 尋常ではない動きだ。

 一体、どうしちゃったんだろう。


「はい、アサギ。僕からのプレゼント」


 シルは兄ちゃんの反応には目をくれずに、楽器が入った紙袋を手渡してくれた。たぶん、あんまり気にしていなかったんだと思う。


 だけど、おれはなぜか気になってしまっていた。どうして兄ちゃんはあの黒い石を見ただけでふるえ上がったんだろう。あの石はなんだったんだろうって。

 今思えば、この時からおれの中で警鐘が鳴り響いていたんだ。


「ありがと、シル」


 それでもおれは、心底欲しくてたまらなかった小さな楽器を手にして舞い上がってしまっていた。

 早く楽器を取り出して、感触を確かめて。それからどんな音が出るか聞いてみたい、と期待に胸を高鳴らせていた。

 だから警告をあえて無視して、もやもやとした違和感を無理やり奥へ押しやってしまったんだ。

 


 その選択を、後で激しく後悔することになるとも知らずに――。

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