4.運命を引き寄せることは、人だけに許された権利

「母さんとシルが出会ったのは、運命だったんでしょう?」


 片手で紙袋を抱えたまま他の露店を見て回ってる時に、おれはふと思いついて聞いてみた。

 目をまばたかせて、不思議そうにシルは首を傾げる。


「運命……?」

「カイを助けるために一生懸命頑張ってた母さんと助ける力を持っていたシルが出会ったから、封印を解くことができた。父さんも母さんもそう言ってたよ」


 おれが生まれるより前、十年前にシルと母さんは出会った。


 当時母さんは国を出て海竜のカイを助けるために手を尽くして手がかりを探していたけど行き詰っていて。そんな時に偶然、ある図書館でシルと出会って友人になったらしい。

 シルに出会っていなければ自分が協力してもカイを助けることなど到底無理な話だった、と後から父さんは語っていた。

 それだけ銀竜としてのシルの力は大きいんだと思う。


「運命なんかじゃないよ。そうだね、あれはユークが頑張ってなんとかしようとして、運命を引き寄せたんじゃないかな」


 首を横に振って、シルは伏し目がちにそう言った。


 言ってることがよく分からない。ちんぷんかんぷんだった。

 運命の出逢いでなく、母さんが運命を引き寄せた……?


「それって、どういうこと? シルは運命を信じてないの?」


 銀竜なのに。銀竜って、運命と時を司っているんじゃなかったっけ。


「信じていないわけじゃないんだよ。ただ、それは人族だけに許された権利なんだ」

「人だけに?」


 重ねて聞くと、穏やかな笑みでシルは頷いた。


「そう。だからユークは色んな人、特にシェダルを巻き込んで海竜を無事に救い出すことができたんだ。これは、いにしえの竜や精霊にはできないことなんだよ」


 手を離して、彼はしゃがみ込んだ。片膝を折り、おれの両肩に手を添える。


「いつか、アサギにもなにかの壁にぶつかって、これ以上はどうしようもないと思える時がきっとくるだろう。その時はユークと同じように、あきらめずにできることから頑張ってごらん。そうすればきっと、アサギも運命を引き寄せることができるよ」


 おれも、母さんのように? できるかなぁ。そりゃ簡単にあきらめたくはないけど、たった一人で立ち向かうだなんて。


 そんなおれの心を見透かしたように、シルはにっこりと笑った。


「大丈夫。きみは精霊に愛される魂をもった子だから、周りの精霊はきみの味方だ」

「じゃあ、そうなった時、おれがシルを頼ったら助けてくれる?」


 穏やかな青い両目をじっと見て尋ねると、彼はにっこりと微笑んだ。


「もちろん。アサギが求めるなら、僕は銀竜として力になるよ」


 よかった。シルがそばにいて味方になってくれるなら、力強いや。


 ホッとして胸をなで下ろす。

 さっきからもやもやと不安な気持ちが胸の奥でくすぶっていたから、落ち着かなかったんだ。


「父さんと母さん、まだかなぁ。もうそろそろ買い物終わってもいい頃だと思うんだけど」


 紙袋を片手で抱えたまま、空いている方の手で頭上をかざしてあたりを見回す。どこもひとばっかりでよく見えないや。


「そうだねぇ。僕としても、早く出発したいんだけどな」


 のんびり頷きながら、シルは立ち上がったようだった。

 その時だった。


『アサギ!』


 精霊の声だった。聞き覚えのある、風の精霊の声。シルフだ。


「何、どうしたの」

『アサギ、ハナレロ! キケン!』

「え?」


 耳元で騒ぎ始める精霊たち。その数はどんどん増えていって、耳障りなほど声も大きくなっていく。


『キケン! キケン! キケン!』

『ハナレロ! ハナレロ! ハナレロ! ハナレロ!』


 こんなこと初めてだった。

 いつもおれの周りにいる精霊たちは穏やかに遊んでいるっていうのに、どうしたんだろう。

 なにが危険なんだ。離れろって、一体どこから……?


「どうしたの、アサギ。ほら、ユークとシェダルがこっちにくるよ」


 シルの視線を追うと、店から出てきたらしい父さんと母さんが小さく見えた。


 良かった。これで合流できる。

 みんなで固まっていたら、きっと精霊たちの警告だってじきにやむだろう。


「父さん、母さん! こっちだよー!」


 声を張り上げたら、二人は気づいたみたいだった。ぶんぶんと手を振って、自分の存在をアピールする。


 嬉しそうに笑って母さんは手を振り返してくれた。

 父さんもその隣で優しく微笑んでくれた。でもそれは少しの間だけだった。

 笑っていた父さんの顔が一変して、突然、目を見開いて叫んだんだ。


「アサギ、後ろだ――!!」


 一瞬だけ、時が止まった。


「……うぐっ!」


 なんの前ぶれもなく、後ろから口を塞がれた。


 身体に回される見知らぬひとの腕は強くて、もがいてもびくともしない。

 覆われた口元からは薬の匂いがした。しだいに、なすすべもなく身体から力が抜けていく。


「アサギを離せ! この子に何をする気だ!」


 いつものシルらしくない、荒い声だった。周囲からは絹を裂くような悲鳴がいくつも聞こえてくる。


「大人しくしてもらおうか、銀竜。この子どもの命が惜しいのならな」

「……!」


 青い両目が、今にも泣き出しそうに揺れている。


 そんな顔をしないでよ、シル。何があったって、いつも笑っているのに。


 ああ、もうだめだ。

 視界が暗くなってきた。

 まぶたが重い。もう開けていられなかった。


 おれはこの後シルがどうなったのか知ることなく、そのまま誰かも分からない腕の中で意識を手放したのだった。

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