Lesson14. 高橋くんはいつもかっこいい。

 高橋くんの家は石造りの門のところに音符模様だけ印字された小さなチャイムがケーブル丸出しで後付けされており、いつもは高橋くんも一緒だから使うことはめずらしく、慣れない指さきで押してみたが、カチッとまぬけな機械音が鳴っただけで、ユニット工法特有の無個性な家はみんな死んだんじゃないかというぐらいひっそりしている。もう一回押してみて、しばらく待ち、仕方なくはちみつ色のペンキが剥げた木の門戸をぎいいと薄気味悪い音を鳴らしながら開けた。壁のように平坦な扉の前でしばらく立ち尽くしていると、かららん、とかろやかにドアベルが鳴って扉が開かれた。

 顔を見せたのは、高橋くんの妹だとすぐに分かった。髪をいたんだ栗色に染めてはいるが、顔立ちは昔から変わらず、目元が高橋くんによく似ている。体格のいい家系なのか、短パンから覗く太ももはむっちりと成長しており、むきたての無花果みたいにいろっぽい。よれよれの白無地シャツの襟元から谷間がキャラメル色のほくろを伴ってあらわれ、すっととおる鎖骨のラインをみるかぎりブラジャーはしていないのか、ずいぶん隙だらけの格好だった。中学生のころは彼女が好きで、たまに遊ぶたびドキドキしていたはずが、いまは触れれば蕩けそうな唇を見てもなにも感じないのは、僕と高橋くんの関係が変わったからか。

「……新立くん、だよね?」

 妹は寝起きのようなハスキー声で言った。昔はぎこちなく敬語を使っていたはずが、いまは上手にタメ口で話す。

「高橋くん、いますか?」

 僕の言葉のほうが下手で、「は」のあたりを発声できなかった。わるい風邪でも引いたかのようにのどの奥がひりついた。彼女はゆるく笑い、毛先にウェーブのかかったねこのような髪をとがった爪の映える手ぐしで直した。

「まだ帰ってきてないよ。よかったら上がって待つ? ちょうど暇してたから」

 語尾のわずかに延びるあまったるい口調で、僕の股間が反応した。それがすごく嫌だった。サーモンの刺身みたいな舌先がてらてら唇の端におよいだのを見て、我慢ができなくなった。

「帰ります」

 未練をぶったぎるように玄関を離れた。

 いまの妹の姿に、いまの高橋くんの生活を垣間見た気がして、そのときの僕の気持ちがひどく惨めだと思った。

 下り坂を息をきらしながら走ると、いかついアメリカンバイクがこめかみの脈動みたいに圧のある低音をうならせながら向かってきた。道は狭いため、よもぎの草むらに降りて待つと、そのバイクが止まり、真っ黒いライダースーツに包まれた男がフルフェイスのヘルメットを脱いだ。いろんなことが変わってしまっても、彼は「格好いい」という一点においてのみは全く変わってなかった。

「高橋くん!」

 彼の名前を呼ぶと、無精髭の目立つ口元を子どもみたいに綻ばせた。

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