第12話
王宮の奥。近衛すら侵入が禁止されたプライベートなスペースに二つの影があった。
国王とゴードンだ。
「いやー……今回は肝が冷えました」
「そりゃ儂もじゃ。アリシア嬢は肝がすわりすぎとりゃせんか?」
「ええ。いくら
二人はヴィンテージのワインを傾けながらオリーブの実を齧っていた。
「でもまぁ、僕が引っ掻き回したお陰でセドリックの
「……ペット兼乗り物にしている時点でどうかと思うがのぅ」
「アリシア嬢ですからね」
「お主もすまんな……いつも損な役回りを押し付けて」
「いえいえ。表では馬鹿をやらせてもらえるので気楽なものです。それに、兄上たちが王位を継ぐならば王族として僕にできるのはこのくらいですから」
別人を疑われそうなほどに利発な顔をしたゴードンが、国王へと視線を向ける。
「お父様だってずいぶん損をしてるじゃないですか。宰相の恨みを買ってまでアリシア嬢をアルフレッド殿に嫁がせるなんて」
「お利口さんに育っただけのご令嬢では、色々なものを背負ったアルフレッド殿のこころを動かすことは難しい。アリシアを選んだのは間違いじゃなかったわい」
「こころを動かすというか、
自身をモデルにした耽美小説をばら撒かれた心の傷が痛んだゴードンは遠くを見て、それから頭を掻いた。
「まぁ、アリシア嬢もまんざらじゃなさそうですし、これで一件落着ですね」
「……だと良いが」
「何か不安でも?」
「……あのアリシア嬢じゃぞ? まだ何かが起こる気がせんか?」
「やめてくださいよ。僕はもうお腹いっぱいです。しばらくはお風呂屋のルアンナちゃんのところで癒されたいです」
***
「いやぁ、朝晩のアニマルテラピーは効きますね。もうお肌の調子が全然違います」
アリシアの部屋。
アリシアは巨狼から人間の姿へと転じたアルフレッドとともにリリーの淹れた紅茶を飲んでいた。
「お嬢様。ご本人を前にアニマルテラピー扱いはさすがに」
「……それはもう良いが」
「が?」
「俺も癒されたいな」
言いながら、アルフレッドがアリシアの首筋へと顔を寄せた。
「ちょっと。何をなさるんですの?」
「かぐわしい香りで癒されようと思ってな」
「匂いフェチですか?」
「ああそうだ」
肯定されてしまい、アリシアが言葉に詰まる。
「アリシアの魂の香りは、頭の芯が痺れるほどにかぐわしいからな」
「り、リリー! 止めなさい! 婚姻前の主の危機ですよ!? こんな危険な人物を──!」
良い笑顔でサムズアップするリリーだが、入口に向かっていく。
丁度ガチャリと開いたドアからエリスが中を覗こうとして、
「駄目ですよエリス様。アリシア様が食べられてしまいそうなショッキングな場面ですから絶対にお見せできません」
「エッ!? お、お姉様が……ほ、本当に!? 助けなきゃ!」
「いえいえ。アルフレッド閣下はある意味ケダモノですが紳士ですので、命の危険がある食べ方はしません」
平民たちが口にしそうな下品な比喩表現を使うが、お嬢様育ちのエリスには通じない。
それが通じるのは大衆小説を読むのが趣味のアリシアである。
「リリー! 余計なことを言わないで!」
「ですからエリス様は私と向こうにいきましょうね」
「で、ですがお姉様が! 私が意地悪をいったばっかりに……!」
「夜には姿を見せてくれるでしょうし大丈夫ですよ。歩けるかは怪しいですけど」
「ま、まさかお姉様は足を食べられちゃうの!?」
「いえいえ。そういう意味では──」
「リリ────────────ッ!」
アリシアの絶叫を背に、リリーはエリスと退室した。
残されたのは、魂の香りを堪能している狼と、がっちり捕まって身動きの取れないアリシアだけである。
「気の利く侍女だな」
「気の利かない侍女です!」
「これはもうフローライト家の総意と受け取っても──」
「フンッ」
「痛ッ! 足を踏むな足を! それピンヒールだろう!?」
「ケダモノにはこれくらいで丁度良いです!」
自由になったアリシアが睨みつければアルフレッドは苦笑いで応じた。
「……まったく思い通りになってくれないな、アリシアは」
「ええ当たり前です」
舌をちろりと出し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そう簡単に、思い通りになどなりませんからね」
【完結】公爵令嬢アリシアは思い通りになどなりません~獣人王に嫁ぐことになりましたがお馬鹿な妹や王子が馬鹿すぎるのですぐさまわからせてあげます~ 吉武 止少 @yoshitake0777
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