【三章】 相席は結婚とおんなじ

一 ネッサちゃん、ノアンちゃん、わたし、誰?

 ぞく世界せかいれき三二ねん五月七日午前ごぜん七時二十五分。

 二かいてリムジンバスが硝子がらすばちしょう巨大きょだいなグラウンドに、整列せいれつしている。

 かく学級がっきゅうで、児童じどう三十人と、担任たんにん一人、ふく担任一人が参加さんかする。

 全校ぜんこう児童と担任、副担任。けい一万千五百二十人が百二十台のバスにかれてる。

 各階五十人り。二階建てなので、百人乗り。


「六年生は来たじゅんから、『エウロパ』とかれたバスに乗ってください!」

 ネッサちゃんとノアンちゃんと正門せいもんまえわせしておいて、かった。

 らない人と相席あいせきなんて、えられない。それが男子なら、さらに最悪。

相席あいせき結婚けっこんとおんなじ」なんて、小学校一年生から男子だんし女子じょしあいだで、意見いけん一致いっちした。

 普段は仲良し。でも、「手を繋ぐ」とか「相席」とか「ペアを組む」とかに男女共同になると、敏感に拒否反応を起こしていた。

 もし、男子と相席になっていたら、到着とうちゃくまでたふりでとおしていたかも。

 一かいから五回目の遠足えんそくおうふく路とも、女の子と相席だった。


 わたしたちがるバスは、「エウロパき」。

 とくに、座席ざせき指定していも無いまま自由じゆうせきで、順々じゅんじゅんおくからめてすわる。

 二階はもう満席まんせき

 一階のまえから七列目。みぎから順に座る。

 ネッサちゃん、ノアンちゃん。通路つうろはさんで、わたし。

ともだちとならんですわりたいよね?

 ぼくまどがわくよ」

「どうもです」

「六年十九くみ夏里なつざと 風鈴ふうりん行列ぎょうれつみんなからは、『ギョウレツ』ってばれてる。きみは?」

「キュウ。六年五十九組窓塚まどづか 垂泣すいきゅう息吹いぶき

「あっ、ごうくんのクラスメイト?

 僕、五郷君のじゅく仲間なかまなんだ」

 そこへ、五郷君が夏里君の前のせき深々ふかぶかこしかける。

「ちょっと、ゴーゴー。

 おくからめなさいよ。みぎ奥、右奥」

「僕はひだりきだから、左から詰めるだ」

うそ。アンタ、りょう利きでしょうが!」

「ウルサイ君の前に座る勇気ゆうきは無いよ。

 わるいね、夏里

「いやいや、五郷氏」

「五郷君、席わろうか?」

「五郷氏とかたならべるということは、黄堂おうどうさんの視界しかいはいるということだ。回避かいひさせてもらう」

 五郷君が「耐えろ、夏里氏」と小さなこえ応援おうえんおくっていた。

「ウチにいやなことした淡島あわしまがどうなったか、知ってるでしょ~?

 淡島のまいになりたいの?」

 まあ、のがさないネッサちゃんだからね。

 うん。

 ネッサちゃんが右側窓のじられていた遮光しゃこうカーテンを全開ぜんかいにして、五郷君の眼鏡めがねひかりあつめるように帆立ほたてりん照準しょうじゅんわせはじめる。

 けれども、ネッサちゃんは帆立輪の機動きどう停止ていししてシャットダウンした。

 五郷君がネッサちゃんのめない行動こうどうくびをかしげる。

淡島あわしま君はべつのバスだよ。

 かれ保護ほごしゃはとてもきびしい人だからね。

 自分じぶん息子むすこが小学校最後さいご竹狩たけかり遠足で『セイレーン原典げんてん』と行動するなんてかんがえられない。

 自分の息子が脇役わきやくにされて、うすまるのがいやなんだよ。

 なんたって、彼のちちおやはセイレーン原典を見捨みすてて、撤退てったい命令めいれいした。

 十五じゅうごきょく救助きゅうじょ部隊ぶたい隊長たいちょう

 あっ、五郷君のとなりに……。

「『彼は塾をめましたよ。留学りゅうがく準備じゅんびはじめているうわさがあります』」

 ズレる眼鏡めがねをかけなおすモノマネ。

 五郷君の前で平然へいぜんとやってみせるタンサ君。

「タンサ、ゴーゴーのモノマネ下手へたね~。

 どうしたって、素行そこうの悪さがにじみ出ているって。あきらめなさ~い」

 ネッサちゃんはタンサ君をからかいながらも、ジロリと五郷君と夏里君を交互こうごにらんでいる。

「淡島君は家庭かてい教師きょうしならっている。ならごといそがしい。

 僕は僕等で、遠足をたのしまなくちゃ」

 夏里君の完璧かんぺき笑顔えがお

 それはどこか、あの子にていた。

 戦国せんごく 君。


 そうおもった直後ちょくご

 スッと、うしろの席の誰かが立ち上がる気配けはいがした。

すこさわがしいね。

 もう、集合しゅうごう時間じかんせまっている。

 私語しごひかえよう」

「「「キャー!!!!ミッツー!!!」」」

「「「……」」」

 バス一階の女子がキャーキャー黄色きいろこえを上げる。

 熱狂ねっきょうてきなファンはシートベルトをしないで、座席ざせきから立ち上がって、こちらに注目ちゅうもくしている。

 それとは反対はんたいに、男子はしずまりかえってしまった。

 あの、「六年お囃子はやし代表だいひょう」と顔に書かれてあってもおかしく無いような、タンサ君まであっけにとられている。

 そう、わたしたち五の五十九は、四十クラスもはなれた五の十九のことは何も知らない。

「よろしくね、窓塚さん」

 ……戦国君に挨拶あいさつをされるおぼえは無い。けれど、女子の注目ちゅうもくびている以上、無視むしも出来ない。

「おはよう、戦国君。

 夏里君、どうしたの?」

 相席している夏里君が座席から立ち上がろうとしていたので、そちらに自分の気をらす。

「あー、リュックの中にあめれっぱなしで。ごめんね、窓塚さん」

 リュックは座席じょう荷物にもつ網棚あみだなからものろうとしていた。

 わたしが通路つうろって、夏里君がリュックを取り出そうとすると、いきなり戦国君が手伝てつだおうとして立ち上がって、リュックを引っぱった。

 後ろへ引っぱられたリュックをれずに、戦国君はパッとリュックから手を離してしまった。

 ガッ、ゴウン。

 リュックから何かがこわれるおとがした。

 バスないに、微妙びみょう雰囲気ふんいきただよってしまう。

「あっ……」

 でも、戦国君から、「ごめん」の一言ひとことつづかなかった。

「あのままだったら、女の子の頭にちていたよ。

 夏里君、気をつけなくちゃね」なんて、キザな言葉ことばならべて、戦国君は何事なにごとも無かったかのように座席に座りなおした。

 わたしはいそいで、リュックをひろう。

 水筒すいとうがベコベコにへこみ、中身なかみれ始めていた。

 いそいで、バス内にあったタオルでリュックをく。

 そのあいだに、ノアンちゃんとネッサちゃんが亀裂きれつが入った水筒の中身なかみをバスのそとてにって、ビニールぶくろに入れてもどって来る。

「お弁当べんとうと飴にも、しみちゃってる。どうする?」

校務こうむいんさんに処分しょぶん、おねがいしよう」

「うん……」

「夏里君。

 かったら、飴どうぞ」

「良いの?」

「ついでに、まえの席の五郷君とタンサ君にもわたして」

了解りょうかい

 ほら。

 わたしはしたしくも無い戦国君に飴を渡さなかった。

 でも、五郷君のお友だち(塾仲間)の夏里君には飴をあげた。

 これで、良からぬうわさこえてこないだろう。

 こんな退廃たいはいした続世界で、男の子よりも、青銀せいぎんちくを見つめてるわたしが恋愛れんあいなんかするはずが無いのに。

「夏里だっけ。おれと席、交換こうかんしようぜ?

 五郷と話すと、宇宙うちゅう交信こうしんになる」

 集合時間直前ちょくぜんで、タンサ君と夏里君が席を交換した。

 タンサ君のフォローもあって、夏里君のあおざめていた顔はやわらいでいった。

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