五 てるてる坊主

 午後ごご

 かえりのトラムでも。いえに帰っても。

 明日あした竹狩たけかり遠足えんそく本当ほんとうに、たんなる小学校しょうがっこう最後さいごの竹狩遠足で「わる」のか。

 その不安ふあんだけしかい。

 だから、ほかのこともかんがえられなくなっていく。

 結団けつだんしき抗議こうぎ活動かつどうだれかがきずつけられてはいない。(かえで先生せんせい恋人こいびと裏切うらぎられて、られちゃったけど。)


 一ばんこわいのは、やっぱり、この世界せかい青銀せいぎんちくおおくされてしまうこと。人間にんげんくらすには、きれいな空気くうきみずつち必要ひつよう


 二番目に怖いのは、明日の遠足でなにこるんじゃ無いかということ。明日きっかけで、ぞく世界が崩壊ほうかいしたら、もうおしまいだ。

 わたしは、四月いっぱいまで、毎日まいにち放課後ほうかごせきえんがいのイオにれていかれていた。そして、ほそくても繁殖はんしょくいきおいのある青銀竹の群生ぐんせいつぶしていた。

 潰しぎて、竹取たけとり週間しゅうかんたけが一本もれないような「さびしい群生地」にはしなかった。


 三番目に怖いのは、楓先生の言葉ことば


とう先輩せんぱいきだったあじ、よね?」


 はぁ?

 もう、ほんのすこしは、覚悟かくごめてたけど。

 前日ぜんじつ夕方ゆうがたに、不安ふあん要素ようそ投下とうかしてひとって本当にしんじられない。

 先輩。学校がっこうで、自分じぶんより一学年がくねん以上いじょう上級じょうきゅうせいの人への敬称けいしょう


 四番目に怖いのは、カレーとカレーのにおい。

 バイオドールの嚥下えんげぶくろ爆散ばくさんしたとき、わたしはバイオドールのわってグチャグチャになったカレーライスの残飯ざんぱんびた。

 バイオドールはしろなごはんべられないから、カレーをもらって染色せんしょくしていた。

 だから、カレーを見たり、臭いをいだりすると、あのときのことをおもして、気持きもちがわるくなる。

「ご飯、もうすぐで出来るぞ~」とお父さんがはりきってカレーライスをつくったみたいだけれど、わたしは食べられない。

 一年も、海外かいがい赴任ふにんしていて、最近さいきん帰国きこくした。

 何度なんどっても、お父さんが夕食ゆうしょく当番とうばんのときはカレーライス。

 だから、つい言っちゃったんだ。

「お父さんはバイオドールだ!」って。

 でも、お父さんはわたしがきらいなカレーライスを作る。

 おかあさんのお仕事しごと残業ざんぎょうつづいている。

 毎日まいにち、毎日、夕飯はカレーライス。

 わたしが頑張がんばって夕飯を作ろうとしても、お父さんがもうカレーライスをこんでしまう。


 きっと、わたしは原典げんてんだから。

 すべてのなやみは無くなる。

 世界はこわれたら、壊れっぱなし。

 壊れっぱなしの世界で、遠足なんかやってらんないだろうし。

 楓先生にわなくちゃいけない学校がっこうだって、無くなっちゃうし。

 お父さんはカレーの材料ざいりょうがそろえられないか、んじゃうし。

 続世界が終わっても、わたしだけはあかとともにすこしはのこってしまうだろうから。

 もう、あきらめっぱなしの最期さいごになるだろうから。


 悩みとストレスで、いまの自分が何をどうしたいのかも考えられなかったけど。

 げるだけでは無くて、全ておしまいにしたい気持ちもある。

 無心むしんになれるのは、てるてる坊主ぼうずを作ること。てるてる坊主のくこと。

 もう、毎日てるてる坊主の絵を描いてる。

 趣味しゅみで、日課にっか


 てるてる坊主の作りかた簡単かんたん

 新聞しんぶんちいさくてまあるいボールを作る。

 真っ白なぬのが無いので、たいてい真っ白なかみ代用だいようする。

 この紙で小さいボールをつつんで、包んだ根本ねもとをギュッといとしばる。

 わたしは、本物ほんもののてるてる坊主を完成かんせいさせない。

 ひたい部分ぶぶんに、「れ」や太陽たいようのマークを描きこまない。

 だって、わたしは晴れてしくない。

 大雨おおあめ洪水こうずいほどでは無いにしろ。

 毎日の通学つうがくや遠足には適当てきとう程度ていど悪路あくろになって欲しい。そうすれば、学校に行くのも、竹りであるき続けることも無い。

 とにかく、雨雲あまぐもあめばなくてはいけない。

 でも、実際じっさいに、「ヘイ、雨雲!」なんて。呼べない。

 雨乞あまごいだ。

 額には、くろペンで「雨」の一文字。

 さらに、がおを描きこむ。


 てるてる坊主は雨を晴らすためのおまじない。

 でも、てるてる坊主をさかさまにつるるすと、雨をらすから、くびの吊り具合ぐあいをつけなければならない。

 そこで、ごろな小石こいしをボールのなかかくしておもしにする。

 よし。

 小石のおかげで、あたまかならず真っ逆さまにがる。

 これを窓辺まどべに吊り下げておけば、おまじないの完成かんせい

 六かいの窓のそとは、もうくらい。おなじような屋根やね。同じような高床たかゆかしき一戸いっこてしか無い。

 でも、ななうらのおうちり壊されて、発見はっけんされた地下ちかけい焼却しょうきゃく。まだ更地さらち状態じょうたい

 でも、真っ暗な景色けしきれてくると、更地に、ポツンとだれかがっている。

 でも、見上みあげているようなかんじでは無い。

 何故なぜだろう。

 見上げられているのかもしれないけれど、目がわない。

 VIRGOヴィルゴ身辺しんぺん警護けいごの人が安全あんぜん確認かくにんで、巡回じゅんかいしてくれているのかな。


 突然とつぜん、おにいちゃんが五階からけあがって来て、わたしの部屋へやびこんで来る。

「おい、窓からはなれろ!」

「何、お兄ちゃん?」

「良いから!

 そんなものぶら下げるなよ!」

 わたしが窓辺でてるてる坊主をぶら下げているのを傍観ぼうかんしていた家族かぞく。でも、今日のお兄ちゃんはかざり終わっていたてるてる坊主を床にげつけて、わたしを廊下ろうかまでり出す。

「何?何?」

「首無しバイオドールだ」

「クビナシ……首無し?」

 英語えいごけんでは、怪物かいぶつ怪人かいじん妖精ようせいに、HEADLESSヘッドレスけいがいる。首無し騎士きし。デュラハン。

 処刑しょけいされた亡霊ぼうれい

 でも、日本にほんでは、ネックの部分ぶぶんだけじゃ無くて、頭もふくめて首と言う。

「頭無し遺体いたいが発見されました」とニュースで流れたら、日本人には違和感いわかんがある。

「首無し遺体が発見されました」のほうが普通ふつうだ。ううん。全然、このたとばなしは普通じゃない。

れいき地の手前てまえからこっちを見上げていた。でも、頭は無かった。

 今、VIRGOだい連絡れんらくした」

「えー?もう、連絡しちゃったの?」

 嗚呼ああ。これ以上、物事ものごと複雑ふくざつして、何になるんだろう。


 三分後。

 バンバンバンバンバンバン。

 滑走かっそう着陸ちゃくりく飛行ひこうてい鬼灯ほおずき」が更地に緊急きんきゅう着陸するおとこえた。

 もう、爆音ばくおんのエンジン音でバレバレ。

 ご近所きんじょさんがこのさわぎを窓から見物けんぶつしている。

 あっ、しっかりもの吉野よしのさんが小走こばしりで鬼灯にちかづいて、「はなれなさい!」とおこられている。

 でも、騒音そうおんをやめない鬼灯のほうがよろしくないと、吉野さんは主張しゅちょうしてるだろうな。そういう正義せいぎかんがある人だもん。あの人。

 わたしが学校へくのを愚図ぐずってたら、「学校に行けない子が世界じゅうなんおくにんいると思ってるんだ!」って怒って、わたしを家から無理むり矢理やり引きずり出して、ころばせて、ケガさせるくらい正義にあふれている。


「こんばんは。瞳宮とうみやです。

 おとうさま、ご在宅ざいたくでいらっしゃいますね?

 勝手かってながらお邪魔じゃまします」

「何です?」

復活ふっかつ爽快そうかいくんから緊急通報つうほうがありました。

 復活爽快君!」

 お兄ちゃんの五階と六階の階段かいだんおどでの「はい!」に。ためいきをつきながら、三階の玄関げんかんから一気に階段を駆け上がって来る瞳宮さんと、部下ぶか置星おきほしさん。

間違まちがいなく、首無しだった?

 頭部とうぶには、個体こたい識別しきべつ操作そうさ必要ひつようなシステムをんでいるはず。頭が潰れていたとしても、何かしらの部品ぶひん丸出まるだしになるはずだけれど」

「はい。

 これ、防犯ぼうはんカメラの動画どうがです。裏手うらてけんぶんき地になってしまったので、りつけたんです」

「……鮮明せんめいね。ストーカーに見えなくも無いわね?

 セイレーン原典の熱烈ねつれつストーカーの可能性かのうせいなら……無いか」

人気にんきあるのはムーンライト原典ですよ。

 バンバン、VIRGOの広報こうほうにもかお出ししてますもん」

「ほら、君って、赤の王子おうじ様に見初みそめられた姫君ひめぎみって感じがしないだろ?」

「でも、首無しなら、風船ふうせん皮膚ひふをパンパンにはらせることも出来ないで、しぼんでいきますよね」

「そうよね。

 首無しの断面だんめん部分に加工かこうほどこされていなかった?」

「いいえ。

 首からしたは、パンクしないタイヤみたいに、ガッチリしてました。

 写真しゃしんで見たことがある、あのタイプとは違います」

「藤佐タイプね?」

あらたな試作しさくドールでしょうか?ヤバそうっすね」


あにである、窓塚 復活爽快の証言しょうげんはVIRGOでも重要じゅうようされる。

 でも、残念ざんねん

 明日あすの竹狩遠足は中止ちゅうしにならない。

 酔い止め飴もある。雨天うてん服装ふくそう準備じゅんび万全ばんぜん

 君たち兄妹きょうだいおお騒ぎしたり、我儘わがままを言ったりしても、竹取週間はめられない」

 当たり前のことを面倒めんどうくさそうにはなす置星さん。

「キュウ。貴方あなた破綻はたん 守破離しゅはりの分もよくやってくれているわ。

 でも、いつも、弱気よわきで、ウジウジしていて、やる気が無いように見えてしまう。

 むしさん。

 どんなときも、笑顔えがおわすれないで。

 それじゃあ、第八課はVIRGOに帰還きかんする。

 防犯カメラの動画を解析かいせきするけれど、期待きたいしないでね」


「……」


「また?

 何で、逆さまのてるてる坊主なんて作ったの?」

 踊り場にころがっていたてるてる坊主を一つ、瞳宮さんがひろい上げる。

「……」

「何か、不安ふあんなことある?」

「……」

「キュウ。竹狩遠足では、なない。

 何をそんなに怖がっているの?」

「……」

「雨乞い」

「雨乞い?

 そんな確実かくじつ儀式ぎしきなんてしたって、明日あした晴天せいてんだよ。

 続世界市民の自覚じかくが無いのか?

 こんな迷信めいしんまどわされるセイレーン原典の存在そんざいれたら、君はさつ処分しょぶんされかねないぞ」

「置星君、言いぎよ。

 学校やVIRGOで、いやなことあった?」

 わたしは、ついくちにしてしまった。


「藤佐さん」


「ちょっと、ちょっと。アイツはバイオドールで、日本工作こうさくいんとして姉妹しまいおか霊園れいえん斎場さいじょう全体ぜんたい焼却しょうきゃくしたの。

 わたし、ちゃんとち会った」

失礼しつれい。君のお兄さんは、首無しバイオドールだって言ってた。そのことじゃ無くて?」

「そっちじゃ無くて」

「じゃあ、結団けつだんしき抗議こうぎ活動かつどう?」

「えっと、いりていで……話題わだいになった……」

「嗚呼、V小の子が喧嘩けんかりに行ったんだよね。

 でも、その子たちは竹狩遠足に参加さんかしないよ。

 そうですよね、瞳宮課長?」

「キュウが言いたいことは、そこじゃ無いのよね?

 ほらほら、秘密ひみつなんてかかえないで。

 第八課を信じなさい」


「これ、VIRGOの仮眠かみんしつかざってください」


 家族のだれも、わたしの不吉ふきつなてるてる坊主をってはくれない。

「またかよ」

 置星さんはすぐにいやそうな顔をする。

 この人には、わからないだろうな。

 瞳宮さんだけはこういうとき、わたしからてるてる坊主を受け取ってくれる。

「ごめんなさいね。

 もう、てるてる坊主はいっぱいなの。

 貴方のものだから、今後こんごは貴方が管理かんり・処分しなさい」


「ただいまー。

 吉野さんがしょんぼりしてたけど、瞳宮さんがいらっしゃってるの?」

「おかあ様、こんばんは。

 とくに、問題もんだいが無いようなので、我々われわれVIRGOは失礼します」

 お母さんが帰ってきたタイミングで、第八課の二人は帰ってしまった。

 わたしは二人に、しっかり相談そうだん出来無かった。

 もっと、きちんと、楓先生に話題をられたと言うべきだった。

 でも。

 わたし、小学生だもん。

 いっぱい、いっぱいなんだよ。

 もう、限界げんかいなんだよ。

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