二 親の出番

 午前ごぜん七時四十分。

 ズイーンズイーンズイーン。

 自動じどう電動でんどうリムジンバスが遠隔えんかく操作そうさで、エンジンがかかった。

 シューシューシュー。

 大型おおがた自動車じどうしゃ特有とくゆう機械きかいおんよりも、9ナインBビーMエム粒子りゅうし対策たいさく空気くうき清浄せいじょう装置そうち稼働かどう音のほうがおおきい。

 そういうおとまじじって、毎度まいどのことだけれど、車外しゃがいから車ないけて、アレがこえはじめる。

 ドンドンドン、ドンドンドン。

 パーパーパー、パーパーパー。

 パフパフパフ。

 太鼓たいこやトランペットなどのりもの、拡声かくせい使つかった応援おうえんはじまった。

頑張がんばれー!たけり、頑張れー!」

 どもの名前なまえがプリントされたのぼりまでつくって、大きくまわしているおや馬鹿ばか

 横断おうだんまくれ幕は、建物たてもの使用しよう許可きょかりない。だからって……。


原典げんてんけるなー!

 目指めざせ、最多さいた!一位だぞー!」

 だれのおとうさんかはすぐにわかった。毎年まいとし、ものすごい応援演説えんぜつをするお父さん。子どもよりも大人おとなほう気合きあいはいっている。

「カイちゃーん!カイちゃーん!

 先手せんて必勝ひっしょうー!

 レッツゴー、カイちゃん!レッツゴー、カイちゃん!」

 おなじ五十九組の、一越いちごし 万能ばんのう開花かいかさん。

「ああいう大人にだけはなりたくないわね~」

 ネッサが全開ぜんかいにしていた遮光しゃこうカーテンをふたためる。

 閉めたところで、おとれは続く。

「まあ、『れてもいたくないくらい可愛かわいむすめ』なんでしょうね。

 おやどもも、ほかの親とになってはなしてる。

 娘の見送みおくりよりも、親同士どうし交流こうりゅう優先ゆうせんなのがいたい。

 娘を溺愛できあいする保護ほごか。

 娘を放任ほうにんする個人こじん至上しじょう主義しゅぎか。

 ネッサの親は?」

「ウチの親は夜勤やきんけで、てるんじゃない?

 とうとう、今年ことしも見送りになかったか~」

 バスに、自動アナウンスがながれ始める。

 <ただいまより、出欠しゅっけつ確認かくにんおこないます。

 座席ざせきまえのモニター画面がめん右端みぎはしあかえんに、学生がくせいしょうをかざしてください。

 全員ぜんいんのサインインがわるまで、座席をたずにしばらくおちください>

 毎年まいとしわらない、出欠確認方法ほうほう

「やっ、やべー!!!

 学生証、わすれた!!!」

「学生証の緊急きんきゅうさい発行はっこうか。学生証サインインか。

 どちらかで、OKオーケーのはずよ~。

 ったく、タンサって、遠足えんそく当日とうじつ毎回まいかいなにかやらかすわよね~。

 おりするにもなってよ~」

「ネッサ。六年生はほかの学年とちがって、より危険きけんなゲートをとおるから、正規せいき学生証でしか出席しゅっせきみとめないはずよ」

「マジ?」

残念ざんねんだけれど、タンサはここでおわかれね」とノアンちゃんが冗談じょうだんなのか、本気ほんきなのかわからないモードでタンサ君になぐさめの言葉ことばをかけた。


「かっ、かあちゃーん!!!

 母ちゃーん!!!

 がくせいしょー、わーすーれーた-!!!」

 バスのまどけて、すように、タンサ君は保護しゃれつかって、さけぶ。

 でも、叫ばなくてもかったのかもしれない。

 すぐに、親子おやこがバスに近寄ちかよって来るのがえた。

「あにちゃんがいつもおせわになってますっ」

 ちいさなおんなものしずかでなみだぐんでいるお母さんらしき女性じょせい一緒いっしょにバスに乗りこんで来る。

 ピコピコ鳴る可愛いくついた女の子がペコペコお辞儀じぎをしながら、一歩いっぽ一歩通路つうろおくへ向かってあるいて来る。

「「「かわいい」」」

「くもかみ ちょうてんつきみですっ」

 娘さんをギューッとうしろからきしめながらまって、お母さんらしき人がタンサ君にりの笑顔えがおを向けている。

「タンサ君、忘れ物よ」

 途端とたんに、お母さんから笑顔がえて、ハンカチでこぼちる涙をいている。

 わたしの涙もろさとはちょっとちがう。

幼稚園ようちえんまでは、『ママ』呼びだったのに。いつのにか、『母ちゃん』呼びをしてくれるなんて。

 すずか、感激かんげきし・ちゃ・う・わっ!」

 うれし涙だったようだ。

 そして、さらに。

「すずかもー、遠足行っちゃおうかなー」

 ヒラヒラとタンサ君の学生証で顔を仰いでいるお母さん。

雲上くもかみ君のお母さん。

 そろそろ、出発しゅっぱつです。

 学生証の忘れ物をおあずかりします。

 バスから降車こうしゃなさって、保護者列から、お見送りをおねがいします」

 かえで先生せんせいがタンサ君のお母さんとタンサ君のいもうとをバスからきずりろしていく。

 ちょっと、親子が抵抗ていこうしたのだろう。

「まだ、十分もあるじゃない?」

「もう、十分しか無いんです!」


「タンサ。

 たのむから、忘れ物しないで!」

 楓先生がつかれたかおをしたまま、けっしてタンサ君を見つめないで、怒鳴どなった。

 わたしのほうも見ていない。

 保護者の暴走ぼうそうを止められない先生たちは定刻ていこくよりもはやく、出発しようと出欠確認がんだことを通信つうしん端末たんまつで確認している。

 楓先生も、イライラしながら、通信端末を操作し終えた。

 <出欠確認が完了かんりょうしました。

 定刻より早いですが、出発します>

 このバスは楓先生と、六年の学年主任しゅにんぞうさか先生が乗りこんでいる。

 二人は目配めくばせしただけで、何も意見いけんわさない。

みんなー、保護者の方々かたがた車窓しゃそうしに手を振ってあげてねー。

『行って来まーす』」

「「「「「行って来まーす」」」」」

 毎年五月、日帰ひがえり遠足。

 当たり前のようだけれど。

 小学校一年生から見送りをしていた過保護な保護者にとっては、感極かんきわまるものがあるのだろう。

 保護者の列に、わたしの両親りょうしんはもちろん、いない。

 娘がてい評価ひょうかおおい「セイレ-ン原典」だから、無駄むだな言いあらそいをけて、来ていないはず。

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