五 人を冒涜する暴力

「アンタは、藤佐とうさ 心眼しんがんひろむVIRGOヴィルゴだい職員しょくいんIDアイディー不正ふせい利用りよううたがいがあって、IDが凍結とうけつされていた。そのあいだも、VIRGOないから退去たいきょせず、正規せいき職員として、同僚どうりょう先輩せんぱい上司じょうしから三しょくおごってもらっていた。

 毎食まいしょくのトイレでは、男子だんしトイレの個室こしつを三分以上いじょう利用りよう排泄はいせつ行為こういおこなった形跡けいせきし。

 じゃあ、個室トイレでなにをしていたか?

 バイオドール御用達ほようたしひと胃袋いぶくろっぽい嚥下えんげぶくろ機内きないからり出してさ。便器べんきにぶちまけていた」

「そんなの、ありえませんよ」

「アンタがおかしな利用をしたあとの便器には、エビのから欠片はへん残留ざんりゅうしているんだよ。毎回まいかいね」

 アンネームの指摘してきに、藤佐君はヘラヘラわらいながら否定ひていしつつも、三重ロックがかけられていた病室びょうしつのドアを右手みぎて手刀しゅとういて、シャッターをつかんで天井てんじょうまでげようとする。

 右手の手刀だとおもわれていた部分ぶぶん本当ほんとうにガッタガタにこぼれした仕込しこやいばき出しになっている。血肉ちにくほね神経しんけいっぽい繊維せんいも無し。

 破綻はたん 守破離しゅはりちゃんがねむるベッドにちかづこうと、必死ひっしでシャッターをつかつづける。でも、シャッターは持ち上がらない。

「それに、アンタのんでいるはずのおうち。二週間以上いじょうかえっていないのに、だってご近所きんじょにおらせしてないの?」

おれいえが空き家?

 冗談じょうだんですよね。

 VIRGO深層しんそう監察かんさつかん、アンネーム・ドーバーがあやまった行動こうどうをしているなんて、問題もんだいになりますよ」

 シャッターを持ち上げられないとわかったら、シャッターをきちぎろうと上下じょうげ左右さゆう前後ぜんごに引っぱりはじめる。

 藤佐君のいままでの笑顔えがおおなじ、この笑顔が。今はとってもこわい。

 破綻さんはこちらのやりりにけて、守破離ちゃんのベッドのほうを見たままうごかない。

 藤佐君があばれているのに、深層管理かんり責任せきにんしゃ名乗なのったわりに、冷静れいせい沈着ちんちゃく以上に無関心むかんしんつらぬいている。


「それに!

 三日以上外出が続く場合ばあい十五じゅうごきょくとどけ出なくちゃ駄目だめなんだぞ!」

 今度こんどは、アンネームが、藤佐君のお家についてあやしいところをつつき始めた。

「藤佐君、VIRGO職員よう住宅じゅうたく以外いがいげ住宅だった?

 特務とくむ申請しんせいはしてるよね?

 藤佐君の家、VIRGOの仮眠かみんしつじゃ無いでしょ?

 空き家になってしまった家は、工事こうじか何かで間借まがりしていたの?

 藤佐君とはべつの、藤佐さんのち家じゃ無い?

 こんなの、何かの間違まちがいよね。そうよね?」

 第八課長かちょうになったわたしが、何をってるのだろう。

 自分じぶんでもあたまは冷静なのに、くち勝手かってうごいてしまう。まえ可愛かわいもと部下ぶかが、不審者なわけが無いと思っている身体からだほうは勝手に動いてしまう。

今朝けさの五時。

 赤円せきえん外円がいえんたけはら硝子がらす丁目ちょうめ十の四。藤佐 心眼拡の居住きょじゅう実態じったいがあるとされている家から、9ナインBMビーエム粒子りゅうし青銀せいぎんちくきゅう発生はっせいして、近所中をきこんで、青銀竹群生地ぐんせいちになっている。

 佐藤さんはおおいけど、さか苗字みょうじすくないよ」

 アンネームはとうとう制服せいふくからちいさな武器ぶきを取り出した。あかひかるナイフだ。それをシャッターをつかんだままはなそうとしない藤佐君の右手の親指おやゆびなか指のあいだにサクッと切れこみをれる。


 プシューッ、シューッ、シューッ、シュッ。


 まるで、空気くうきまった風船ふうせんから空気がけるようなおとがしたかと思うと、しなくなった。

 藤佐君のきずついたはずの右手は、血を一滴いってきながさず、五指ごしの骨も見せず、ただただしぼんでいった。そして、彼の右手首てくびには、ブランブランとちぢんだかわみたいなものがぶら下がっている。

「俺、竹が原十区ですけど。そんな住所じゅうしょじゃありません」

 いたみもかんじないのか、平然へいぜんと、会話かいわを続けている人の形をすこうしなった、藤佐君。

何者なにものかが藤佐君の名義めいぎ無断むだん借用しゃくようしていたってこと?」とわたしはたすぶねにもならない誤魔化ごまかしの言葉ことばを二人の会話にはさもうとした。

 でも、無意味むいみなことだった。

「そうじゃ無いでしょ、ダイヤ。

 それとも、ダイヤもグルなの?」


 こんな状況じょうきょうの中、一番に外部がいぶからけつけたのは、警備けいび職員では無かった。

 さっきまで、一緒いっしょ朝食ちょうしょくべていた、第五課の小鈴木こすずき君。

「藤佐、なんで、地下ちかのフロアで、大暴おおあばれしてんだよ!

 食堂しょくどうのIDが使用しよう出来なかったストレスか?

 再発行さいはっこう中なんだから、我慢がまんしろって!」

「小鈴木先輩。俺、ID再発行申請しんせいは二週間前にやりましたよ。

 でも、竹取たけとり週間しゅうかんいそがしいから、仕方しかた無く、臨時りんじかりIDが発行されたのは今さっきです。

 おかげで、俺、二週間もVIRGOの出入りが出来なかったんですよ。

 トイレと洗面せんめん風呂ふろ、仮眠以外は第五課の谷山たにやまさんにもたすけてもらってました。

 きっと、俺の偽者にせものが俺のIDを不正利用しているんです!

 俺は人間にんげんで、VIRGOの正規せいき職員です!」

け、藤佐。

 とりあえず、シャッターから手を離せ」

 暴れ続ける藤佐君は小鈴木君になだめられ、やっと大人おとなしくなる。

 安全あんぜん確認かくにんした警備職員は病室のドア向こうから視認しにんして、藤佐君、小鈴木君、アンネーム、破綻さん、守破離ちゃん、わたしに脅威きょういが無いと判断はんだんした。

 すぐに、警備職員が藤佐君の手足てあし拘束こうそくを使って、めあげて。人一人が入れるふくろしこんでしまう。


捕縛ほばくして、9BM粒子汚染おせん検査けんさを」

「そんな……藤佐がバイオドールなわけ無いですよね?

 ちょっと、竹取週間直前ちょくぜんでストレスがたまりにたまって、暴れちゃっただけですもん。絶対ぜったい、人間ですよね?」

 小鈴木君が「バイオドール収容しゅうようぶくろ」と印字いんじされた袋におさまって動けない藤佐君から、どんどん距離きょりを取っていく。しんじたくは無いけれど、ちかづき過ぎれば、彼だって危険きけんにさらされる。

「あちらも、延命えんめい時間をやしたんだ。

 すぐにこわれないから、みんなづかなかったパターン」

 アンネームは室内しつない空気くうき清浄せいじょう装置そうち威力いりょく調整ちょうせい手動しゅどうで「最大さいだい」に設定せっていなおす。


 ゴー、ゴー、ゴー、ゴー。

 空気清浄装置がものすごく稼働かどうする中。

「続世界政府せいふ反逆はんぎゃくするBANKANバンカン工作員こうさくいん

 世界崩壊ほうかいを、しん世界創造そうぞう認知にんち

『ブルーマーキュリー』との共生きょうせいうたっている。

 まさか、星屑ほしくず回収かいしゅういまでご希望きぼうとはね。

 めがあまかった」

 破綻さんは守破離ちゃんをかかえて、べつ病室へうつるためのストレッチャーに彼女かのじょせる。

「本当に、人間そっくりのバイオドールね。

 疑似ぎじ思考しこう回路かいろAIエイアイっぽくない、AIだった。

 疑似人間信号機しんごうきだっけ?

 そういうことは、破綻のおきなのほうがくわしいもんね」

 アンネームはストレッチャーの固定こていはずしてやる。

 病室の外でこちらの様子ようすうかがっていた看護かんごスタッフに、別室へはやく移してあげるよううながす。

「バイオドールの始まりは、宇宙うちゅう開発かいはつだった。

 地球ちきゅう外の宇宙開発・宇宙避難ひなんさい着用ちゃくようする宇宙服。

 工作員にふんするために、バイオドールに疑似人間信号機を搭載とうさいさせて、動かす」


「……アイツ、何でエビフライ、かなかったんだ?」


 小鈴木君はそう、小言こごとをこぼした直後ちょくご「じゃあ、俺は第五課にもどります」とことわって、病院を出て行こうとする。

って、小鈴木君!」

「何です?」

「小鈴木君。何で、『吐かなかった』って今言ったの?

 藤佐君の偽物の胃には、貴方がさっきおごったはずのエビフライ定食ていしょく残飯ざんぱんが入ってないとおかしいよね。

 彼、トイレに立ちったり、ゴミ処理しょりをしたりていた?

 吐いていたかな?」

「いいえ。俺は食堂よこのトイレに行きましたけど、ちょっとながめのトイレタイムで。

 十分くらい。

 アイツはここへ向かおうとしてました。

 その後、アイツ、エレベーターホールで、巡回じゅんかい中の警備職員に抵抗ていこうして、はら殴られてさけっぽいのを吐き出しました。アルコールしゅうただよってたんで」

「抵抗?」

「警備職員がへんなこと言いだしたんです。

『いまさっき、エレベーターでりただろ』って。

 ……まさか、藤佐が二体もいるってことですか?」

 いや想像そうぞうがどんどんふくらんでいく。

 でも。

 じゃあ、もう一体がいるとしたら……。

「バイオドールの寿命じゅみょうばすには、わるわる出現しゅつげんしていたのかも」とアンネームもつぶやきながら、病室を出て行こうとする。

「かもしれない、ってだけで、証拠しょうこはあるの?

 続世界政府はバイオドールをきんじている。

 ましてや、VIRGO内でバイオドールが発見はっけん・回収されたのは二十九年も前」

「ええ。続世界群とBANKANは、協力きょうりょくおうと何度も交渉こうしょうした。バイオドールきなら、それこそ、最強さいきょう国際こくさい機関と名乗なのれていたはずよ。

 でも、バイオドールの寿命があまりにもみじかったの。青銀竹がれたときに飛散ひさんする9BM粒子に汚染されやすい欠点けってん克服こくふく出来なかったせい。

 でも、BANKANはわざと寿命を延ばさなかった。動作どうさ不良ふりょうこしたバイオドールを再生さいせい利用する工場こうじょうをバンバン稼働させた。

 新品しんぴんが二年で駄目になって、回収。分解ぶんかい浄化じょうか。再構築こうちく出荷しゅっか

 人間はバイオドールに完全かんぜん飼育しいくされ、9BM粒子の人体じんたい実験じっけん人道じんどうてき行動こうどういられた。

 そして、英雄えいゆうキャンサーはバイオドールによって、った。

 機械人形が人類じんるいじょう最上さいじょうの人をあやめた。

 今も、キャンサーの最期さいご調査ちょうさ出来ないのは、さまざまな憶測おくそくうわさのせい。

 嗚呼ああ、バイオドール一体で、アタシたちは心がバタバタさせられる。

 本当に、最悪さいあく

「我々VIRGOは、『赤き輪』とそのコピーである『帆立ほたてりん』によって、ブルーマーキュリーの世界を終わらせるために設立された。

 BANKANのように、人を冒涜ぼうとくする暴力ぼうりょくによって世界をわらせたがっている危険きけん団体だんたい排除はいじょしなくちゃいけない。

 最終さいしゅう戦争せんそう想定そうていするてきよりも想定外の敵の方が圧倒的あっとうてきに多い」

 アンネームは破綻さんたちに寄りっている。

 ボロボロになった病室にのこるのは、わたし一人。

 そこへ警備職員が状況じょうきょう説明せつめいしに来る。

「さきほどのバイオドールは機能きのう停止ていし成功せいこうしました。

 情報じょうほう蓄積ちくせきしているだけで、情報のち出しはありません」

「人とわらない。

 いつ見ても、バイオドールの蒸発じょうはつは、こころけずられるわ。警備がさっさと片付かたづけてくれてかった。

 あのバイオドール、エネルギー追加ついかからどのくらいもぐってたの?」

「インターンの半年はんとしふくめると、三年八か月ですね」

「ゲート外の青銀竹群生地に出た記録きろくも無し?」

「はい。

 不特定ふとくてい多数たすう接触せっしょくがありましたが」

食事しょくじは?」

「誤嚥袋がありますから、消化しょうかされずにそこにめられます。毎回、廃棄はいきする必要ひつようはありますけど」

 アンネームと警備職員が話し合っている中、彼等のうしろに立っていたのは、回収袋をにまとった藤佐君だった。

 残念ざんねん。機能停止は無理むりだった。

 藤佐君は守破離ちゃんを守ろうとした人たちをひだり手のこぶしだけで殴りたおして、ストレッチャーにかせられていた彼女を簡単かんたんき寄せ、エレベーターホールへ引きずって行こうとする。

「はじめまして、プリンセス。

 私は貴方の英雄的活動を支えるVIRGO第六課職員の藤佐 心眼拡です。

 貴方は?

 さあ、こたえるんだ!」

「怖いバイオドールは機能停止させて、処分するからね!」

 警備職員が藤佐君に向かっていこうとするが、圧倒的な暴力でばされてしまう。

「じゅっ、じゅくかえみちに、帆立輪がれて、気づいたら、青銀竹のたけのこ隙間すきまに挟まって、そのまま空に伸びて。

 助けに来てくれた赤の王子おうじさまから新しい輪をさずかっただけなのに。

 バイオドールにねらわれるなんて、何で!

 離して!」


 ビカーッ。


 一瞬いっしゅんだった。

 赤い閃光せんこうせんたったバイオドールは守破離ちゃんから手を離し、ピクリとも動かなくなった。

 完全かんぜんな機能停止。

 でも、この場にいる誰の帆立輪も、ましてや、守破離ちゃんの赤き輪もひかっていなかった。


 VIRGOでは、警報けいほうは三種類しゅるい

 青銀竹の侵略しんりゃく災害さいがいきゅうの場合の第一種。

 対人たいじんの侵略などの場合は、第二種。

 第三種は、赤の王子の出現をらせる特別とくべつ警報。

 わたしが起きていた昨日きのうよるった第三種警報。

 わたしが夜明よあけの五時過ぎに仮眠室でいた第三種警報とはべつ

 つまり、今回、王子は予備よびのプリンセスも用意よういしたということ。

 プリンセスは二人いる。

 寝ぼけていて、全然ぜんぜん理解りかいらなかった。

 そうかんがえれば、藤佐君の派手はで暴走ぼうそうも、わからなくも無い。

 BANKANのバイオドールは、あきらかに二人のプリンセスをVIRGOの敷地しきち外へれ出そうとしているということ。


「エッグション、エッグション、エッグション」


 病床を仕切しきるカーテンの向こうがわからクシャミが聞こえる。

 藤佐君も連れ出されて、病室の空気清浄装置も普通ふつうに稼働している。

 それなのに、業務ぎょうむ端末たんまつの、とあるアプリが通知つうちはっしている。

[9BM濃度のうど測定そくていアプリ:測定不可ふか理由りゆう:室内濃度100パーセント以上)。ただちに、屋外おくがいへ避難してください。]のメッセージが表示ひょうじされている。

「9BM粒子よ。バイオドールがもう一体、この部屋にいる!」


 守破離ちゃんがさっきまで横になっていたベッドの向こうのカーテンを開く。

 すると、クシャミがまらずくるしそうにしているおんなの子と、それを監視かんししている不審者。

 いいえ。くろの制服をきちんとて、おだやかな微笑ほほえみをかべている、藤佐君がいた。

 もう一体の、藤佐君は動いている。

「わたしとの接触が多かったのは、君のほうね?」


「新世界とBANKANに栄光えいこうあれ!」


 彼がそうさけんだ後、彼は見事みごとなまでにふくらみ切って、パーンッとはじけた。

 自爆じばくというより自壊じかいボタンだろう。

 見るも無残むざん肉片にくへんなんて一つも無い。

 部屋中、カレーのにおい。

 エビフライ定食の残飯は飛び散ったけれど、エビフライのしっぽが三尾、わたしの足元あしもところがってきた。

 顔面がんめんだと思われる、パーツから口も動かないのに、音声おんせいだけが聞こえる。

 <……しろっぽいタルタルソースとっ白なライス、あこがれでした。俺には、俺の視覚しかくセンサーはまだ白を食べ物として認識にんしきする機能きのうが無くて。食べてみたかったです……>

 カレーのトッピングをわざわざしていたのは真っ白なライスに着色ちゃくしょくするためだったのだ。

 あじ舌触したざわりも喉越のどごしもらない、ただひと真似まねで食べる動作が出来るだけのお人形にんぎょう

 もちろん、なみだながす機能も、つばを飛ばす機能も無い。


 カレーとエビフライの残飯まみれになった女の子がベッドの上で苦しそうにクシャミをしている。

「貴方はだれ?」

「……ハッハッハッハッハエッグション!!!!」

「とりあえず、貴方も別室に移動させましょう!」

 これがわたしと、もう一人の赤き輪を授かったプリンセスとの出会い。

 名前なまえは、窓塚まどづか 垂泣すいきゅう息吹いぶき

 彼女の赤き輪は、今も煌々こうこうと真っ赤にかがやいている。

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