四 星屑原典との遭遇

 VIRGOヴィルゴ地下ちかかい利用者りようしゃ専用せんようエレベーターホールにて。

 だれもいないくろなホールでしたのボタンをして、エレベーターをつ。

 チリン、チリン、チリリリン、チリン。

 六のエレベーターが昇降しょうこうかえしているけれど、唯一ゆいいつ「一階到着とうちゃく」をらせる鳴音めいおん。それしかホールにひびかない。

 VIRGOの一階から六十階までの地上ちじょう専用エレベーターホールの単純たんじゅんな、チーン、という鳴音とはちがう。

 一つ一つの違いにづいてしまって。おな建物たてものない上層じょうそうと・層なのに、雰囲気ふんいきがこうも違うのかと戸惑とまどってしまう。



 地下一階のエレベーターホールは群青ぐんじょうかべに、くろゆか

 地下階は、原典げんてん保有ほゆう者のための施設しせつふくめた秘匿ひとくすべき事案じあんのための場所ばしょ。だから、情報じょうほう統制とうせいだいでも、ったことはかった。

 でも、地下なのに、完全かんぜんに真っくらではない。

 世界せかい崩壊ほうかいまえ存在そんざいしていた「水族すいぞくかん」という海洋かいよう生物せいぶつ展示てんじした施設にている。

 あおみがかった照明しょうめい

 透明とうめいかべのような、分厚ぶあつまどたしか、「水槽すいそう」よばれていたはず。

 泡が混じった透明な水が左から右へ勢いよく流れている。

「ブルーマーキュリーの拡大かくだいふせぐ、『水壁すいへき』です。

 地上勤務きんむ職員しょくいんもそうですが、地下防壁ぼうへき施設で見学けんがく出来るところはありませんからね。ゆっくりごらんになってください」

「第八課課長かちょう任命にんめいされました、瞳宮とうみや 研磨けんま大也だいやもうします」

 わたしは群青いろ制服せいふく男性だんせい職員に、自己じこ紹介しょうかいをする。

まことの、いえ、しんのVIRGOにようこそ。

 VIRGO深層しんそう管理かんり責任せきにん者の、破綻はたん 明鏡めいきょう止水しすいです」

 おたがいに黙礼もくれいわす。


 エレベーターホールのすみには、「深層病院びょういん」のプレート。

 このドアのさきには、深層職員とプリンセスのための医療いりょう施設があるはずだ。

 厳重げんじゅうなセキュリティーをパスして、病室びょうしつかう。

「キャンサーを看取みとって二十九年です。プリンセスあと我々われわれ深層のものはキャンサーの情報じょうほう封印ふういんめました。

 地上でどうわれているか。いや、なにえない雰囲気でしょう。

 プリンセスの死後しご三十年間ねんかん英雄えいゆう検証けんしょう凍結とうけつされるのです。熱狂ねっきょうめたころに、冷静れいせい客観的きゃっかんてきに英雄を精査せいさしなければなりません。

 たとえ、あか王子おうじえらんだとしても、さずけた直後ちょくごから死ぬまではプリンセスにある程度ていど自由じゆうぎた英雄活動かつどうちています」

 途中とちゅうも破綻さんのやわらかなこえみみとどく。

 拘束こうそくされた十五じゅうごきょく救助きゅうじょ隊員たいいんとすれちがう。

「プリンセスを保護ほごしたVIRGOに抗議こうぎしに来たようですが、面会めんかい許可きょか出来ません。

 十五夜局は英雄を保護する活動をしていませんし、英雄を派遣はけんする活動もしていませんから。

 十五夜局に干渉かんしょう権限けんげん一切いっさいありません。

 我々ぞく世界ぐん秘密ひみつ機関きかんVIRGOが星屑ほしくずを保有するのです」

 破綻さんの挑発ちょうはつ意図いと欠片かけらも無い言葉ことばに、たった一人しかいない十五夜局の救助隊員が反応はんのうして、破綻さんにろうとする。

人類じんるい希望きぼうですよ!

 ぜひ、市街地しがいちでの駆除くじょ活動で英雄を投入とうにゅうさせてください!」

 隊員は弱々よわよわしい破綻さんをガシッとつかんで、さぶっている。

 こまがおの破綻さんから救助隊員をきはがしたのは、黒でも群青色でも無い、はい色の制服のおとこ

「英雄だと?

 まさか、出来できそこないのエアリーズとジェミニをっているのか?

 英雄はただ一つ。

 トーラス原典げんてんのみ!」

森林無しんりんなし博士はかせ、違います!あのは英雄です!」

「ならば、何故なぜ、三十一年前に存在そんざいしなかった?

 世界崩壊ほうかい後の英雄など、屑以外いがい何物なにものでも無い」

 ベータけんの森林無博士を名乗なのった男が十五夜局の隊員をエレベーターホールへ押しやっていく。

 十五夜局の装備そうびであるガスマスクをれないように、隊員に向かってげたのは、VIRGOの制服をていない部外者ぶがいしゃおんなだった。

「深層のアタシたちにたいする反論はんのう批判ひはんは?後出あとだしなんて、それこそ卑怯者ひきょうものよ。

 ほか意見いけんも無いでしょうね。

 じゃあ、回収かいしゅうした星屑を追跡ついせきしないで。

 そのかわり、十五夜局の干渉は無かったことにしてあげる」


「破綻のおきな

 何故、あらたな原典は、キャンサーじゃ無いんですか?

 続日本にほんこくで赤の王子が出現しゅつげんしたっていて、死線しせんからもどって来ちゃったじゃない」

「キャンサーは欠番けつばんだよ。

 話題わだいにするのも、はばかられる。

 だから、ばして、つぎの原典ヴィルゴをもとめる者はヴィルゴと名乗なのり出した」

「じゃあ、新たな赤きは、ヴィルゴ原典と呼ぶべきでは?」

「我々も一枚岩いちまいいわじゃ無い。

 とくに、研究けんきゅうばたけの博士どもは、つぎの原典もまともじゃ無いと想定そうていしている。

 エアリーズとジェミニのように、研究途中でこわれたら、危険きけんな研究としてレッテルをはられて研究が破棄はきされる。

 博士共は原典のもろさをおそれているのさ。

 トーラスをまもることしかかんがえていない」

 なぞの女と破綻さんはしたしそうに、そしてなつかしそうに雑談ざつだんをしはじめる。

 そこへ十五夜局救助隊員をエレベーターに押しこんでもどって来た森林無博士が合流ごうりゅうして来る。

「森林無、アタシ気持きもちを代弁だいべんしてくれてありがとう」

「研究職員は新たな原典が見つかって、喜怒きど哀楽あいらくが壊れた。

 自分じぶんたちの世代せだいでは、トーラスに奉仕ほうしする忠誠ちゅうせいちかわされてるからな」

「それでも、お互いいややくまわりでうごくしかない。

 森林無みたいな研究職員が星屑を気に入ってくれるように、アタシ等は星屑の第一だいいち印象いんしょう最低さいてい評価ひょうかしておかなくちゃいけない。

 まだ、大騒おおさわぎされちゃこまるのよ。

 でしょ、第八課の瞳宮課長?」

何分なにぶん新任しんにんなので、ノーコメント」

「アタシはアンネーム・ドーバー。

 VIRGOの監察かんさつかん

 新たな原典が実験体じっけんたいとして酷使こくしされる前に、研究予算よさんまれないように、意図的いとてきに保護した子の体質たいしつ性格せいかく素質そしつ才能さいのうを最低評価しなくちゃいけない。

 もう、大忙おおいそがしよ」

 アンネーム・ドーバーが華麗かれいに病室のドアを引いて、けてみせる。

「森林無、はいらないの?」

わたしが入れば、研究中毒ちゅうどく者が行列ぎょうれつつくる。遠慮えんりょしておくよ。

 私は『面会めんかい謝絶しゃぜつ』という事実じじつるだけで十分じゅうぶんだ」


 病室の中は消毒液しょうどくえきにおいが充満じゅうまんしていた。

検査けんさわったの?」

 <はい。どこにも異常いじょうはありません。

 検査けんさ都合上つごうじょう鎮静剤ちんせいざいねむらせていましたが、もうすぐ覚醒かくせいします>

 輸液ゆえきの管とモニタリングの機械きかいの線がまだつながっている。

 ベッドによこになっている子は前髪まえがみのせいで、はっきりかおがわからない。

竹取たけとり週間しゅうかんはどうなりました?

 このさわぎでは、大変たいへんでしょう」

 破綻さんがにこやかに、アンネームとわたしに椅子いすをすすめてくれる。

 せっかくなので、少女しょじょのそばに着席ちゃくせきする。

「一日おくらせることになりました」

「一週間の延期えんき無理むりですよ。

 頑張がんばってくれてありがとうございます。

 さあ、きなさい」

 破綻さんがそっと少女の前髪まえがみをかき分けてやると、ねむひめました。

 青白あおじろかったかおからもも色のほほが見えてくる。

「続国立こくりつVブイ高校こうこうかしら?童顔どうがんね」

「……おはようございます、続国立V小学校しょうがっこう五年、破綻 守破離しゅはりです」

冗談じょうだんはやめてくれるかな?

 貴方あなたは破綻の翁の血族けつぞくでしょ?

 ありえない。

 破綻の翁、本当ほんとうなの?」

 アンネームは納得なっとくいかずに、破綻さんをにらむ。

今回こんかいの星屑原典が、こんなにちいさな子どもだなんて……」

 わたしも、おどろきをかくせない。

 こんな小さな子一人で、続世界をすくえるはずが無い。


 ゴウン、ゴウン、ゴウン。

 何かのとびらまるおと。でも、防火ぼうかとびらであれば、火災かさい報知器ほうちきがうるさいほどつづけるはずだ。でも、そういう警報けいほうおんは鳴っていない。

「アンネーム、ロックをかけろ!」

 ドアの内鍵うちかぎ

 電子でんし施錠せじょう

 天井てんじょうの輪っかをっぱっておろろすシャッター。

 森林無博士の怒鳴どなごえに、素早すばやくアンネームがうごいて、病室のドアを内側うちがわから三重さんじゅうロックした。


「瞳宮さん!

 大丈夫だいじょうぶですか!」


 一時間前まではもと部下ぶかだった、藤佐とうさくんの声が病室のそとから聞こえてくる。

「藤佐君よね。

 そういえば、IDアイディー再発行さいはっこうちゅうだって。

 かれも入れてあげてください。

 ちょっと、ドアを開けて」

 わたしがシャッターを天井にあげて、しまおうとするとしたのに。アンネームがわたしにそれをさせてくれない。

かれ内偵ないていは、アタシの同僚どうりょうの監察官が終了しゅうりょうした。ドアの向こうに立っている不審者ふしんしゃ入室にゅうしつ出来無いよ。

 プリンセスに接触せっしょくし、VIRGOにたいする反逆はんぎゃく行為こういをする可能性かのうせいたかい」

 アンネームがわたしの知らない情報をかくしながら、わたしに冷静れいせいになるようにうながしている。

 耳をますと、ドアの向こうで、人がなぐられ続けるようなにぶい音がかすかにしている。

「藤佐 心眼しんがんひろむ実在じつざいしていたよ。でも、十時間前に続日本国を出国しゅっこくした。彼がりこんだ飛行機ひこうき着陸ちゃくりくさきはエナジア」

 VIRGOの国外こくがい出張しゅっちょうはそれほど行った経験けいけんは無い。もちろん、そんな危険きけん国にも渡航とこう経験が無い。

BANKANバンカン同盟どうめい国、エナジアへ亡命ぼうめいしたのね。

 本物ほんもの事情じじょう必要ひつようがあるでしょ。VIRGOから圧力あつりょくをかけて、航空機こうくうきUユーターンさせないの?」

「ううん、安全あんぜん第一が最優先さいゆうせん

 同乗客どうじょうきゃく乗務員じょうむいん危害きがいくわえられる可能性があるから、見逃みのがすことになってる」

 アンネームと真面目まじめ会話かいわをしていると、一瞬いっしゅん、破綻 守破離ちゃんがよこになっているベッドの向こうのカーテンから人の気配けはいがし始める。


「エッグション」


「ん?」

嗚呼ああ、気にしないで。ありえないから。

 おとなりさんについては今、考えないようにしよう」

「アンネーム、どういうこと?今日の病床びょうしょう使用しようは、破綻 守破離ちゃんだけでしょう?」

 シュパーンッ。

 わたしたちがめているあいだに、病室のドアがけた。

 なのに、観音かんのんびらきになった。

 ドアの近くには、ボコボコに殴りくされて床にたおれている森林無博士と。

 わたしがよく知っている、ううん、知っていた、彼が立っていた。

 彼、そっくりの。

 藤佐 心眼拡に似た、何か。

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