六 姉妹が丘霊園斎場

 五月八日午後七時二十一分。

 赤円せきえん外層がいそう姉妹しまいおか丁目ちょうめ

 姉妹が丘霊園れいえん斎場さいじょう

「斎場」という言葉ことばには意味いみがある。

 一つは、お葬式そうしき会場かいじょう

 そして、もう一つは、遠回とおまわしの意味で「火葬かそう」をしている。

 わたしがまれるまえは、くろずくめの喪服もふく遺族いぞく出入でいりしていたけれど。いまでは、9ナインBMビーエム粒子りゅうしうこともおおいので、斎場合羽がっぱ着用ちゃくよう利用者りようしゃ義務ぎむけられている。

 もちろん、このし出しは、きている人間にんげんだけのため。

 死者ししゃは、やく十分かけて焼却しょうきゃくされる。

 大昔おおむかしは一時間じかんから二時間もかかっていた。

 ただし、今も昔も、焼却冷却れいきゃくち時間はわらずの三十分以上いじょう

 そんな待ち時間ちゅうもわたしはこころなかかえし、かれあやまつづけている。

 藤佐とうさくん、ごめんなさい。

 貴方あなたをバイオドールの最新さいしんモデルと断定だんていした彼等かれらABエービーけん。彼等はたいBANKANバンカン研究けんきゅう理由りゆうに、貴方をきざんでいた。そのあいだ、わたしはあたらしい任務にんむをスタートさせた。

 貴方の分解ぶんかい調査ちょうさわずに、二人のプリンセスをあずかっていた。


 だいのパンチョ課長かちょうも斎場にやってて、「およがせの内偵ないていらせなかったのは、わるかったとおもってるよ」とあやまられた。

 嗚呼ああ、知らなかったのは、もしかして、ぜん職員しょくいんの中で、わたしだけだったのか。ううん、そんなはずはい。

 藤佐を可愛かわいがっていた、小鈴木こすずき君だって、全然ぜんぜん、彼の素性すじょうづいていなかった。

おれもね、信頼しんらいしていた部下ぶかがバイオドールだったなんて、気づかなかったよ」

 今はパンチョさんのきそうな笑顔えがおすくわれていたいのに。

 コッコッコッコッ。

 轟轟ごうごうと火葬が二稼働かどうしているのにしずかな斎場内。あし気味ぎみ足音あしおとがものすごくひびいて来る。

「パンチョ。ちこんでいるひまがあったとはおどろきだ。

 バイオドールの残骸ざんがいは、どのくらい冷却が必要ひつようなんだ?

 さっさと、VIRGOに戻って残業ざんぎょうだぞ」

忘傘わすれがさ第五課課長、藤佐は生きていた。第六課で、静かに見送みおくってやりたい」

瞳宮とうみや第八課課長、藤佐にこいしていたのか?

 バイオドールは工作こうさく活動かつどうをするが、ハニートラップは不可能ふかのうだ。

 それとも、たのしんだのか?」

「彼はたしかに工作員で、バイオドールでした。

 ですが、ハニートラップなんて言いかたひどいですよ。撤回てっかいしてください」

「あちらのBANKANもこちらのVIRGOも、必死ひっしなんだよ。

 俺たちが言いったって、VIRGOの劣勢れっせい改善かいぜんされないぞ」

 おしゃべりきでは無いはずだけれど、今日きょうの忘傘さんはみょう口数くちかずが多い。やたらと、前髪まえがみ何度なんども何度もかきけている。

「さて、わたしはね、別件べっけんでここへったんだ。

 AB研からたのまれて、バイオドールの汚染おせんをまとめたかり報告書ほうこくしょとどけに来た。

 第八課課長の意見いけんかせてくれ。

 パンチョはのぞきこむな。

 御前おまえ仕事しごとじゃ無いし、これにはかかわるな」

 たりさわりの無い、定型文ていけいぶんてき文章ぶんしょう。バイオドールは完全かんぜん破壊はかいされ、二度とさい起動きどうが出来ない。そして、あか王子おうじから赤きさずかった二人のプリンセスのことは一切いっさいれられていない。

 おもてきの報告書として、のこすにはさまざまな配慮はいりょがされている。研究ねつかされたAB研をきつくげてくれたのは、忘傘さんだろうな。

 だって、この報告書。第五課がつくったみたいに、「の無いストーリー」としてまとめられているもの。

 やさしいのか、イライラしやすくてこわ存在そんざいなのか。本当ほんとうに、この人はよくわからない人だ。

 バイオドールよりも不器用ぶきよう人間にんげんなんて、生きにくいだろうな。

短命たんめいなのは、はやく活動停止ていしさせて汚染除去じょきょ工場こうじょうおこなうからだ。そして、中身なかみ並列化へいれつかしたり、カスタマイズしたりして、また出荷しゅっか時期じきがやって来る。

 かおかみ性格せいかくえて、出てくるはずだ」

 わたしたちがちこんでいるようにみえて、「バイオドールには人間のような死生観しせいかんつうじない」と遠回しに言ってくれている。

 しかし、そうはなす忘傘さんの両目りょうめは、火葬炉の稼働している二基の情報じょうほうながれる案内あんない表示ひょうじ画面がめんに向けられていた。るように、見つめている。

「彼等二たいは、今現在げんざい、焼却されています」

「二体とも?

 君もパンチョもいながら、捕虜ほりょ交換こうかんふだを利用しなかったのか?」

今回こんかい捕縛ほばくしたのは藤佐のIDアイディー不正ふせい利用者のバイオドール二体だけですが。一体のみ、破壊はかいしたことになっております。

 エビフライの彼は自壊じいしたため、こちらの戦績せんせきにはくわわりません」

 でも、どんなこわかたでも、彼等バイオドールは、人間用の火葬場で一瞬いっしゅんにしてくされる。

「BANKANに、焼却ずずみのバイオドールを手渡てわたしたら、あちらの先進せんしん技術ぎじゅつ解析かいせきされて、我々われわれ発見はっけん出来無かった外部がいぶ記録きおく装置そうち回収かいしゅうされて、星屑ほしくずの情報が渡るのでは?」

「VIRGOとしては、かまわないんだって。

 捕虜が戻ってくるほう重要じゅうようらしいよ。生体せいたいの捕虜一名と、全損ぜんそんのバイオドール一体。

 わった?

 俺も、読みたい。もと部下の最期さいごっておきたいって、おもっちゃ駄目だめ?駄目?」

 パンチョ課長の言葉むなしく、忘傘さんはわたしの手から、仮の報告書をふんだくった。

「流し読みですが、読み終わりました。

 AB研のやり方に、第八課がよこやりを入れるつもりは無いとおつたえください」

 忘傘さんは用事ようじしたのに、待合所まちあいじょからうごこうとしない。

 各家かくいえの遺族が利用する個室こしつは、清掃せいそうを終えて、照明しょうめいOFFオフにされて、だれも使っていない。

 すべての人の火葬を終えた夕方ゆうがた以降いこう、「捕虜交換用」のバイオドールを焼却している。

 び出しおんは流れない。静かに、斎場内案内表示の画面が「火葬中」から「収骨室しゅうこつしつ」に切りわる。



「収骨室」という部屋へや名前なまえが当てられているけれど、一般いっぱん市民しみんが利用する収骨室とはちがい、巨大きょだい造影ぞうえい装置がかまえている。

 焼却し終わったバイオドールを撮影さつえいするため。

 自動じどうでパシャパシャと、シャッター音。

 達筆たっぴつ白字しろじで「捕虜ばこ」とかれたっ黒な箱を一般よりもおおきな収骨だいにのせられてある。

 湯気ゆげでは無い熱気ねっきなのに、はいき上げながら、収骨室の天井てんじょうにある排気はいき装置にわれていく。

 バイオドールの焼けげたパーツが銀色ぎんいろ塵取ちりとりでかきあつめられて、どんどん箱に入れられていく。

 全ては、斎場職員がやってくれて、わたしたちVIRGO職員は立会人たちあいにんとして、ただ見ていることしかゆるされない。

「……すこしは人のえるにおいをまとって、けたのよね」


「それすらも、冥府めいふ先導せんどういでいるころだよ。瞳宮君」


 収骨室のドアがひらかれ、従者じゅうしゃれずにお偉方えらがたがやって来た。

王代おうしろVIRGO元老げんろう閣下かっか。もう、終わったことです」

「瞳宮君が案内をしなければならないのは、星屑だ。

 第八課は動き出さなければならない。

 職務しょくむに戻りなさい」

 忘傘さんはわたしに配慮はいりょしてくれて、さきにこの斎場から出て行くようにうながしてくれる。

だいきついたな。

 人の旅立たびだつ先まで同行どうこうしようとしなかった善行ぜんこうみとめてやろう」

 王代元老閣下もおこりもわらいもせず、わたしに続いて収骨室を出て行く。

 忘傘さんのほうがまだ、元第六課職員の残骸に、同情どうじょうせていた。


 わたしが斎場の正面しょうめん玄関げんかんから出ると、一台のトラックが停車ていしゃしている。きんピカの霊柩車れいきゅうしゃなんて、この地域ちいきではもうすたれたはずだし。

 まるで、粗大そだいゴミを回収かいしゅうし終わったトラックが焼却じょうへ持ちこみに来たみたいだ。まさか。そんなはずは無い。

 彼は、彼等は二体しかいなかった。


 トラックから続々ぞくぞくろされて、斎場のなかへとはこばれて行くバイオドール回収ぶくろ

「第二の姫君ひめぎみいえのそばの家がバイオドールの待機所たいきじょだった。

 三十七体の藤佐 心眼しんがんひろむモデルのバイオドール。

 じゃんじゃん燃やしてくれ」とトラック運転手うんてんしゅ狼狽うろたえているわたしを担当たんとう者と間違まちがえて、書類しょるいを渡して来る。

 第五課の小鈴木君があわててやって来て、受領じゅりょうのサインをして、トラックを見送った。

おくれてすみません。

 クシャミをしていたプリンセス。

 あの子の家の近所きんじょにバイオドールのみ立て工場があったんです。

 そして、全てのバイオドールはなかそとも9BM粒子まみれで、念入ねんいりな焼却がめいじられました」

 小鈴木君は三十基ある火葬炉の施錠せじょうかぎを斎場職員からけ取って、れた手つきで「捕虜焼却鍵」とマーキングされた巾着きんちゃくにしまって、ジャラジャラらす。

「あの子の慢性まんせいてきなBMせい耳鼻じびえんは?」

いたはずですよ。登下校とうげこう中に9BM粒子を吸わないから、かゆみが出始めていた学校がっこう自宅じたくでも、らくになるんです。

 竹狩たけがり遠足えんそくはサボれませんよ」

「でも、赤き輪があるのに、あの子、ずっとクシャミしてたよ?」

「二十九年も使われていなかった病室びょうしつでした。

 点検てんけんはしているとはいえ、放置ほうちされていた空気くうき清浄せいじょう装置も動かしました。

 ハウスダストにやられたと診断しんだんされました」

 むかえのくるまを待つ王代元老閣下はわたしたちの会話かいわを聞きながら、ただじっとそらを見上げていた。

 その空のはしも、わたしにも見えている。

 サラサラと、青銀竹の夕風ゆうかぜれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る