第21話:僕は商業出版の誘惑に勝てない!
「先輩、kindleの新しい本の売れ行きはどうなん……いえ、もう大体わかりましたからいいです」
今日も今日とて放課後のラノベ研究会の部室。
新しいkindle本は助手と姉嵜先輩の協力も得て、発売直後に70冊くらい売れた。その後、紙の書籍、ペーパーバックの自己購入を10冊だけしたらランキングは1位となった!
kindleでの利益分はペーパーバックに消えた……と言うか、むしろマイナスだけど。
価格は99円とamazonで設定できる最低価格にしていたので、利益はそんなでもなかったけど、前回は4冊だったのだ。今回は70冊と自己購入10冊で約20倍の大躍進だった。
実のところ、冊数は実質変わっていないのだけど、amazonのランキング1位が嬉しかった。僕が、あのamazonのランキングで1位なのだから。
「先輩、そのお顔は他ではなんとかされた方が……」
助手が分かりやすいくらいに引いている。
「うん、助手。ありがとね」
「もう、分かりましたから。その顔やめてください」
助手は僕が新しい本を出してから、また一段と不機嫌だ。でも、僕には心当たりがないので改めようがなかった。
「何冊行ったんですか?」
「ついに140冊に到達したんだよ! 1日10冊ずつくらい売れてる感じ!」
「はいはい、よかったですね」
助手の塩対応もなんのその。僕は今だったら何を言われてもスルーすることができると思っている。やはり、ランキングが1位になると売れ始めるみたいだ。70冊売れた後、ランキング1位になったら更に70冊売れて合計で140冊。しかも、少しだけど日々売れ続けている。
kindle出版をして分かったことは、電子書籍のkindleと紙の書籍ペーパーバックではkindleの方がよく売れるということ。
それぞれ原価があって、99円のkindleは利益は34円なのだ。だから、100冊売れても3400円程度の利益。
一方で、ペーパーバックの方は紙と言う物理的なものが存在する以上、原価が高かった。200ページくらいある僕の本は、1000円に設定しても利益は130円くらいだった。
そして、kindleとペーパーバックの出る割合は100対1くらい。
圧倒的にkindleの方が大きかった。
ただ、僕の場合はお金じゃない。お金も欲しいけど、お金のためだけに動いている訳じゃなかったみたいだ。
そして、収益は本が売れることだけじゃなかった。何も知らなかった僕としては嬉しい誤算だった。
kindle Unlimitedの存在だ。
これはamazonのサブスクで、月に980円払うと、なんでもじゃないけど、ある程度の本が読み放題になるのだ。
そして、僕は自分の本をkindle Unlimitedに登録した。
タダで読まれるのだから、収入にはならないと思っていたのだけど、読まれたページに応じてロイヤリティがもらえることが分かった。
収入で言えば、本が売れた収益が2としたら、kindle Unlimitedの方が8。売らない方が圧倒的に多かった。
(テトテトテトテト)「あれ? 電話だ」
僕の電話は電話機能があるもののこれまで鳴ることなんてほとんどなかった。
「知らない番号だ。セールスの電話とかだったら……まあ、いいか」
電話って不思議だ。鳴ると取らないといけないような気がする。
「はい」
『あ、私、猫猫出版の高宮と申します。九十九渉さんの携帯で間違いないでしょうか?』
相手は僕のことを知っているみたいだ。適当な番号に電話をするセールスではないらしい。
「はい、そうですけど」
助手が僕の近くに寄ってきてくれた。なにか変な空気を感じたのだろう。「出版」って言ったか?
もう自費出版はコリゴリだった。250万円とか逆立ちしても出せないし。
「九十九先生の『飛び降りお姉さん』ですが、現在のkindleとペーパバックに加えて単行本を追加しませんか?」
「え?」
「弊社で独自に単行本化して宣伝もお手伝いさせていただきます」
「ええ⁉」
「もしkindleの方も出版権をお貸しいただけるようでしたら、さらに本格的なプロモーションを行います」
「えええ!?」
「そうですねぇ、kindleも書籍の方も印税10%でいかがでしょうか? コンテンツとしては既に完成した形という風に捉えてのお申し出です」
もしかして、すごくいい条件なんじゃないだろうか。なにより、夢の書籍化ができる。
「僕は未成年なので、両親に話をしてからのお答えでも構わないでしょうか?」
「おっと、そうでしたか。しっかりした文章を書かれるから成人の方かと思っていました。失礼しました」
「きょ、今日の夜、両親に話します。明日電話してもいいでしょうか?」
「分かりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
電話は終わった。ほんの数分の電話だったのに、すごくエネルギーを使った気がする。
持っていたスマホをポケットに仕舞おうと思うけど、手が震えて中々ポケットに入らない。
書籍化というと、公募で入賞するしかないと思っていたのに、こんな方法があったなんて……。
「先輩、なんだったんですか? 大丈夫ですか?」
「あ、うん。助手、今の電話はね……」
僕は、今 聞いた話を助手にも話した。電話の男が言った出版会社もネットで調べてみた。聞いたことがない出版社だったけど、東京で確かに存在する出版社の名前だった。
「こ、これはいいのかな? 公募で入選してないけど、『書籍化』でいいのかな?」
「いいんじゃないですか? 詳しい条件とかはあるんでしょうけど、この間みたいにお金が必要とか言われてないんですよね?」
「言われてないね。これってズルにならないかな?」
「ズル? 公募に受かりたかったら、また応募したらいいだけですし、書籍化は書籍化で別に考えるのはどうですか?」
「な、なるほど……そうかな……」
「じゃあ、先輩は女の子が面と向かって告白してこないと告白だと思ってないとしたら、LINEで告白して来た女の子はそれだけでふるんですか?」
「え、いや、どうだろ?」
「逆に、先輩は必ず面と向かって告白するんですか? LINEやラブレターなんかでは告白とは言えないですか?」
「う、いや、それは……」
「この例の目的は『付き合うこと』だとしたら、告白の方法はなんでも良いと思います」
なんで僕は助手と告白の方法について議論しているのか分からないが、完全に助手が言っている事の方が正しいと思った。
告白で真正面から告白しなくてもいい。目的は付き合うこと。たしかにそうだ。
僕の本に置き替えたら、せっかく目の前にチャンスが来たんだ。条件は確認する必要があるけど、出版……挑戦してみればいいんだ。
僕は助手に背中を押されて書籍化の道を進むことに決意をしたのだった。
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